第44話 運転免許と爆弾発言
社用車に乗り込んだ俺は、助手席に座るように誘導された。もちろん、誘導したのは藤原である。
言われるがままに助手席に腰を降ろしてみたものの、すぐ隣に藤原がいる事を思うと、違和感がとんでもなかった。
「てか藤原係長。何で俺は助手席なんですか」
「二人きりなのに、和泉君がわざわざ後部座席に行くのも何か不自然だと思ってさ」
違和感を口にした俺に対し、藤原は涼しい表情でそう言うだけだった。シートベルトを締めた事を確認すると、今一度こちらを見やってから藤原は告げる。
「ああそれと、車の中では別に藤原係長って言わなくて良いから。藤原君でもレオポンでも何でも、好きなように呼んでくれたまえ。なんせ俺たち、同い年で同期でもあるんだからさぁ」
「……じゃあ藤原さんって呼んどきますよ」
俺は投げやりに言っただけだったが、藤原は満足げな表情で頷いていた。
車のセルが回転し始め、運転が始まる前の振動が俺たちを包み込む。俺は窓の景色を眺めるふりをして、藤原からさりげなく視線を外した。
※
「藤原さんって、思っていたよりも丁寧な運転をなさるんすね」
滑らかに動いていく窓の景色を見やりながら、俺は思っていた事を呟いていた。藤原の運転は荒いか、さもなくば妙に気取った所がある。重役の御曹司であるという偏見から、俺はてっきりそんな風に思っていたのだ。
だが実際には、藤原の運転は言葉通りに丁寧な物だった。そりゃあもちろん、スピードを出すところは出しているんだろうけれど。
「車の運転には慣れてるんだよ。十九の時に免許を取って以来、何かと運転する機会があったからさ」
大学生の頃は友達と遠出する折に運転手になり、就職してからは会長(藤原の祖父)や専務(藤原の父親)がゴルフに向かうたびに自動車を動かさねばならなかった――自身の運転歴について、藤原はあっさりとした口調で俺に説明してくれた。
俺は藤原の表情などをまるきり無視して、やっぱりこいつは陽キャそのものだったんだな、と思っていただけだった。大学生の時に、自分の運転する車に嬉々として乗り込む友達(性別不問)がいるという事、その友達とわざわざ車で向かわねばならないような場所で遊ぶ事。それらの事実が、隣の藤原を陽キャたらしめる事柄のように思えたのだ。まぁ、就職してからのゴルフ云々については致し方ないかな、と思った程度だけど。
「運転免許自体は、僕も大学生の時に取りましたがね。とはいえ、当時は身分証明になるって気持ちの方が強かったんですが」
俺がぽつりと呟くと、藤原はハハハと声を上げて笑い出した。笑い方も表情も絶妙に爽やかで嫌味な感じは一切無い。だからこそ俺は却って微妙な気分になってしまった。
「まぁ確かに、住む地域によってはわざわざ車を使おうと思わない場合もあるわな。僕自身も住んでいる所は交通の便がいいし、和泉君が今暮らしている所も無理して車に乗らなくてもどうにかなるみたいだもんね」
それはそうなんだけど。藤原はほんの少し真面目な表情を作って俺をじっと見つめた。
「帰りは和泉君に運転をお願いしたいと思っているんだけど、構わないかな? 君も免許は持ってるって話だしさ」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
大丈夫、と請け負いつつも、俺は慌てて窓の景色に視線を向けた。
帰りの道中で運転をせねばならないのならば、道順を覚えておくべきだろうと思ったためだ。
一応カーナビに道順は入れているんだけどなぁ。ほんのりと呆れたような藤原の言葉に、俺は観念してこちらを向かざるを得なかったのだけど。
藤原はそれから、思い出したように再び口を開いた。
「そうそう。今回営業に向かう研究センターだけど、そこの職員とか従業員の七割は妖怪だから、ね」
「そうですか……って、今しれっととんでもない事を言いませんでした?」
研究センターは妖怪の巣窟である。藤原は世間話でもするかのような軽いノリで、とんでもない事を言ってのけたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます