第49話 九尾の子孫と驚きの念

 ひととおり島崎との出会いについて話し終わると、芳佳はなだめるような口調で語りかけてくれた。


「さっきまでの話を聞いていたら、直也君がクタクタに疲れちゃったのも仕方ない事だって思うわ。ただでさえ、玉藻御前の末裔などという強大な力を持つ妖怪と対面してしまったんですから。しかも向こうは面識があって、その上同じ学校に通っていたんでしょ。直也君は、その事にもひどくびっくりしたんだと思うの」

「もちろん驚いたさ。あんだけ強い妖怪がさ、何食わぬ顔で学校に紛れ込んでいたんだって思うと本当に驚いちゃうぜ」


 ため息交じりに言いながら、俺は島崎の事を思っていた。半妖と言えども大妖怪の血を引く彼が、人間に擬態して学校に通っていた。その事実に対して驚きや恐怖、そして何処か裏切られたという気持ちを、俺はあの時確かに抱いたのだ。

 ああだけど。芳佳が神妙な面持ちを浮かべている事に気付いた俺は、慌てて言葉を続けた。


「芳佳ちゃん。別に俺は、妖怪が怖くなったとか、嫌いになったとか、そんな話じゃあないよ。ただ単に、島崎のやつが大妖怪の子孫だって知って、それで驚いただけなんだよ。妖怪だって悪いやつばっかりじゃないって事、俺もちゃんと解ってるからさ」

「……それに島崎君も、悪妖狐の子孫だけど、彼自身は悪妖狐じゃあないものね」


 伏し目がちに芳佳は告げるのを、俺は静かに見つめていた。その言葉にどんな気持ちが籠っていたのか解らないままに。


「そりゃああの子も、才能云々以前に血筋とかがあるから、島崎君が社会妖になったころは妖狐たちを中心に、多くの妖怪たちがあの子の動向を気にしていたみたいなのよ……結局のところ、力とかを濫用して悪さをするような子じゃないって事はすぐに解ったんですけどね」

「うん。野望云々はあるけれど、それはそれとして真面目にサラリーマンをやってるって事は、俺に対してもめちゃくちゃ強調していたよ」


 言いながら、俺は島崎とのやり取りを思い出して少しだけ吹き出していた。仮に俺が悪事なんぞに手を染めたら、兄らや叔父叔母から袋叩きにされちまうからな。大真面目な様子で語る島崎の言葉には、そこはかとない可笑しさがあったのだ。大妖怪の子孫であり、その才覚を受け継いでいるとは思えぬほどの小市民ぶりを見せているではないか、と。

 だがよくよく考えてみれば、それこそが島崎の本性であり本質だったのだ。実の父親と言っても通用するほどに歳の離れた兄に甘えたり反抗したかと思えば、仔猫を拾って女子たちと静かに抱っこする。過去の記憶にある島崎の姿は、およそそのような物だった。三大悪妖怪の一体の血を引いているからと言って、特段物騒な所などは最初からなかった。

 それにしても。優しい味わいの味噌汁を飲んでから、俺は言葉を続けた。


「正直なところ、俺は島崎のやつを見て、めちゃくちゃ大人になってるなって思ったんだよ。そっちの方がむしろ、あいつと出会って戸惑った本当の理由かもしれないかな」

「大人って……確かにそうよねぇ」


 俺の言葉に、芳佳も思案顔を浮かべつつゆったりと頷いた。


「直也君と同じ学年だったら、あの子も二十四か五だものね。ましてや、あの子は高校を出てから働いているんでしょ。だったら尚更、大人っぽく見えるのかもしれないわ」

「まぁ確かに、社会に出たのは俺らよりも四年分早いもんなぁ」


 芳佳の意見に対し、俺もその通りだと思って頷いていた。営業回りを行っているので何となく解るのだが、やはり十代で就職した人間は、大学を出て就職した人間よりも精神的に大人になるのが早いと感じるのだ。それこそ、二十代前半で結婚しているような手合いもいる訳だし。

 というか島崎も、若くして就職し、その上結婚までした若者に入るんだけど。


「しかも島崎のやつはもう結婚したとも言ってたからなぁ。あいつも相当奥さんにぞっこんらしくてさ、俺やレオポンの前で奥さんののろけ話までやっていたんだぞ。ははは、新婚だから無理もないかもしれないけれど」

「のろけ話もたまには良いじゃない」


 乾いた笑いを浮かべる俺に対し、芳佳は少し熱っぽい口調でそう言った。


「それに島崎君は、元々彼女一筋で、しかも結構長く付き合っていたそうなのよ。だから多分、念願かなって結婚できて、それで浮かれているんじゃあないかしら。しかもあの子はまだ若いもの」

「そりゃあ確かに若いよな。なんせ二十四で結婚したんだからさ」


 俺はまたしても嘆息の声を漏らしていた。きょうび晩婚だの未婚だのが問題視されている時勢である。大学進学云々も考えれば、二十代前半で結婚したというのは相当早い。しかも男は三十路でも独身がザラである事を考えれば尚更だ。

 ところが芳佳は、納得しかけた俺を見やりながら、違うと首を振った。


「待って直也君。島崎君は半妖なのよ。人間の血も濃いけれど……妖怪の血も入っているから、普通の人間よりも歳を取るのも少しゆっくりになってるのよ。

 そんな訳だから、島崎君って人間で換算すれば今で丁度二十歳前後って感じだと思うのよね」

「えええっ。今二十五だけど、半妖だから人間で言えば二十歳くらいって事なの?」


 二十四どころか二十歳で結婚ってめっちゃ早婚じゃあないか。その事で驚いていた俺だったが、芳佳の姿を眺めているうちに納得してしまった。

 つまるところ、妖怪は恐ろしく長生きであり、それ故に歳を取るスピードがゆっくりなのである、と。目の前にいる芳佳はそれこそ十代後半から二十歳前後であるが、実際には六十年近く生きている訳であるし。研究センターで出会った雷園寺という雷獣も、五十年近く生きているが高校生ほどの容貌だったではないか。


「ま、まぁね。妖怪も色々あるから、人間換算で中学生とか高校生くらいでも、結婚しててもおかしくはないわ」


 ぼんやりとしていると、芳佳が口を開いていた。心なしか早口なのは気のせいだろうか。

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