第103話 変化と慣れと一人時間

 芳佳がメメトに紹介された新しいバイトとやらに協力するようになってから、数週間が経過した。

 季節はとうに移り替わっていた。何せ六月に突入していたのだから。春の終わりは通り過ぎ、夏の前の梅雨のシーズンへと入っていた。と言っても、それほど雨は降らないし、曇っている日は五月の時と同じく何となく肌寒くて、それでいて蒸し暑いようなだけではあるけれど。

 しかし、季節の移り変わりというものは、芳佳自体に大きな変化をもたらしていた。俺たちは相変わらず同じ部屋で暮らしているのだが、ひところのように烈しくいちゃつく頻度が減ったのだ。というよりも、芳佳の中でそうした欲求が薄まっているのを感じていた。

 もちろん芳佳は今も俺の事を好いていて愛してくれている。同じ部屋で暮らす仲間として、あるいは疑似的な夫婦として俺たちは振舞っている。ただ、夜のいちゃつきへの執着だけが減少したのだ。

 俺は別に、その事を残念に思っている訳ではない。むしろ安心しているくらいだった。

 そりゃまぁ俺も男だし、相手が芳佳だからいちゃつく事がいやとかそう言う事は無い。だがいかんせん……執着していた頃の芳佳に鬼気迫るものを感じ、気圧されていたのだ。愛される事の苛烈さと大変さを、俺はこの歳になって知ったような気もしていた。


 ちなみに妖狐を妻に持つ島崎によると、やはりそれも狐の性なのだと、多少気恥ずかしそうな口調で教えてくれた。狐の繁殖期は冬から早春であるが、春から夏にかけては仔狐を産み育てる方向に意識がシフトしてしまう。それ故に、夏のキツネは繁殖よりも育児に意識を集中するという。

 そして妖狐は獣のキツネとは違うと言えども、そうした季節による本能の変化に引きずられる者もままあるのだという。

 もちろん、そうした獣的な側面だけではなく、メメトと共に行っている単発バイトが、いい塩梅に気晴らしになっているという所もあるのだろうけれど。


 そして俺も、芳佳が単発バイトに時々出向き、帰りが遅くなるという事に慣れ始めていた。独りでいる時にどうすれば寂しさを紛らわす事が出来るのかも解ってきた。

 近くにある図書館で本を借りたり、趣味用のラップトップでぼんやりと動画を眺めたりして時間潰しをするのが、最近の俺の一人時間の楽しみ方だった。

 いや……実際には図書館で借りた本を読むよりも、動画を眺める方が増えているかもしれないけれど。本を読むのは頭を使わないといけないからしんどい時には出来ないけれど、動画だったらしんどかろうとながら作業だろうと視聴する事が出来る。その辺りの違いもあるのかもしれない。

 そして、という訳ではないが、夢見鳥サツキがやっている動画も、俺はしばしば目にする事があった。もちろん、積極的に彼女の動画を見ている訳ではない。ただ、おすすめや関連動画で彼女の動画が持ち上がる事がままあるためだ。それに弟の洋一が、彼女の動画についてあれこれ言及していたのを思い出したりしたというのもある。

 まぁ要するに、気になったから少し覗いてみようか、と思ったくらいだ。


――確かにこれは、視聴者が信者と呼ばれるのも無理からぬものかもしれないな。一通り動画を見た(奇妙な事に、夢見鳥サツキの動画についてはながらで見る事は無かった。謎の求心力が働いているみたいだった)俺は、静かにそんな事を思った。

 折しもそれは古今の伝承について語るという内容だったのだが、そこはかとなく宗教的な空気が垣間見えるのもまた事実だった。それでいて彼女の容貌はクールでとてつもなくセクシーで、成程男ならば骨抜きにされるだろうと思わしめるものがあった。

 もっとも、俺は夢見鳥サツキの動画を見たからと言って、彼女によろめくなんて事は無い。むしろより一層、彼女の姿や話しぶりに不気味さを感じ取ったくらいだ。

 特に、画面越しに彼女と目が合うような気さえしたシーンが度々あったが、それは流石に気のせいだろう。

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