第45話 妖怪解説と洞察力
営業先に勤める職員が妖怪であったとして、それに何の問題があるのか。緊張し口の中の水分が何処かへと消えてしまった俺に対し、藤原はさもおかしそうな口調で告げた。
「和泉君。君だって妖狐のお嬢さんと一緒に暮らしているみたいだから、別に妖怪たちが詰めている職場に向かったとしても大丈夫かと思ったんだけど」
「…………ま、まぁ、藤原さんの言う通りですけどね」
返答するまでに時間がかかったのは、藤原に対してツッコミの言葉をあれこれと考えていたからだ。妖狐と暮らしているからと言って他の妖怪に引き合わせるというのは暴論が過ぎないか。そもそも何で芳佳が妖狐だと藤原は見抜いているのだろうか。
「てか、何で藤原さんは芳佳が……俺の彼女が妖狐だって解ってるんですか」
「んん。霊感とか第六感的なやつで解ったってところかな」
詳しく説明するから長くなるけれど。珍しく藤原は、もごもごとした口調でそう言った。左手がハンドルから離れ、ツーブロックの髪を掻いている。
「もしかして、藤原さんって退魔師の家系とかじゃあないですよね?」
「いや、そんなんじゃあないよ。その辺りはちと込み入っているから、また何処かで話せたらいいんだけど」
思わず放った俺の言葉を、藤原は即座に否定した。先程のもごもごした物言いとは異なり、きっぱりと。
のみならず、横目で(運転しているからもちろん正面に注意を配らねばならないのは当然の事だ)俺を見やりながら、彼は更に言葉を続けた。
「僕の親族たちの事はさておいてだ。和泉君。君も妖狐のお嬢さんとは上手くやっているんだろう。それならば、向こうにいる妖怪の皆さんと出会ったとしても問題は無いと僕は判断しているんだ。
妖怪は確かに人智を超えた存在だよ。獣としての腕力と人間以上の知性、そして現代科学でも解明できぬ不思議な力を具えているからね。しかし――彼らとは話は通じるんだ。だからこそ僕たち人間は生き延びていると言っても過言ではないさ」
俺はしばしの間、無言で藤原の言葉に耳を傾けていた。妖狐である芳佳と一緒に暮らしている俺よりも、藤原の方が妖怪の事をより深く知っていると言わんばかりの物言いだった。
いやしかし、それ以上に聞き捨てならない事を藤原は口にしなかったか。
「それにしても、何で他人の恋愛事情まで解ってるみたいな物言いをなさるんですかね。確かに彼女は俺にぞっこんですけれど……そうでなかったとしたら、さっきの言葉は不適切発言になりかねませんよ」
「いやなに。僕は君らが上手くいってると確信していたからこそ、上手くいっているんだろうって言ったまでだよ。
和泉君。君もここ三週間ばかりは元気そうだからさ。それでいて僕や木幡さんに未練がましい眼差しを向ける事も全く無いし。そうした所から、僕は今の君の状況を導き出したって訳さ」
「そうですか」
俺はそう言うと、もう一度景色を眺めるふりをして藤原から視線を外した。
藤原の事は、もういけ好かないライオン野郎だなどと思っていない。むしろ、尊敬の念が数パーセント入り混じった恐怖の念を抱いていた。恐るべき洞察力と判断力の持ち主ではないか、と。この男が若くして係長になり時に部下を指導する立場になったのは、実は縁故など無関係だったのではないか。要は実力自体も考慮された結果だったのではないか。俺はそんな風に思い始めていた。
そして見下していたのは、実は藤原では無くて俺の方だったのではないか。そんな考えが浮かんでしまい、俺は思わず唇を噛み締めていた。
余談だが、藤原も藤原で木幡さんとは順調に交際を続けているらしい。とはいえ、(特に木幡さんサイドで)ややこしい噂やトラブルを避けるために、会社の中でいちゃつく事は無いそうだ。
それを聞いた俺は、そうだったのかと安堵していた。藤原も木幡さんも事務的というか少しツンとした態度だったように思えたから、もしかしたら破局したのかなどと思っていたのだ。上手くいっているのならば、それはそれで良い事ではないか。
俺が素直に木幡さんたちの事を心の中で祝福できているのは、彼女への恋心が失せた事と、藤原の人となりを垣間見ることが出来たからなのかもしれない。
いつしか車は山道を走っていた。冬の名残がそこここに見受けられる景色を眺めながら、春先にまたこの景色を見てみたいと、しごく呑気な事を思っていたのだった。
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