第93話 推し活と教祖、そして義弟

 夢見鳥サツキ。俺がその名を口にした時の洋一の反応は激烈な物だった。目を剥き、あたかも親の仇でも見つけ出したかのような表情で俺を睨みつけていたのだ。

 もちろん俺は戸惑った。夢見鳥サツキじたいを洋一が知っている事にも驚いたが、何故そこまで敵愾心を剥き出しにするのか。そこが気になりもしたのだ。もっとも、俺だって彼女の事はちと胡散臭い所があるとは思っていたけれど。


「ど、どうしたんだよ洋一。今お前、めちゃくちゃ怖い顔をしているぞ」

「あ、ごめん」


 戸惑った俺が告げると、洋一はやはり戸惑った表情を浮かべつつも詫びを入れた。一体何故そこまでいきり立ったのだろうか。俺が問うまでもなく、洋一は言葉を続けていた。


「ごめんと言えば、兄ちゃんにはもう一回謝らないといけないかもしれないんだ。深刻な話じゃあないってさっきは言っちゃったけれど、やっぱり深刻な話かもしれない気がしたんだ」

「別にそんな事はどうでも良いんだよ。とりあえず、夢見鳥サツキがお前の友達に何をしたって言うんだ。それを教えてくれよ」


 夢見鳥サツキと洋一の友達の間に何が起きたのか。今となっては、俺はもうその事が気になって仕方なかった。きっとそれは、洋一の何処か煮え切らない物言いが発端だったのかもしれない。

 だがそれにしても、深刻な話だというのならば、俺なんぞに話して解決するのだろうか。それこそもっと適切な所に相談すべきではなかろうか……とりあえず、話を聞き終えてからどうするか、考える事にするか。切羽詰まった様子の洋一を見ながら、俺はそんな風に思っていた。


「まぁ何て言うのかな。さっきも言ったとおり、夢見鳥サツキって言うのは配信をやってるんだ。それで俺も詳しくは知らないけれど、配信の動画で結構けったいな事ばっかり言ってるみたいでさ」

「けったいな事を言うのは、動画配信者ならあるあるだろう?」


 俺の言葉に、洋一はすぐに首を振った。そうかもしれないけれど、そう言うんじゃあないんだ。たどたどしい様子で、そんな事を言いながら。


「何て言うのかな。そう言う類の……お手軽なけったいさとは違うんだよ。夢見鳥サツキの配信は、それよりももっとヤバい感じなんだよ」


 モゴモゴと口を動かしていた洋一であったが、しばらく考えているうちに良い考えが浮かんで来たらしい。俺をぐっと見据えると、おもむろに口を開いたのだ。


「そう言えば、熱心な視聴者たちからは、彼女は教祖とも呼ばれているんだよ。ね、直也兄ちゃん。もう既にヤバさが感じられるでしょ?」

「ああ、うん……それは確かにヤバい、のかもしれないなぁ」


 教祖と言えば、ポコポコ動画で人気の特定のキャラクターもまた、教祖呼ばわりされている奴がいなかっただろうか。そんな事を思いつつも、俺はこめかみのあたりを指で撫でさすり、揉んだりしていた。夢見鳥サツキ自体に、何やら怪しい雰囲気が漂っているのは、俺自身も感じていた所だったからだ。

 さりとて、俺は彼女の動画を見ていない(見たらきっと芳佳が機嫌を損ねるだろう)ので、詳しい所までは把握していないのだが。


「なぁ洋一。教祖呼ばわりされるって事は……何やら教えとかそんなものまで広めようとしているのかい?」

「そうそう。だからこそ教祖って呼ばれてるんじゃあないか」


 俺の問いに、さも当然だと言わんばかりに洋一は頷く。もしかすると、洋一は教祖と呼ばれているキャラの事は知らないのかもしれない。ジェネレーションギャップという言葉が脳裏を掠めつつも、俺はそんな事を思っていた。

 その間にも、洋一は眉を下げて言葉を続ける。


「しかも連中はお布施を、というかそんな御大層な奴じゃあなくて単なるスパチャとか投げ銭なんだけどさ、そう言うのを一番多く投げたのが一番熱心な信者だってマウントを取り合うような風潮が出来ているみたいなんだよ。もちろん夢見鳥も、それを容認してるしさ。だからそう言う事もあって、明石のやつが夢見鳥にハマっている事が不安な訳」


 そりゃあ確かに不安になるのも自然な事だよな。洋一の顔を眺めながら、俺はそう思ったのだった。

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