第57話 帰り道と芳佳の言葉
さて身体は正直というか現金な物であり、ランチを摂った俺たちは再び元気を取り戻していた。やっぱり美味しい物って元気になるパワーが秘められているんだな。少ししてから、俺は日々の食事が楽しみになっている事に気付いたのだ。
「芳佳ちゃん。あすこのレストラン美味しかったね」
「直也君が気に入ってくれてよかったわ」
俺の言葉に、芳佳も嬉しそうな笑みを浮かべている。やっぱり、好きな娘が喜んでくれる姿ってこちらも嬉しくなってくるものだ。
そうして見つめ合い笑い合っているうちに、俺はレストランでのひとこまを思い出していた。利用客(もちろん妖怪。というか化け狸らしい)のオッサンとか年長のお姉様がたに「あらあらぁ、仲の良いカップルねぇ」とはやし立てられたのだ。
俺は見知らぬオッサンたちにそんな事を言われて気恥ずかしかったが、芳佳は照れつつも満更でもない様子だった。
そうした事を思い出した俺は、芳佳を見ながらそっと問いかけた。
「ねぇ芳佳ちゃん。今回入ったレストランはさ、芳佳ちゃんの行きつけみたいだったけれど、お店にいたお客さんたちとも知り合いなのかな?」
俺たちの事をカップルだと言ったオッサンたちと、芳佳とは実は面識があったのではないか。芳佳が照れつつも嬉しそうだったから、俺はそう思ったのだ。
しかし、当の芳佳はあっけらかんとした表情で首を振るだけだった。
「ううん。知り合いとかじゃあないわ。だけどもしかしたら、近所の妖だろうから、何処かで顔を合わせた事はあるかもしれないけれど」
まぁでも私たちも大阪出身か大阪在住だから、よくある事よ。さりげなく付け加えられた芳佳の言葉に、俺は雷撃に打たれたような気分になった。
そう言えば、大阪府民って見知らぬ人に話しかける事へのハードルがめちゃくちゃ低いんだった。芳佳ちゃんも話を聞くだに大阪の生まれみたいだし、見知らぬオッサンとかお姉様がたに絡まれても、まぁ互いに自然な事だと流れるようなものか。
俺もまぁ……五年以上大阪で過ごしているけれど、大阪出身ではないからその辺は微妙に違うんだと思う。元々コミュニケーションを取るのはちょっと苦手だし。それに関西出身・関西在住だからと言って、誰も彼も陽気でコミュ力が高いって訳ではない。
それはともかく、明るくて社交性もある芳佳が、この俺を選んで傍にいてくれる。その事がとても尊い事なのだと、俺は唐突に思った。本当に、何故彼女は俺を選んでくれたのだろう。俺は彼女に選ばれるに値する存在になれるのだろうか。
普段は忙しくて忘れていた事を、若しくは目をつぶってやり過ごしていた事を俺は思い出してしまう。芳佳に怪しまれないように、笑みを作って歩く事に集中しようとしたけれど。
後はただ、家に帰るだけだ。昼下がりと言えども日曜日だし、明日に備えて部屋で漫画を読みつつのんびりしていたらいいだろうか。
そんな事を思っていると、芳佳がふいに駆け寄ってきた。彼女の動きは俊敏そのもので、気が付いたら彼女は俺の隣にぴったりと寄り添う形になっていた。
芳佳はそれとなく俺の二の腕に指を這わせ、上目遣い気味に俺を見つめながら口を開いた。
直也君。そして芳佳は俺に呼びかけた。彼女の呼びかけは、普段のそれとは何か違う。それが何かわからないままに、俺は芳佳をじっと見つめていた。
「どうしたの、芳佳ちゃん」
「あの……ええと……」
芳佳は言いよどみ、気恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。しかしすぐに、意を決したようにもう一度俺を見つめ直した。
「四月になって、桜の花が咲いたら、皆でお花見をしたいなって思ったの」
「そうだね。やっぱり春はお花見だもんねぇ」
「まぁ、スコちゃんとかあの子が面倒を見ているワンちゃんたちは、御馳走があるって事で喜んじゃってるんだけどね。でも団地にも桜の樹は何本もあるから……」
「あは、おうちの中でお花見ができるって言うのも中々良いじゃないか」
芳佳が話した事というのは、結局お花見の事だった。わざわざ畏まって言う事だろうか、とも思ったけれど、もしかしたら団地の中でやろうと思っていたから、気を遣っていたのかもしれない。
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