第104話 狐娘の急転直下:芳佳視点 ※暴力表現あり

 今日は何にも用事の無い日で、それは私にとっても珍しい事だった。何しろ、私は週に五、六日はバイトに入っているし、最近はそれとは別にメメトからの単発バイトに誘われる事もあるんだから。

 これが例えば、土日だったらまだ良かったかもしれない。サラリーマンである直也君も仕事が休みだから、一緒に遊ぶなりなんなりする事が出来るんだもの。

 だけど今日は水曜日。しかも祭日でも何でもないし、そもそも六月には祭日なんてなかったはず。

 こんな風に、何もない日もあるものなのね。丸一日用事が無くて暇という事に気付いた私は、何故か言いようのない焦燥感を抱いてしまった。

 ここ一か月ほど、メメトが持ちかけるバイトに参加して、忙しくしていたからなのかもしれないし、直也君が平日だから出勤していたからなのかもしれない。

 とにかく一人っきりだと少し寂しい気持ちもあるし、何もせずぼんやり過ごすのが、とてもいけない事をしているような気がしたのだ。

 妙な所で、私は思いつめてしまったのかもしれない。そうでなければ、よりによってメメトに電話を掛けるなんて事をしないだろうから。

 もっとも、メメトもそれこそ仕事中だったらしく、すぐに留守番電話に繋がった。私はだから、何もメッセージを入れずに、そのまま電話を切った。


 ああだこうだと考えていたけれど、結局お昼を過ぎてから、お買い物も兼ねて出かける事にした。やっぱり外で出かけた方が気晴らしになるし、水曜日だったら特売の品とかもあるからだ。本屋や図書館、他の漫画やアニメグッズのお店を覗くのも、中々面白いとも思うし。

……実際には、家でテレビとか動画を見ていて、何となく腹が立ったから、というのもあるんだけれど。夢見鳥サツキ。いつだったか直也君が実際に会ったというその動画配信者は、この所妙に有名になっていたらしい。動画だけじゃあなくてテレビでもアイドルみたいだって事で取り上げられてるって事だから、よほどの事なんだろうなと思う。

 だけど私は、彼女の事が嫌いだった。理由は解らない。直也君から漂っていたあの女の匂いが、鼻を突く柑橘系の匂いだったからなのかもしれない。その匂いの奥で、私に対するあの女の敵意や悪意を嗅ぎ取ったからなのかもしれない。

 それに何より、直也君があの女に多少なりとも興味を持っている。その事がどうにも我慢ならなかった。

 直也君は巧妙に隠し立てているつもりみたいだけど、私は知っている。直也君が、密かにあの女に興味を持っているって事を。直也君はきっと……

 そんな風に考えが煮詰まって来たから、私は家を飛び出したのだ。外に出れば、外の景色を見て風に当たっていれば、ああだこうだと浮かんでは消える良くない考えも、何処かへ流れて消えてくれるだろうから。


 案の定、図書館や本屋に出向くのは、良い気晴らしになった。少しばかり、誰かに見られているような気がしたけれど、きっとそれは気のせいだろう。

 人間の姿に変化した私は、どうやら高校生か大学生くらいの若い娘に見えてしまうらしい。それくらいの年恰好の人間が、平日のこんな時間にウロウロしていたら、やはりどうしたのだろうと気になってしまうのかもしれない。

 そんな事を考えながら歩いていると、甲高い悲鳴が聞こえた気がした。女性か、もしかしたら子供の声かもしれない。

 私は驚いて足を止めて、それで声のした方に向かっていた。何かあったのなら助けなくては。そんな思いが、私の心の中に湧き上がっていたのだ。

 案の定、女の子が男たちに囲まれていた。間違っても和やかな雰囲気ではない。

 どうやって声を掛けようか。私が考えあぐねていると、輪の中にいた女の子と目が合った。女の子と言っても、まるっきり子供でもない。むしろ二十歳前後の若い娘だった。

 ともかく、彼女は私の存在に気が付くと――にたりと笑ったのだ。安堵の笑みとか、親しみの為に浮かぶような笑顔とは全く違っていた。

 何かがおかしい。そう思った次の瞬間、後ろ頭に鈍い痛みが走った。殴られたんだ! そう思った時には私は地面にへたり込み、そのまま前足を何もない所に伸ばしていた。変化が解けて、自分の腕がキツネの前足に戻っていく。視界は急に狭まって暗くなり、そのまま何も見えなくなった。

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