第53話 新聞整理と狐の目覚め

 ああそうだ。明日は資源回収があるから新聞とか牛乳パックとかも片づけておこう。俺がそんな事を思ったのは、三時前の事だった。食事を終えて食器を片付けてから、小一時間ほど昼寝していたのだ。

 普段なら、昼寝などしていたら芳佳から「せっかくの休みなんだから、寝てばかりだと勿体ないわよ」と言われる事もたまにある。しかし今日は、芳佳も食後は昼寝していたから、静かに寝る事が出来たのだ。一時間の昼寝と言えば、寝すぎかもしれないけれど。

 そして芳佳は、まだ寝ていた。白狐の姿に戻って、彼女専用のベッドに収まっていた。しかも頭からベッドに突っ込んでいるらしく、露わになっているのは腰の一部と尻尾、そして後足だった。


「……芳佳ちゃん」


 呟くように呼び掛けてみるも、特に反応はない。尻尾の先がピクリと動いた気がするが、それはまぁ反射的な動きだろう。

 俺は芳佳から視線を外し、一人で新聞や牛乳パックの片づけを行う事を心に決めた。甘える時は俺に甘えてくる芳佳であるが、流石に彼女も四六時中そう言うテンションである訳でもない(俺もそうだけど)。今のように専用ベッドで寝る事だってままあった。ついでに言えば、顔ではなく尻尾を出している時は、触らないでくれという意思表示でもあったのだ。

 もっとも、寝ている時に不用意に触れば、犬だろうと猫だろうと狐だろうと人だろうと、嫌がって怒るのは当然の事なんだけど。芳佳だって、俺のベッドに(もちろん狐姿で)入り込む事はあっても、寝入ってる俺にベタベタ触る事は無いはずだし。


 牛乳パックやボール紙系統はさておき、思っていた以上に新聞が多いんだな。古新聞を集めながら、俺はぼんやりとそんな事を思った。まぁ確かに資源回収は月に二回というか第二日曜と第四日曜だけだから溜まると言えば溜まるけれど。

 そんな事を考えながら新聞とチラシを畳んでいた俺だったが、妙に新聞が多い理由が唐突に判明した。芳佳が持ち込んでいた新聞やチラシも多分に含まれているためだ。

 芳佳が新聞を持ち込んだのだろうな、と判ったのは、ひとえに俺が購読する新聞とは異なる紙面だったからだ。そりゃあもちろん、同棲しているからと言って同じ新聞を購読しているとも限らない。そもそも芳佳は妖怪だから、そっち向けの新聞を読んでいるのかもしれないし……そう思っていたら、本当に妖怪向け新聞みたいな感じがしてきた。


「いや……いかんいかん。これは後にしとこ」


 妖怪向け(?)新聞を読んでみたい誘惑に駆られたが、首を振ってそれらを振り払った。新聞にしろ漫画にしろ本にしろ、整理中に読みだしたら止まらなくなるやつだからだ。

 取り敢えず、芳佳が持ってきたであろう新聞は、束ねる新聞やチラシとは別の所に重ねておくことにしておいた。一緒に暮らしていて解った事だが、芳佳は結構活字を目にするのを好む性質だった。しかもスマホやパソコンで文字を見るよりも、紙に印字された文字をじっくりと読むほうが好みであるらしい。彼女曰く、パソコンなどの液晶はキツネの目には刺激が強く、ずっと見ているとしんどくなるのだとか。

 新聞の方は、彼女が起きたら聞いてみようか。しかしチラシは日が過ぎているものであれば別に大丈夫だろう。そんな事を思いながら、チラシたちに視線を向けた。

 近所のスーパーのチラシの場合は、肉や魚、野菜や果物の類に黒マジックで丸が付いている。時にはちょっとした走り書きさえ記されている事もあった。その辺りもまた、何とも芳佳らしいではないか。

 

 そんな事を思いながら新聞たちを束ねていると、芳佳も目を覚ましたらしい。尻尾が妙に力んだかと思うと、白く細長い身体がぬるりと動き、入り口から芳佳が文字通り顔を出したのだ。

 そのままぬぅっと姿を現した芳佳は野良猫のように伸びをし、首を左右に振ってから人型に変化し直した。やはり寝起きだからなのか、クタッとした動きやすい部屋着姿である。


「起きたんだね芳佳ちゃん」

「うん。おそようってやつかな。それにしても私、大分寝ちゃってたかも」

「そんなの気にしなくていいのに。芳佳ちゃんだって今日は休みだし、睡眠不足はお肌と毛並みが悪くなるんだろうからさ」


 俺は新聞を畳む手を止めて、芳佳と言葉を交わし、じゃれ合った。互いに中学生みたいなじゃれ方だったけれど、芳佳も体調が戻って元気になったであろう事を、俺は感じ取っていたのだった。

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