第38話 夢路の世界と跋扈するモノ

 夢という物は、実に不可思議で不可解なものである。基本的には覚えていない場合も多く、覚えていたとしても、目覚めた時には支離滅裂なものだと思うだけに留まってしまう。

 それでいて、過去の夢と連続しているような夢を見る事さえあるのだ。何がどう連続しているのか。それははっきりと口には出来なくとも、「これはあの時の夢と同じだ……!」と感じてしまう事がままあるのだ。

 要するに、今回俺が見ている夢も、前に見た夢と連続しているものなのだ。理屈ではなく、心でその事を俺は感じ取っていた。


 夢の舞台は、やはり何処ともつかぬ、しかし夢の中ではお馴染みの場所だった。但し、今回はただフラフラと外を彷徨っているのではない。建物の中に俺はいた。建物と言っても、砕けた石像と折れて朽ちかけた柱などが撤去されずに残っているような廃墟なんだけれど。

 むせかえるような人いきれと、隠し切れない埃っぽさに吐き気を覚える。

 ここにいるのは俺だけではない。大勢の仲間たち、が、一緒くたになって詰め込まれているのだ。あの儀式が始まるまで……

 仲間たちもまた、押し込まれる事には不服を感じているらしく、叫んだり飛び跳ねたり傍にいる仲間を押しのけたりして、活路を見出そうとしていた。俺はぼんやりとその様子を眺めていた。一緒にいるはずの仲間の姿は、どうにもはっきりとしたものでは無い。影絵のようにまっ黒に塗りつぶされていたり、廃墟の隅に集まったホコリの塊のようにしか見えないものもいたりしていた。

 そしてその中でも、はっきりと姿が判る者がいた。一人は大人の女で、だらしなく着物を纏っていた。俺の記憶が正しければ、彼女は狐の尾を生やしていたはずだ。

 だが、女は前に見た時とは違っていた。だらしない、心ここにあらずという笑みなどは浮かべていない。むしろ赤黒い涙を流していて、それでいて火焔を吐きながら何事か叫んでいるらしかった。

 その女を、青黒い装束で身に包んだ男が容赦なく突き飛ばす。男は何やら長くて鋭い物を持っていた。その先端は蛇口とでも連結しているのだろうか、しずくがぽたぽたぽたぽたと、いつまでもいつまでも滴り落ちている。

 いや、あれは蛇口に連結されているからじゃあない。というか蛇口からあんな鉄臭い赤黒い液体が出てきた日にゃあ、水道局も大騒ぎになるだろう。

 そんな風に思っていると、影絵みたいなやつも毛玉の塊みたいなやつもにわかに姿を消していた。いや違う。どいつもこいつも赤黒い液体を垂れ流しながら、その場に倒れ伏していた。赤黒い液体は生き物のように蠢き、やがてそこから蝶が飛び始めた。よく見たら、芋虫のような形になっている事すら確認できる。

 気が付いたら、男は長い物を突き付けながら、俺の許ににじり寄っていた。もはや般若の形相となった狐女がしがみついているが、全くもってお構いなしだ。

 そして、ああ、凶器が振り下ろされる――


 凶器を振り下ろされた痛みは、幸いなことに感じなかった。夢では痛みを感じないという俗説があるが、今回はそれは関係ない。

 何しろ、俺がいた場所自体が先程までとは違うのだから。何者かと一緒に押し込められた廃墟ではなく、今の俺は田舎道のど真ん中にへたり込んでいた。

 全くもって無関係な場所ではない事は、視界の左端に映る崩れた石像がその事を示していた。別の場所に転移してしまったけれど、それでも俺の夢はまだ続くのだ、と。

 果たしてどうすべきなのか。そう思っていたまさにその時、向こう側から小さくて白い何かがものすごい速度で駆け抜けようとするのが見えた。


「あ、あれって……」


 走っているそれの姿が、何故だかコマ送りのようにゆっくりに見えた。

 だから俺は、その白い獣が何者であるのかが解ったのだ。

 脇腹から血を流し、恐ろしい形相を浮かべている。しかもずっと幼くて小さい。しかしそれでも、それが芳佳であると俺にははっきりと解ったのだ。


「芳佳!」


 思わず俺は叫んでいた。ちいさな芳佳も俺の声に気付き、走る足を止める。

 気付いてくれたのだ。ホッとしたのも束の間の事だった。芳佳は赤ん坊のような啼き声を上げながら、今度は俺に向かって突っ込んできたのだから。

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