第92話 ブラコン気質と相談事
何処か安堵した様子の洋一に、俺は疑問を投げかけた。
「何だよ良かったって。それってどういう意味なんだ、洋一?」
「そ、そんなに怖い顔をしなくても良いでしょ……」
洋一は戸惑ったような、少し怯んだような様子で肩をすくめた。俺も俺で、少し大人げなく問い詰めすぎたなと反省していた。先程気付いたのだが、洋一はちょっとした手土産すら携えているようだった。紙袋のロゴからして地元の菓子折りの類である。きっと養父母(洋一にとっては実の両親だが)の入れ知恵に違いない。
そんな事を思っていると、洋一は再び口を開いた。俺の様子を窺いながら。
「別に、そんなに変な意味なんかじゃあないよ。たださ、この間会った時はあんまり兄ちゃんと話が出来なかったなぁって思っただけだってば」
「何だ……良かったってそう言う意味かよ。このブラコンめ」
「あはは、ブラコンだなんて照れるなぁ」
自分でも尖った発言をしてしまっただろうか。そんな風に思っていた俺をよそに、洋一は屈託のない笑顔を見せるだけだった。
義弟の笑みに毒気を抜かれた気分になる一方で、胸の奥が不穏にざわめいてもいた。洋一は何故、血の繋がっていない俺を本当の兄のように慕ってくれるのだろう。そんな事を思うのは今回だけではない。十何年来もの長きにわたって、胸の裡にわだかまる謎だった。
それはそうと。洋一は少し真面目な表情を作って、俺をじぃっと見つめる。
真剣な表情を浮かべる義弟につられて、俺も気を引き締めて居住まいを正した。
「今日はね、兄ちゃんにちょっと相談したい事があって、それで部屋までやって来たんだ」
ここまで言うと洋一は目を伏せ、何処か言いづらそうな調子で言葉を続けた。
「内容が内容だから、松原さんに聞かれるとちょっと気まずいなって俺も思ってたんだよ。だからその……さっきの松原さんがいなくて良かったって言うのは、そう言う事」
「何だ、そう言う事か」
洋一の表情を見た俺は、ニヤリと笑って彼を見つめ返す。女性である芳佳がいては言いづらい相談事。俺も男であるから、どういう事柄なのかはおおよそ察しがついていた。
相談事について察しがついたからこそ、俺は洋一に対して笑いかける事が出来た。彼が思春期真っただ中の少年であり、可愛い弟だと掛け値なしに思えたのだ。
「確かに猥談とかその手の話だったら、女性が傍にいたらやりにくいわな。それにしても洋一。お前も中々どうして可愛い所があるじゃないか。そんな事を相談するためだけに、わざわざ俺の部屋に遊びに来たなんて」
「……ちょっと兄ちゃん。何を変な方向に話を解釈してるのさ」
冷ややかな義弟の言葉と眼差しに、俺は思わず硬直してしまった。何をアホらしい事を言っているんだか。口には出さずとも洋一がそう思っているであろう事がひしひしと伝わってきたのだ。
洋一はこれ見よがしにため息をつくと(その仕草は養母にそっくりだった)、少し呆れたような表情で言葉を続けた。
「そんなエッチな話なんかは、わざわざ兄ちゃんとかに相談しなくても、調べれば事足りるってば。それでさ……俺が相談したいのは、友達の事なんだ」
友達の事。そう言った洋一の顔を、俺は注意深く観察した。先程の呆れ顔(こちらは養父に似ていた)とは打って変わり、物憂げな表情を俺に向けていたからである。
洋一自身では無いにしろ、彼が大切にしている友達が、何かトラブルにでも巻き込まれているというのだろうか。だがそうだったとして、俺に相談されても何か力になる事が出来るのだろうか……?
あれこれと考えを巡らせているうちに、洋一は静かに語り始めていた。
「大丈夫、だよ兄ちゃん。友達の事って言っても、そんなに深刻な話じゃあない、はずだから。ただ、友達がある配信系アイドルにハマっちゃってるってだけの話だよ」
「推し活ってやつだな」
丁度テレビで時々取りざたされていたな。俺の呟きに、洋一はその通りだと言わんばかりに頷いていた。
「ああだけど、配信系アイドルってのも最近は流行ってるんだなぁ。実はさ、兄ちゃんの職場にも、配信系アイドルとやらがやって来てさ。まぁ上司が話だけ聞いて追い返したんだけど。でもけったいな名前だったし、この間もばったり出会っちゃったから、その子の事は覚えているよ。確か夢見鳥サツキって名乗ってたんじゃあないかな」
そいつだよ! 夢見鳥の名を聞くや否や、洋一は丸く目を見開いて叫んだ。義弟の面に浮かぶただならぬ表情に、俺は一瞬怯んでしまったのだった。
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