第62話 世間話と遠くの女子会

「あはは。島崎さんも中々真面目な事を仰いますね。ご先祖様が九尾の狐だと思うと、何とも不思議に思えてしまいますよ」


 大真面目な様子で語った島崎が何とも面白くて、俺はついついそんな事を言っていた。まぁ、ちゃんと丁寧な口調だから大丈夫だろう。

 島崎はというと、手にしているカップに注がれた甘酒を飲もうとしていたが、俺の言葉を聞くと、何故か困ったような表情を浮かべてしまった。


「和泉さん、いや和泉君。僕なんぞにかしこまった口調を使う必要はありませんよ。この前会った時は、お互い仕事の関係だったから、何ともしゃちほこばった感じになってしまいましたけれど。今回はお花見って事で、僕たちも団地の方と一緒に楽しんでいるだけなんですから」

「……それじゃあタメ口でも大丈夫かい? というか、そう言う島崎君だって割と丁寧な口調じゃないか」

「あはは、これはまぁ癖みたいなものだから。大目に見てくれると嬉しいな」


 俺と島崎は互いに顔を見合わせて、それから軽く笑い合っていた。

 と言っても、別に中学校の時のようだとか、そんな風には思わなかった。そもそも小学生や中学生の頃は、別に島崎とは友達では無かったからだ。


「それにしても、まさかこんな所で島崎君と出会うとはね」


 世間は狭いって言葉は本当なのだな。そんな事を思いながら言うと、島崎の視線が俺から離れる。

 彼の視線の先には、二人の女妖狐が談笑している。白い毛並みの一尾と、明るい金色の毛並みの二尾である。一尾の方は、もちろん芳佳である。そして島崎は、金毛二尾の妖狐に対して、愛おしげな視線を向けていた。


「今日は妻がこっちの方で用事があったからね。そもそも玲香さんは、大阪で生まれ育ったからこっちで色々と仕事とかなさる事も多いしからね。後はやっぱり知り合いも多いみたいだし」

「そっか。そう言う事だったんやな」


 もう一人の妖狐、金毛二尾の方は島崎の妻だった。百六十五程はあろうかという、すらりと背の高い女性である。見た目は二十歳から二十代前半ほどで、十代後半ほどに見える芳佳よりは幾分年上であるように見えた。尻尾の数だけではなく、芳佳の話し方や態度からしても、彼女の方が年長のようだ。芳佳はしきりに彼女の事を米田さん、と呼んでいるが、恐らくは旧姓なのだろうか。


「そう言えば島崎君も結婚したばかりだって言ってたもんな。あはは、新婚さんだし、やっぱり大好きな奥さんと一緒にいたいってなるのは俺も解るぜ」


 俺は独身であるが、大好きな女とずっと一緒にいたいという気持ちが解らぬほど野暮でもない。芳佳と共に過ごすようになってから、その気持ちを俺は知った。

 島崎はすぐには俺の言葉には応じず、カップの甘酒を少しばかり呷った。その後俺に視線を向けるのだが、何処となく照れたような表情を見せている。


「まぁね。ただ、俺たちは普段は仕事とかが忙しくて、一緒にいる事がどうしても少ないからね。だから俺は……可能な時は玲香さんと一緒にいたいと思ってるんだ」


 そこまで言うと、島崎は今再び玲香さんを見やった。女性同士という事もあり、向こうも向こうで雑談やら世間話が弾んでいる。それぞれ、俺や島崎を置いてけぼりにしたままで。


「と言っても、玲香さんは実はそれほど寂しがり屋じゃあなくて、一人の時間も結構お好きな方なんだけどね。だからまぁ、付かず離れずの時がちょっと多くても、そんなに問題にはならない感じかな。俺たちの場合はって事だけど」

「存外大人の関係なんだなぁ」


 言いながらも、俺は玲香さんの姿を見ていて、何となく納得してもいた。

 普通にうら若い美女の姿を取っている玲香さんであるが、それとなく眺めているうちに、彼女の本質のような物を感じ取ったからである。顔つきからして芯が強いというかやや気の強そうな雰囲気が出ていたのだ。夫の事は愛しているけれど、それとは別に自分の世界も大切。そんな風に考えていそうな女性だった。

 島崎はというと、俺の言葉が受けたのか、明るい笑みを見せていた。


「ははは。大人の関係だなんてウケるなぁ。俺たちゃあもう結婚して夫婦なんだから、まぁ確かに大人の関係ってやつなんだろうね。まぁでも、付き合ってから結婚するまでも結構長かったけどね。なんせ六年かかったんだからさ」


 笑いながらもそんな事を言う島崎は、誇らしげな表情をその面に浮かべていた。ドヤ顔一歩手前なのだが、小憎らしさを感じさせない所もまた、彼の魅力なのかもしれない。

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