第6話 恋愛感情の証明と本能計測


 蓮見は悩んだ。

 そしてこのまま放置は良くないと考える。


「美紀悪い。ちょっと行ってくる!」


「行かないで……私恐い。蓮見がエリカに取られそうで」


 蓮見の手を強く掴んで震える手と声で本音を吐き出す美紀に蓮見は自分のやるべき使命を直感で感じ取った。


「大丈夫。俺はお前の隣にいる。それに俺はエリカさんじゃなくて美紀を選んだ事実を信じて欲しい」


 優しくキスをする。

 柔らかい女の子の唇が重なる。

 そして彼女の熱が伝わる。


「信じていいの?」


「おう!」


 満面の笑みで答えた蓮見はそのままエリカを追いかけた。

 本当は仲良しな二人を知っている蓮見だからこそ、行動に一切の迷いはなかった。

 高校を卒業して色々な人と出会い成長した。

 今の新しい環境を壊したくない蓮見は今の自分にできることをする。

 些細な衝突でお互いが望まない形での関係崩壊だけは本当に嫌だと思えるから、


「エリカさん!」


 とリビングに居たエリカを見かけると同時に声をかけた。


 パジャマの袖で一人涙を拭くエリカ。


 鼻を啜り、酷く傷付いた彼女に蓮見がしてあげれることはなにもない。


 ここに来たことで余計に傷つけてしまうかもしれない。

 それでも蓮見は此処に来た。

 それを脳のどこかでわかっていながら。

 自分のことを本気で愛してくれていることを知っておきながら。

 蓮見はエリカの背中を追いかけた。


「どうしたの?」


 作り笑顔で答えるエリカは無理をしていることは蓮見にもすぐわかった。

 いつもの元気が声にないからだ。


「傷つけてしまってすみません」


「気にしないで」


「俺にできることってなにかないですか? 可能な限りですけど……」


「そうね……」


 エリカは重い足をゆっくりと動かして蓮見に持たれかかる。

 両手を腰にまわして抱きつく。

 大きな胸が蓮見の身体を良くも悪くも刺激する。

 エリカが意図的に蓮見が性を意識するように押し当てているのかはわからない。


「恋愛感情が存在しているかは直接観察もしくは基準を明確化して感情の揺れ幅をこの世に再現するしかないわ。それを物理的に証明するなら定義が必要になってくる」


 胸に顔を埋めたままエリカは続ける。


「もっとも何をもって恋愛感情とするかが一番の難点であり、正確には定められないわ。だけど厳密に定義ができなければ物理的な証明は無理なの。だから恋愛感情は定義不能であり物理的に実態がないとも言えるわ」


 美紀が今日不安になって蓮見を先ほど止めた理由はこれを女の直感で感じ取っていたからなのかもしれない。

 

「だけど愛を測定するだけなら可能なの。例えば今の状況で蓮見君の頭は真面目に私を心配しているのにも関わらず身体は生物の本能に従って動いている。この事実から蓮見君の本能では私を一人の姉ではなく一人の女であると認識していることが証明できるわ」


「えっ? どういう意味ですか?」


 エリカの言葉が難し過ぎて理解ができない蓮見の脳内は心配から困惑に変わり始めていた。


「……結婚」


 とても小さい声でボソッと呟いた声は小さくて蓮見の耳に届かない。


「えっ? 今なんて?」


「結婚したいわ、私。蓮見君と」


 上目遣いでお願いをするエリカの言葉に蓮見の心が揺れる。

 声に少しだけ元気が戻ったエリカの攻撃は最早一途とも言えるし、小悪魔とも言えた。


「どうしたの? 私に見つめられて照れた? それともキスしたいの? だ・め・よ・私を女として見たらね」


 人は見るなと言われればソレを見たくなるしするなと言われればしたくなる。

 それはエリカの言葉にも当てはまる。

 それは自分にもまだ希望が残っているとわかったエリカが再び駆け引きを始めた証拠でもある。

 新しい環境下での新しい関係で再開された駆け引きは蓮見の心を揺さぶる。


「やっぱり男の子ね。おっぱい押し当てられてて意識している。うふふっ」


「か、からかわないでください」


「へぇ~下半身が正直なの美紀に言っちゃおうかな~」


「なッ!?」


 ここで事の重要さに気づいた若さを持て余した蓮見の息子が現在どうなっているのかに気づく。


「だから口止め料頂くわ――ご馳走様」


 やっぱりどんな形でも私はこれに幸せを感じるわ、ごめんなさいね。でも許してね。

 と、そんな言葉を残してエリカは部屋に戻っていくのだった。

 エリカは内心必死だった。

 それだけ好きだから。

 それは美紀も同じだろう。

 最後はエリカに安心感を与えた蓮見はその使命を全うした感がないのに、なぜかとりあえずこれで良かったしこれが最善の答えだったのかもしれないと思った。


 その戸惑いは正しく、間違っていた。

 だけど愛の定義を証明したエリカもまた本能によって動き言葉を発していたために、そこに悪意は一切なかったとも言える。

 本気で悩み傷付いた果てにエリカもまた本能に突き動かされただけなのだから。

 これはエリカが相応のリスクを負いながらも得た最後の希望であり見返り。

 だから蓮見は悪意を一切感じることができず、またどこか突き放すことができなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る