第98話 隠し事とアクセサリー
さて出張の話は一通り終わった訳なんだけど、その後の芳佳は、何処か落ち着かない様子を見せていたように思う。
まずもって、彼女は尻尾を弄り回す事が増えていた。もちろん、彼女は妖狐だから尻尾の手入れや毛づくろいをするのは自然な事ではある。
だけど芳佳は、毛づくろいや尻尾の手入れの為に触っているような感じでは無かった。何がどう違うのか、説明するのは難しいけれど。しかも俺が「何をしているの」と尋ねると、驚いた様子で尻尾を触るのを止める始末である。そこだけでも、普通の毛づくろいでは無かった。
もしかしたら、新しいバイトとやらを行うにあたって、ストレスを感じているのではないか。
こっそりと調べ物をした結果、俺はそんな事を思うようにもなっていた。
常同行動。この言葉が、俺の心を捉えて離さなかった。要するに、不安や不自由な環境下にいる事で生じたストレスから、同じ事を繰り返してしまう状況の事だ。
実際に、キツネでも動物園や毛皮工場などと言った不自由な環境では、同じ所を何度も行き来したり、毛をむしったり尻尾を咬んだりと言った異常行動を起こしてしまうそうだ。
また、飼われている犬猫であっても、ストレスや不安から過剰な毛づくろいを行う事もままあるらしい。
やはり芳佳も、今の暮らしにストレスを感じているのだろうか――? そう思いつつも、俺は芳佳に直接その事を尋ねられずにいた。俺との暮らしに実の所嫌気がさしている。そんな事実を知ってしまったら、俺はどうなってしまうのか。身勝手だと我ながら思うが、俺の心中にはそんな不安も確かにあったのだ。
また、夜の過ごし方(別におかしな意味ではない)も、これまでとは微妙な変化があった。
芳佳は俺と一緒に寝なくなったのだ。これまでならば、週に五、六回は喜んで俺と同じベッドに潜り込んでいたというのに。
「ほら、五月で暖かくなってるし、一緒だと少し暑いかなって思っただけよ」
「ええと、私にはちょっとやる事があってね……だから後で休むわ」
不審に思った俺に対し、芳佳は笑ってそう言ってはぐらかすだけだった。琥珀色の狐の瞳でじっと見つめられると、そう言うものなんだなと俺もついつい納得してしまったのだ。
確かに、俺が寝入ってから芳佳が何かをしている気配は感じていた。ごそごそと動く物音や、ハサミがシャキシャキと鳴る音を、夢の中で何度も耳にしたのだから。
しかし、夜中に芳佳が何かをしているというのも、単なる夢の中の出来事であるように思えてならなかった。起きてみても、部屋の中で何か大きな変化がある訳でもないためだ。
後は、ここ数日芳佳がずっと尻尾を隠しているというのも、変化のうちに入るだろう。スーパーなどに出向く時は、芳佳も人間らしく振舞うために尻尾を隠してはいる。しかし俺は芳佳が妖狐である事を知っていて、だから俺に対して尻尾を隠す必要性など何一つないためだ。
※
「直也君にプレゼントがあるの」
そう言ったのは、芳佳が新しいバイトの話をしてから三日後の事だった。
明日はいよいよメメト共に新しいバイトとやらに向かう。そんな話題を口にした矢先の事だった。
「プレゼントって……急にどうしたの?」
出し抜けな言葉に驚いて問いかけると、芳佳は照れたように微笑んだ。
思わせぶりに隠していた両手は前に出され、その上には紙袋の包みが乗せられている。紙袋も市販の物ではなくて、わざわざ芳佳が用意した物だという事は、一瞥しただけで明らかだった。
「ほら、明日はメメトさんとのバイトで遅くなるって話したでしょ。それに明日だけじゃあなくて、今後もそう言う事がチラホラとあるでしょうから……直也君が寂しくないようにって思ったのよ」
そう言うと、芳佳はおずおずと紙袋を差し出した。俺は包みを受け取り、ゆっくりと注意深く中の物を取り出した。
プレゼントは、狐の尻尾を模した小さなアクセサリーだった。太さは大人の親指ほどで、長さも大人の人差し指よりも短いと言った所だろうか。それこそ、バッグに取り付けても邪魔にならない程の大きさである。
そしてそれが、芳佳自身の尻尾の毛を使っているであろう事は、一目見ただけでも明らかな事だった。
「そ、それを私だと思ってくれれば寂しくないかなって思ったの。それに、直也君が子供だった頃とかは、そう言うのが流行ってたきもするから……」
「ありがとう芳佳ちゃん。この尻尾、大切にするよ」
俺が言うと、芳佳は安心したように微笑んでくれた。
彼女はいつの間にか尻尾を出していたのだけど、まっ白な尻尾の先は、確かに刈り込まれて少し短くなっていた。
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