第52話 男の手料理と小さなお守り
「お、うどんも油揚げもあるにはあるんだな」
冷蔵庫の中身を確かめた俺は、きつねうどんの為にわざわざ外出しなくて良い事をラッキーな事だと思った。そりゃあスーパーは近場にある。だけど芳佳は何となく元気が無いし、彼女を置いて出かけるのは何となく気が引けた。
と言っても、今は寝転がって写真集や本を読んでいて、とても楽しそうではあるのだけど。あんな風にダラダラしている芳佳の姿も中々珍しいかもしれない。
ともあれ、俺はきつねうどんの具材を前に、一人で静かに決意を固めた。料理を頑張ってやってみようではないか、と。
芳佳という可愛い彼女がいるというのに、俺自身料理が出来ないというのは恥ずかしい事ではないか。いつの間にか、俺の心の中にはそんな考えが居座るようになっていた。
同級生だった島崎と仕事の関係で思いがけず再会し、彼の近況を知った。それがきっかけなのだと俺にははっきりと解っていた。結婚した彼は、何と兼業主夫として週に四、五日は料理を作っている。営業と世間話の狭間で、島崎はそんな事を言ってのけたのだ。ごく自然な事だと言わんばかりに。
そりゃあもちろん、そんな話を聞いたからムキになるのも、子供らしい事だとは思っている。だけど俺は、考えてみればいつも何かにムキになっていたような気もする。それにムキになる事も、そんなに悪い事ばかりでもないのだ。それが原動力になれば、誰も傷つけずにしかもよりよい自分になれるのだから。
――とりあえず、ゆで卵は固ゆでにしておこう。前に芳佳が出したゆで卵は固ゆでだったもんな。
そんな事を思いながら、俺は卵を取り出し、ゆで卵の支度にかかったのだった。
※
「あ、味はどうかな。芳佳ちゃん」
「う、うん……美味しいと、思う、よ」
「そうか……」
やっぱりこれからも精進しないといけないみたいだな。芳佳の返答の様子を見ながら、俺はそんな風に思った。不思議と自分ががっかりしているのか、それとも次回の料理に意欲を燃やしているのか、どちらなのか判断がつかなかった。きっと両方なのかもしれない。
だけどもしかしたら、芳佳が元気になったら、また彼女が台所に立つ事になるのかもしれないけれど。
ああしかし、出汁は薄すぎるしワカメは上手く切れていない。芳佳が言いよどむのも無理からぬ話だな、と俺は思った。ネギ代わりに大根の葉を俺たちは使っているのだが、それも丁度切らしていた訳だし。
ちなみに芳佳は、食事の準備が出来た所で人型に変化して、その姿で食事を始めている。本性は狐なのだけど、やはり日々の暮らしを行うにあたっては人型でいる方が彼女も都合がいいのかもしれない。
ともあれ微妙な出来になってしまったうどんを食べていた俺だったのだが、ふと芳佳の首許を凝視してしまった。見慣れぬものを首から提げていたからだ。
油揚げをかじっていた芳佳と目が合う。彼女は気恥ずかしそうに目を伏せた。
「あらやだ直也君。私、ださい部屋着だからあんまりじろじろ見られると恥ずかしいわ」
確かに今の芳佳は、トレーナーとクタッとした生地のズボン姿だった。くつろいでいた最中に変化したから、すぐにでも休める服装になったんだろうな、と俺は思っていただけなんだけど。
「いやいや芳佳ちゃん。別に服装とかは気にしてないよ」
可愛い娘は何を着ていても可愛いんだよ、とは言えなかった。流石に気恥ずかしかったからだ。藤原とかはナチュラルに言いそうな気もするけれど(小並感)
「俺が気になったのは、首許のペンダント……だよ」
どうしたの。俺が尋ねると、芳佳は首許に左手を添え、提げているそれに指で触れていた。
これはお守りの類なのだ。芳佳はペンダントと思しきものを撫でながらそう言った。
「ほら私、さっきまであやかし学園の写真集を見てたでしょう。そうしたら、巻末にこれがくっ付いていたのよ」
「写真集にお守りが付いているなんて豪華だなぁ」
俺が思わず呟くと、芳佳は神妙な表情で首を振った。
「ううん。実はこれ、元々写真集についていた付録とはちょっと違うのよね……元々写真集の方は、この間メメトさんからプレゼントにって貰ったやつなのよ。この前のお礼とか、そんなのも兼ねてるんだけどね。
だからこれは、写真集の巻末に、メメトさんがこっそり添えていたやつなの。いざという時に役に立つってメモも添えてあったんだけど、そう言うのも抜きにして、気に入ったから……」
「ふうん。何というか不思議な話だねぇ」
俺もまた、食事を中断して芳佳の首に提げられたお守りを眺めていた。ペンダントのように見えたけれど、お守りと言われれば確かにそっちの方がしっくりくる代物だった。何せ、淡い色の布で、小さなきんちゃく袋のような形に仕立てられていたのだから。
あのメメトが、何を思ってお守りを芳佳に託したのか。それは俺には解らない。ただ解るのは、メメトと芳佳は何だかんだ言いつつも仲が良いという事だけだ。
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