第37話 犬用ベッドと消灯準備
メメトが泊まると決まってから俺たちがそれぞれ眠りにつくまでの一連の出来事は、流れるように進んでいったと言って良いだろう。
まずメメトは自分の飼い主にして雇い主に外泊の連絡を入れた。事後報告の連絡になってしまったのだが、外泊については雇い主とやらもあっさりと快諾したらしい。というよりも、大体そうなるであろう事は、向こうの彼女も察していたそうだ。芳佳曰く、強大な力を持つ妖怪や多彩な術を修めた術者にはよくある事らしい。
次に俺と芳佳は入浴を済ませ、そして世間話をしたりメメトの様子を案じたりしているうちに、寝る時間になったのだ。ちなみにメメトは入浴しなかった。他人様のお風呂を汚すのも良くないと遠慮した事もあるし、何より疲れ切っている後に風呂に入るのはよろしくないと俺たちも判断したからだ。
やはりどうでも良い話になるが、お風呂に入る順番は俺が先で芳佳が後である。これは別に亭主関白を気取っているからではなくて、芳佳の入浴後は狐の毛が結構浮かんでいるからだ。人型を保っていたとしても、やはりそこは全身毛皮に覆われている獣である事には変わりないらしい。
※
「メメトさん。そっちのベッドの調子はどうかしら? 狭くないかな?」
「丁度良いサイズですよぅ。むしろ、私のサイズから考えたら広いくらいかもしれませんねぇ」
消灯前。白狐の姿に戻った芳佳が、同じく管狐姿に戻ったメメトに鼻面を向け、収まっているベッドの調子について尋ねていた。
現在メメトが収まっているのは、芳佳専用のベッドである。但し、人間用のベッドではない。犬用か猫用のベッドそのものであった。全体が柔らかな布で出来ていて、丸っこいくぼみの中に収まると言った塩梅だろうか。
活動する際の芳佳は人型を保ち続けているが、休む時や完全に眠る時は狐の姿に戻ってしまう。だから、彼女一人が休むには、あの犬用だか猫用だか判然としないベッドであったとしても無問題なのだ。
芳佳はそして、そのベッドにメメトを案内したのである。もちろん、フェレットよりも小さなメメトが、そのベッドに問題なく収まったのは言うまでもない。
「それじゃあ、私たちはもう寝るわね。おやすみなさい、メメトさん。何かあれば……私を呼んでくださいな。お水が欲しいとか、トイレを借りたいとか、そんなしょうもない事でも大丈夫ですから」
「いえいえこちらこそ。松原さんや和泉さんも、何かあれば私を呼んで下さいよぅ」
謎めいた言葉を口にすると、メメトは目を細めて喉を鳴らして笑っていた。その言葉の不思議さに首を傾げている間に、メメトはベッドの奥へと姿を消してしまった。クッションやら何やらが詰まっているベッドだから、動物が奥へと入り込むと見えなくなってしまうのである。
「それじゃあ直也君。私は直也君の隣にお邪魔しまーす!」
その様子を見届けていた芳佳は、そのまま俺の入っていたベッドに文字通り飛び込んできた。イヌ科である狐の跳躍力を、横になって消灯しようとしている俺に見せつけながら。
「お休み、芳佳ちゃん」
「おやすみなさい、直也君」
芳佳は当然のように、俺の隣にすり寄って来た。専用ベッドを一応持ってきた芳佳であるが、基本的に彼女は、俺の隣で寝るのが大好きなのだ。
もちろん、俺もその事は解っているから、芳佳の背中を撫でた。人の感覚とは不思議なもので、狐姿の芳佳がくっ付いてきても、特にどぎまぎする事は無い。何と言うか、普通に犬とか猫がくっ付いてきたのと同じ感覚なのだ。
逆に言えば、そう言う感覚だからこそ、恥ずかしがらずに芳佳と一緒に寝る事が出来るのだ。普段の女の子の姿のままだったならば、そう言う事にはなるまい。
そんな小難しい事はさておき、俺は手許のスイッチを操作し、完全に消灯した。瞼の裏側も暗闇になる中で、俺は急速に、眠りの世界へと沈んでいったのだ。
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