第60話 とある新人配信者の出会い:後編
「あーあ。久しぶり? に目を覚ましてみたけれど、微妙な時期に目覚めちゃったのかしらね。何か寒いし、外も暗いわねぇ」
女はそう言うと、両腕で胸元を覆うような仕草をやってのけた。異形丸出しな見た目と、普通の女と変わらぬような仕草や物言いのギャップが凄すぎて、視界がグニャグニャに歪みそうな感覚を俺は抱いた。
だがそれでも、意識が飛ぶなどという事は無さそうだ。むしろ女に意識が向けられていた。視線を逸らすな。何者かに命じられているかのように。それはきっと、隣のルリも同じ事だろう。
そうして、女が俺たちの方を見た。黒々とした、何処か複眼めいた瞳が、俺たちの姿を捉えている。
「それで、あなたたちはだぁれ? 私の祭壇にやって来たんだから、信者たちだとは思うんだけど……」
祭壇。信者。何もない荒れ地と異形めいた女にはそぐわない単語ではないか。急に腹立たしくなった俺は、異形の女を睨みつけた。
「祭壇に信者だと! 何言ってんだダボ! お前みたいなバケモノの信者が、一体どこに――」
「テル君……」
弱々しい声とともに、袖が引っ張られる。ふと横を見れば、ルリが俺の袖を掴んでいた。怯え切った表情の彼女は、俺と目が合うと首を横に振っていた。それ以上言ってはいけない、と。
俺たちのやり取りを見ていた女が、密やかに笑っていた。直接見たわけでは無いけれど、気配で何となくそれが解った。
「バケモノねぇ……ま、下賤な下々のニンゲンだと、そんな風に見えちゃうのも仕方ないかぁ。うーん、信者でも無さそうだし、どうしちゃおうかなぁ……」
そこまで言うと、女は気だるげに伸びをした。
どうしちゃおうかな。その言葉に込められた意味を前に、俺たちはただただ震えていた。頭の中では、種々雑多な俺たちの末路が浮かんでは消えていく。自分の生き死にを他人に、それも人知を超えたモノに掌握されている。それが一体どういうことなのか、俺はたった今知った。
喰い殺すのか八つ裂きにするのか粉微塵にでもするのかはたまた俺たち同士で共喰いでもさせるのか――猫のように伸びをしていた女が、またしても首を傾げた。何故か驚きの表情が色濃く滲み、しかも周囲がより一層明るくなっている。
俺はそこで、異形の女から後光が差している事、その後光は拡がった蝶の羽の形である事に気付いた。
「……あ、待って。何か力が戻って来る感じがするわ」
喜色を滲ませながら女が声を上げる。相変わらず裸のままだけど、その姿は先程よりも人間らしくなっていた。芋虫めいた下半身は、ごくごく普通に人間のそれになっていたのだ。よく見れば、向かって右側の足の方が左側の足よりも一回り小さかったが、そんなのは誤差の範囲内だ。
女は静かに微笑みながら俺たちを見つめていた。後光だと思ったのは蝶の、巨大なアゲハチョウの羽だった。薄緑がかった女の肌に、淡いクリーム色と鮮やかな黒で彩られた羽。いずれの色も互いを引き立たせているように俺は思えた。
そしてゆっくりと、背後の羽が動き始める。羽の動きと共に、金色の細かい何かが舞い上がり、俺たちを取り囲んだ。彼女のオーラとでも言うべきその金色に包まれている間に、俺の心の中にあった恐怖心はすっかり駆逐されていた。
女が、いや名も知らぬ尊き方がゆるりと口を開く。普通の人間とは異なるそのお姿は、直視し続けるのが申し訳なくなるほどに美しかった。
「うふ、うふふふ。何かよく解らないけれど、あなたたちのお陰で力が戻って来たみたいだわ。お礼に、あなたたちを信者にしてあげる。
さぁ可愛い信者さん。私の事は※※ヨ神とお呼び。そうすれば、富も若さも栄光も、とこしえにあなたたちのものになるわよ」
「はい、※コ※神様――!」
俺とルリは※※※神様の前で、仲良く並んでひれ伏した。三月の冷え切った空気も、服が土埃で汚れる不快感も、※※※神様とお会いしている喜びに較べればちっぽけな物だった。
ふと顔を上げると、ト※※神様と目が合った。うっとりとした表情で、あのお方も俺の事を見つめていた。
「あぁ、やっぱり信者って可愛いわねぇ。うふふ、私にここまでひたむきに信仰を捧げてくれるんですもの。やっぱりご褒美が必要よね」
そう仰ると、※※※神様は左足(俺から見たら向かって右側の、小さいほうのおみあしだ)を俺の鼻先に突き付けた。お舐め。※※※神様がそう仰らずとも、俺にはあのお方の意図は解っていた。
そして俺が、※※※神様のおみあしを舐めたのは言うまでもない。※※※神様のおみあしは、レモンやオレンジのような香りが漂っていた。
「ええ、ええ。あなたの味も中々イケるわねぇ。うふふ、これからが本当に楽しみだわ。目覚めたと言っても、あの時取り逃がした獲物がまだいるんですから。ふふふふ、ここで忠実な信者を用意して、それでじっくりと獲物を探しましょう。ええ、それが良いわ……」
※※※神様が、何やら興奮した様子で独り言を呟いておられた。しかし今の俺は、このお方に直接ご奉仕する悦びと幸せで頭が一杯になっていて、何を言っていたのかなんてちっとも気にならなかった。
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