第65話 馴れ初め話と小さな疑問:芳佳視点
気が付いたら、私たちの話の内容は、お互いのパートナー(恋人の方が良いのかもしれない。だけど玲香さんの場合だと旦那さんになるからちょっと違うかも)と知り合った馴れ初め話にシフトしていた。
とはいえ、彼氏とか旦那さんがいる女性同士だから、お互いどんな感じで知り合ったのか、そう言うのは気になると思う。多分、そう言うのが女子会なのかなとも思った。平坂さんとかスコちゃんとかメメトさんには男性の影なんて無かったから、そう言う話も新鮮な感じだった。
「ゴロー君と出会ったのは、あの子の職場での事だったのよ。私はあの子と同じ職場で働いている訳じゃあないんだけど、あの時は丁度短期派遣として出向いていて……」
玲香さんが島崎さんと知り合った話は、びっくりするほどドラマチックな内容だった。二人が出会い、交流を決意したのは、「グラスタワー事件」とも呼ばれる騒動がきっかけだったのだそうだ。端的に言えば、島崎君が雷獣の男の子に絡まれて、そこで雷獣君が長年行っていた悪事や不祥事が明るみになると言った事件である。玲香さんもその場に当事者として居合わせていて、そこでの島崎君の姿に感動したのだとか。
……もっとも、その時島崎君は何故か女の子の姿に変化していただとか、実は雷獣の男の子も女の子だと思って絡んだだとか、妙にツッコミどころもある事件ではあるのだけど。
もっとも、島崎君たちは後にあやかし学園という同人ドラマを作って、その中で女子高校生役として登場してしまっているから、まぁそう言う趣味だったのかもしれない。玲香さん自身は、島崎君が女の子に変化するのを面白がっているみたいだから、多分その辺りは大丈夫なんだろうなって思っていた。
というか直也君も女装とかするのかな。直也君はちゃんと男の人だけど、少し線の細い感じもするし、顔立ちだって優しげだ。だからもしかしたら、美人さんに変身できるかもしれない。
そんな事を思っていると、玲香さんとばっちり目が合ってしまった。考えている事を見抜かれたかも。その思いが私の血を温めていく。火照った血は、よせば良いのに顔や耳に集まり始めていた。
「松原さん」
「ひうっ! わ、私、変な事なんてこれっぽっちも――」
「良いのよ、大丈夫よ松原さん」
慌てて口走る私に対し、玲香さんは少しだけ首をかしげてにっこりと笑いかけてきた。
「松原さんは、和泉さんとはどういうきっかけで知り合ったのかしら。あ、だけど、話したくなかったら無理に話さなくて良いのよ」
玲香さんは一応問いかけてきたものの、強制ではないという事をしっかりと私に伝えてくれた。遠目には野性味があって私にはほとんどない獣性を具えた怖そうな狐って感じがしたけれど、話してみると結構優しい狐だった。あとカッコいいし。
いいえ。私は尻尾を振り回しながら首を振った。
「直也君、いえ和泉君との馴れ初めですよね。そんな、隠すような事じゃあありません。私の話、米田さんにも聞いていただけたら、本当に嬉しく思っています」
私はそこで、直也君との馴れ初めを玲香さんに語り始めた。直也君との出会いは、是非とも玲香さんにも知って欲しい。そして願わくば、心に刻み込んでほしい。そう思っていたからなのか、私の脳裏には、あの日の光景がはっきりと浮かんできた。生ぬるい真昼の雨。傘をさして彷徨っている間に見かけた幼い少年。そして彼から持ち掛けられた約束――遠い日の、掘り返された記憶は、何とも甘美な気配を纏っていた。
「――そう、だったのね」
玲香さんが今一度口を開いたのは、私が全てを語り終えた後の事だった。玲香さんはほんの少し戸惑ったような表情を見せていたけれど、それはどうしてなのだろう。もしかして、私の話が情熱的すぎて、それで驚いているのかな。
「その、松原さんの出会いも素敵だと思うわ。むしろ、十五年以上待ち続けた松原さんの熱意が凄いわよね」
「米田さんからそう言われると、少し照れますね」
照れると言いつつも、内心満更でも無かった。米田さんはそんな私を見て、何か考え込むような表情を見せた。
「ところで松原さん。和泉さんと知り合ったのって何処だったのかしら。ゴロー君と同郷だそうだから、白鷺城近辺とかなのかしら」
「いいえ米田さん。私が、直也君と知り合ったのは――」
直也君と初めて出会った地名を口にすると、玲香さんは何故か変な顔をした。どうして、どうしてそんな顔をするの。私は少し怖くなって、何かおかしな事を思い出してしまうような気がした。
私がまた目線を下げた事に気付いたのだろう。玲香さんはハッとした表情を浮かべ、それから少し申し訳なさそうな表情で言い足した。
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけなのよ。松原さんたちが出会った所は私も多少は土地勘があるから……」
玲香さんの言動からは、何かを取り繕っているような雰囲気があった。だけどそれを問いただす前にスコルちゃんと合流したから、その事も忘れてしまったんだけど。
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