第59話 とある新人配信者の出会い:中編

 互いの懐中電灯の光を頼りに、俺たちは暗闇に覆われた荒野を当てもなく進んでいた。白茶けた地面や雑草の残骸ばかりで、思っていた以上に殺風景だ。隣でルリが、「地面が白っぽいのは骨が地面に混じっているからじゃあないよね?」なんて言っているのが気になりはするけれど、所詮その程度だと思っていた。


「ひゃあっ!」

「わひぃっ!」


 ルリと俺の、何とも間の抜けた悲鳴がふいに迸る。ちなみに俺は、ルリの悲鳴に驚いて声を上げてしまっただけだ。その事への恥ずかしさに若干苛立ちつつ、ルリを睨んだ。


「どーしたんだよルリちゃん。急に大きな声なんか上げたらびっくりするじゃあないか」

「だって……あれ……」


 ルリの震える指が、地面に転がっている物を指し示す。白くて丸い石のようであるが、所々に凹凸があり、凹んでいる部分は黒々としていた。


「まさか、人の骨とかじゃあないよね?」

「んな訳……」


 俺は大股気味にソレに近付いた。近付いて確認してみたが、それは骨でも何でもない。ただの大きな石に過ぎなかった。色合いと形が、何となく頭蓋骨に似ていたけれど。


「何だ、ただの石ころだぞ。くそっ、紛らわしい奴め」


 苛立ち紛れに石を蹴り飛ばす。それは思っていたよりも軽く、俺の蹴りを受けてコロコロと何処までも転がっていった。

――ぷつり。遠くで紐のような何かが切れる音が聞こえたが、それも気のせいという奴だろう。


「うーん。結局何もなかったねー」

「そうだなぁ。ああ、一応動画は取っているけれど、何か変わり映えしなさそうだしな」

「あの髑髏みたいな石を見つけた時の動画は?」

「しまった。あれの時は動画を撮って無かったんだよ」


 ひととおり荒野の中を巡回した俺たちは、緩んだ気持ちで話し合っていた。

 結局のところ、おどろおどろしい噂が上がっていたこの土地には、その噂の真相を確かめられるようなものは特に見当たらなかった。ただただ枯れた雑草がへばりつき石ころが転がっているだけで、本当に何もなかったのである。

 夜だから、それらしいものを見つけられなかったのかもしれない。だがそれならば、何もなかったも同然だろう。

 俺は別に、日を改めてもう一度調べようなどとは思っていなかった。それよりも、だ。隣にいるルリをどうやってホテルに誘うか。その事を早くも考え始めていたのだ。地下アイドル崩れとはいえ、可愛い女の子を誘ったのは、まぁそう言う事なんだから。


 深夜テンションとでも言うべき心持ちで歩いていた俺だが、ふと物音が気になって立ち止まった。ルリもそんな俺を怪しんだりせずに、ほぼほぼ同時に立ち止まる。いや……彼女にも物音は聞こえていたのだろう。足音というには重たく、荷を運んでいるというには湿っぽい、奇妙な物音を。

 そして俺たちは、ほぼ同時に振り返った。物音の先に何があるのか、確認するために。


 俺は、俺たちは言葉も出てこなかった。真に驚いている時は、言葉など出てこないものなのだと、俺は生まれて初めて知った。


 俺たちが目の当たりにしたもの、俺たちの背後にいたモノ。それはまさしく異形だった。

 最初パッと見た感じでは、女の幽霊なのかと思った。青白い肌に胸や肩を覆う長い髪は幽霊めいていたし、上半身しか見えなかったからだ。

 しかし、それは、幽霊などでは無かった。まだ、単なる幽霊の方が思えるような姿の持ち主だったのだ、そいつは。

 そいつは、人間の女と芋虫、そして蝶か蛾か何かが融合したかのような姿の持ち主だった。上半身しか見えなかったと思ったのだが、別に下半身が無かった訳ではない。ただ……腰から下は芋虫のような肉塊だったために、最初はソレが女の上半身と連結しているとは気付けなかったのだ。

 それに、裸の女の姿に見える上半身の方も、よくよく見れば尋常な姿では無かった。確かに顔立ちは美女のそれであるし、胸にはしっかりとした膨らみもあるにはある。だが……乳房の膨らみは。俺たちから向かって右側は膨らみがあるのに、向かって左側は膨らんでおらず、むしろうっすらと筋肉が発達し男の胸板のようですらあったのだ。

 もっとも、胸の下からへそ(があると思しき部分)の間には、淡い黄緑色の吸盤のような物が八個ほど、等間隔に左右対称に飛び出しており、それぞれ蠢いてもいたのだが。

 更に言えば、裸の背や肩を申し訳程度に覆っている物は、マントなどでは無くて羽化にしくじった蝶の羽のようにも見えた。もちろんと言うべきなのか、こちらもよく見ればかすかに震えているではないか。

 見れば見る程そいつの異形ぶりが明らかになってくるようだった。忌まわしくて恐ろしくておぞましいはずなのに、そいつから視線が離せない。

 一瞬、俺たちの視界を確保していた光の位置がブレた。固い物がぶつかる音が聞こえてきたので、俺かルリのどちらかが懐中電灯を落としたのだと気付いた。

 しかし、懐中電灯が手許から離れても、俺たちの視界が狭まる事は無かった。異形の女自体が、ほのかに発光していたからだ。


「な、な、何なの、あれ――」


 今や過呼吸寸前という息遣いで、ルリが問いかける。その声はか細かったが、聞き漏らす事は無かった。それは俺だけでは無くて女も同じ事だろう。彼女は玉虫色の下唇をゆがめ、俺たちに対してはっきりと笑みを浮かべたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る