第8話 レベルが高い痴話喧嘩


 天気は晴天。

 雲一つない大空が突如として降り注ぐ雨。


「俺は一体どうしたらいい? だ~れか俺に教えてくれー」


 普段なら誰もが気づく違和感。

 だけどフィールド《戦場》で歌う奴がまた変なことをしているのだろうと誰もが気にしなかった。過去に世界大会の開会式で海パン一丁で登場し朱音(世界ランキング1位)を相手にしながら歌いながら戦い、大勢の観客の前で相手に抱き着くような奴だと認識しているからだ。


 だけどこの雨は違う。

 紅はなにもしてない。


 故に――紅だけが感じとることができた。


 これは――ただの雨ではないと。


「まさか!?」


 歌うのを止めて空に視線を飛ばす紅の視界では天から女神が落ちて来ていた。


「紅君~♪」


 その声が多くの耳に入る時には雨が引火し広範囲に火の海が地上から天まで伸びていた。

 スキルを使わずにアイテムだけでこれを再現する女性プレイヤーはそのまま落下して唖然とする紅に受け止めてもらう。

 周りの悲鳴には一切耳を傾けず。


「里美がイジめてくるのーーーーうぇ~ん♪」


 嘘泣きを始めるエリカ。

 誰がどう見ても嘘とわかる涙に反して顔はニヤついている。


「え、エリカさん!?」


「お姉さんを慰めて~」


 あばらが折れてしまいそうに錯覚するほどの力で抱きつかれた紅はどういう状況なのか理解に苦しむ。

 まだなにも解決の糸口を掴んでいない中でのエリカの行動に謎が深まっていく。

 そして――。

 燃え盛る火の海が今度は瞬き程の一瞬で凍り付いて白銀の世界を作り出していく。


「アンタね! 見栄えなしに燃やすな! それとイチャ付くな!」


「危ないッ!!」


 氷柱の隙間から姿を見せると同時に殺気を隠すことなく、槍の先端がエリカそして紅の身体を纏めて串刺しにする勢いで飛んできた。咄嗟のことに驚きながらもエリカを抱え回避行動に移る紅。この世界において最速プレイヤーの紅はステータスの殆どをAGIに振っているため一度動き始めれば捉えることは困難である。


「その女を置いていけ! デスボルグ!」


 紅が動いたことを把握してすぐに追尾性能を持った槍を投擲してきた少女の正体が里美とわかった紅は顔から汗が出る。


「ほ、本気かよ!?」


「まだまだ! 白雪よ舞え、氷結の彼方、異端者どもに裁きを!」


 腰から小刀白雪の短刀を抜いて空に投げる里美。

 すると氷柱に反射した白雪が具現化し切っ先を紅と紅に抱きついて離れないエリカへと向ける。その数、五十。飛翔し追尾する槍はその速度を徐々にあげ、紅との距離を縮めていく。


「ちょ!? 待て! 落ち着いて下さい!」


「問答無用!」


 怒りが爆発したのかそのまま氷柱から伸びる枝を足場に忍者のように駆ける里美に紅の危険センサーが大音量で鳴る。

 手際が良いだけじゃない。

 紅から見たソレはスキルを使うことで相手の逃げ道を限定し反撃の手段までも限定させる実に嫌らしい一手だった。


「え、ええええエリカさんいい加減離れて! このままじゃ俺まで巻き添え……お願いだから聞いてーーーーーいやぁあああああ!!!」


 飛んで来る白雪の短刀をギリギリで躱し、後方から迫る槍と迂回するように先回りする里美に挟まれないように紅はエリカを抱き抱え死に物狂いで逃げる。反撃すれば倍返しで攻撃が飛んで来る相手に下手にスキルは使えず、この状況下では話し合いの余地すらない。ましてやゲームならお互いプロだし手加減しなくても問題なしと考えている彼女恋人の性格を知っている紅にとっては正に絶望的な展開だった。

 どんなに激しく動いても磁石のようにピタッと張り付いて離れないエリカの腕力も凄い、などと考える暇もなく紅は走り続ける。だけど体力的にもこのままじゃすぐに追い詰められると判断した紅は禁忌の技に頼る。


「この状況なんとかしてくれたらなんでも言うこと聞くからお願いだからなんとかしてくれませんか?」


 嘘泣きを続けるエリカの耳にソッと耳打ち。

 嘘ではない。

 事実昨日はともかく一昨日も一緒に寝た仲睦まじい姉弟。寝る時は一人だったのに朝起きたら一緒に寝ていただけである。

 なにも問題は……、、、今は命がなにより惜しい紅に迷いはなかった。

 ゲームの世界でも殺されたら途轍もなく痛い! から死にたくない。

 そんな生存本能から生まれた案はすぐに効果を発揮する。

 なにをしても離れようとしなかったエリカが紅の手を取り懐に手を伸ばす。


「舞え! 不死鳥! 我が愛しき者を護る為その姿を顕現せよ!」


 巻物に封印された不死鳥がエリカのMPを媒体にしてこの世に顕現し、圧倒的な熱量を持つ炎で白雪の短刀を全て燃やし、里美が投擲した槍を大きな翼で弾き返す。


「甘い! 後ろは貰った! 師匠直伝絶対零度の牢獄!」


 氷の世界が広がり、氷点下が訪れる。

 業火の炎に包まれる不死鳥の熱がエリカとなぜかお姫様抱っこされた紅を凍死から護る。


「えっ? あの……俺男の子……てか二人共おおおおちつちゅいて」

(目が本気だ、、、)


「不死鳥! 可愛いは罪ってことを教えてあげなさい! 灼熱の業火フレイム・ファイアー!」


 大きな口から圧縮された炎が吐かれ、周囲の氷を溶かしていく。

 相手がプロでも一歩も引かないエリカの底力愛の力に里美の嫉妬が爆発。


「ええい、いい加減紅を返せ! この泥棒猫がぁ!」

(ここまで嫉妬するぐらいに溺愛とか、ば、バレたら恥ずかし過ぎる//)


「お願いだからを掛けて争わないで」

(無になれ俺。俺ではこのお嬢様方を止めれない)


「渡すわけないでしょ! 私と紅君は家族! を守るのは騎士として当然なのよ!」

(私にもまだチャンスはある!)


「やかましいわ!」

(あの時やっぱり何かあったのか)


 エリカと里美の痴話喧嘩が激しくなるにつれて、近くに居たプレイヤーとモンスターが逃げて行く。


 

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