断章その3
第58話 とある新人配信者の出会い:前編
※※
「あー、さみーなー。やっぱり三月と言っても夜は冷え込むなぁ」
「寒いのはしょうがないじゃん。今丁度丑三つ時なんだし、さ。それこそ、あたしみたいに毛皮のコートを着てたら、まだマシだったんじゃあないの?」
真夜中の寒さをぼやいてみたものの、ツレである少女は俺に同意してくれなかった。それどころか、何処か小馬鹿にしたような表情で言い返すだけである。
確かに彼女は毛皮のコートに身を包んでいる。狐かミンクかテンかは定かではない。零細とはいえアイドルでもある彼女が毛皮のコートを着ていると言えば、炎上案件待ったなしな気もするが。
と言っても、俺自身も他人様の炎上云々を気にするような立場でもない。むしろ、炎上案件すれすれを狙った配信とかを行っている身分なのだから。
「それにさテル君。今回の取材? ってやつも、大昔に隠蔽された事件の跡地に向かう訳でしょ。昼間に取材なんかに行ったら、他の誰かに変に目ぇつけられても嫌じゃん。そうなったら、あたしもテル君も困るだろうし……いや、テル君は困らないか」
彼女はそこまで言うと、顔をほころばせてケラケラと笑い始めた。早瀬ルリは零細の地下アイドルという事であったが、中々どうして賢い女ではないか。俺はそんな事を思い始めていた。若干のうっとうしさを感じながら、ではあるが。
「まー確かに、ルリちゃんの言う事も一理あるわな。なんせカルトか新興宗教絡みの事件があったとされる場所なんだからさ」
俺は配信者の端くれとして、ペンペン草も枯れ果ててしまったかのようなだだっ広い荒野に赴いていた。ネットでまことしやかにささやかれる噂、都市伝説の舞台になっている場所を面白おかしく配信するために。
カルト絡みの事件。その言葉を聞くや、ルリは僅かに眉根を寄せつつ、口を開いた。
「確か地元住人だかカルト信者だかが、子供とか動物を使って呪術を行おうとしたって噂でしょう。もうさ、赤ちゃんとか罪もない動物を使うって時点で感じ悪いよね~」
毛皮のコートを着込んでいる人間が言って良いようなセリフでもないだろう。そんな言葉がせり上がって来そうになったが、俺は曖昧な表情を浮かべつつスルーした。俺が彼女の意見に同意し納得したと思ったのだろう。ルリは神妙な面持ちになりつつも、言葉を続ける。
「でもさ、もし仮にその呪術とやらを実際に行ったとしたらさ、結局のところは碌な事にならなかったって事よね。だって、今あたしたちがいる所が、その会場だったんだから……」
「まぁ、本当にやったのかどうかなんて解らんぞ」
そう言いはしたものの、俺だって件の噂が全くのデマであると思っているわけでは無かった。むしろ、ルリが怖がっているから彼女をなだめようと思って言い放ったくらいである。
というか子供と動物を利用した呪術という事は、まさかコトリバコとかじゃあないよな。あれは女子供に対して激烈な呪いが発動されるというから、ルリなどはひとたまりもないじゃあないか。いやいや、急にそんな事を決めてかからなくてもいいだろう。敷地に入って数分経つが、特段ルリには変調も無いし……
いや待て。俺は何を真面目に考えこんでいるんだ?
「あ、そう言えば思い出したんだけど」
隣でルリが頓狂な声を上げたので、俺は思わず飛び上がりそうになった。しかしまぁ、奇妙な考え事を断ち切ってくれたので、その点は感謝しないといけないけれど。
この噂が本当の事ならば。そんな前置きをしながら、ルリは喋り始めた。
「とんでもない事件ではあるけれど……生存者が一人だけいるって話じゃあなかったっけ。テル君だって知ってるでしょ?」
「ああ。赤ん坊だか子供だかが生き残ったって話だったっけ。そりゃもちろん知ってるよ。一応ネットで調べたからさ」
奇妙で陰惨な事件の生き残りはただ一人。それも物心のつかぬ幼子である。そうだ、そんなエピソードも件の噂にはあったではないか。
俺たちはしばらく無言で向き合っていたが、ぼそりとルリが呟いた。
「それにしても、その子は一体どうなったんだろうね?」
「さぁな。流石にそこまでの話は調べても出てこなかったよ。とはいえそれも致し方ない話だと俺は思うぜ。ただでさえ真実かどうかも解らないうえに、二十年以上前の話らしいんだからさ……」
二十年以上前。口にしてみると遠い昔の出来事であるのだと改めて思った。それは俺が、まだ十九だからなのかもしれない。隣を歩くルリだって、まだ十八だと言っていたし。
いずれにせよ、その子が生きていたとしたら、今の俺たちよりもいくらか年長であるという事だ。ドロドロとした闇に懐中電灯の明かりを当てながら、俺はぼんやりとそう思っていた。
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