第64話 花見の席と女狐たちの女子会:芳佳視点
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団地でのお花見に、玉藻御前の末裔である島崎さんがお客さんとして来ていた事に、私はひどく驚いてしまった。同じ妖狐と言っても、向こうが血筋も力も恵まれているのに対し、私は単なる野良の野狐で、力もそんなに強くはない。
妖怪という生き物も、強い相手を前に驚いたり、緊張したりしてしまう事はある。でも、私の驚きぶりは度が過ぎていたと自分でも思う。何しろ、驚くあまりに変化が解けて狐の姿に戻ってしまったのだから。
この団地は私が元々暮らしていた所(実は部屋は引き払っていなくて、直也君が仕事をしている時に時々戻って来る事はあるんだけど)で、住民たちも殆ど妖怪ばかりではある。私が妖狐である事もみんな知ってるから、実は狐の姿に戻っても、別に困る事は無い。ただ、とても恥ずかしかったけれど。
でもそのすぐ後に、島崎さんの妻である玲香さんも狐の姿に戻られたから、そのおかげで恥ずかしさはいくらかマシになった。平坂さんたちや、直也君以外のヒトからの優しさに、少し涙が出そうになったけれど。
「そうなのね。松原さんも彼氏さんと一緒に暮らし始めたのね。楽しい時期かもしれないけれど、大変な事とかもあるかもしれないわよね」
ともあれ、何やかんやあったけれど、私はその玲香さんの傍で話し込む事になった。ちっぽけだけど、女子会が始まったのだ。
本来なら、直也君とのデートの延長だから、直也君の傍にいた方が良いのかもしれない。だけど直也君は直也君で、島崎さんと一緒にいて色々と話しているから、そこに私が割り込んでも、二人とも気まずい思いをするかもしれない。特に、直也君と島崎さんは昔の知り合いだというから、お互い話したい事もあるだろうし。
それに、実を言うと私も玲香さんと話すのは楽しみで、ワクワクしていた。直也君と違って、私は玲香さんとはほぼ初対面ではある。だけど彼女の傍にいると、女子会という言葉が頭の中に浮かんできて、それがワクワクの原因だった。
よくよく考えてみれば、私はこれまで女子会なるものを体験していなかった気がする。別に他の女妖怪との交流が無かった訳じゃあない。むしろ女天狗の平坂さんの面倒になって、スコルちゃんは妹分として慕ってくれている。ある意味ビジネスの関係だけど、メメトさんともまぁ頻繁に顔を合わせはする。だけどなんとなく、彼女たちと集まったり会ったりするのは、何か女子会とは違う気がしていたのだ。
それなら玲香さんの傍にいるのが女子会なのかと言われれば難しいけれど、何となく、彼女との会話は憧れていた女子会のそれになるのかなぁ、と私は単純に思っていた。
もしかしたら、お互いに好きな男の人の話になっているからなのかもしれない。
さっきだって、玲香さんも私が直也君と同居している事について口になさったんだから。
「大変、というのはあんまり感じてないんです。直也君の事は、かれこれ十五年近く前から知っていて、それでようやく一緒になれた嬉しさも強いですし……」
言いながら、私は玲香さんと島崎さんとを交互に見やった。島崎さんは相変わらず、直也君に話しかけ、逆に直也君の話を聞いてもいる。直也君も緊張してばかりだと思っていたけれど、結構楽しそうだった。
「もしかして、米田さん(玲香さんの旧姓。そう呼んでも構わないと言っていた)は、結婚……というか旦那さんと一緒に暮らし始めて色々とおありなのでしょうか? やっぱりその、旦那さんも普通の妖狐じゃあなくて、九尾の末裔ですし」
最後の方だけ声のトーンを落として私は問いかけていた。玲香さんもまた、島崎さんの方をちらと見てから微笑み、首を振った。
「私は大丈夫よ。ゴロー君は、主人は結構優しいから、私に対して色々気を遣ってくれるのよ……良い子なんだけど、たまには私に対してももうちょっとワガママを言っても良いかな、とはたまに思うかな。末っ子だから、少し……いえ大分甘えん坊さんではあるんだけどね。それもそれで可愛くて良いんだけど」
島崎さんが末っ子で甘えん坊。玲香さんもまた、秘密を打ち明けるみたいにそこだけ小声で教えてくださった。
もっとも、島崎さんは甘えん坊な一面もあるものの、一人で過ごす事も平気な面も持ち合わせているらしい。時間が許せばべったり甘えて過ごすものの、基本的には互いに付かず離れずの関係なのだそうだ。
私と違って結婚生活を送っている玲香さんの話は、私にとって新鮮で興味深い物だった。それはもしかしたら、直也君と私の関係と大分違う所もあったからなのかもしれない。
いやそもそも……直也君は私の事を、私との関係を、どんなふうに捉えているのだろうか?
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