第36話 【速報】管狐が我が家で一夜を過ごす事になった件

 倒れたメメトが再び起き上がったのは、瘴気云々の話が出てから十分ほど経ってからの事だった。その時にはメメトも所謂二尾半の小さなイタチの姿などではなくて、人間の少女に変化した姿にきちんと戻っていた。

 めちゃくちゃどうでも良い事かもしれないが、動物の姿に戻ったメメトが人型に変化し直した時には、ちゃんと服を着た状態で変化し直していた。服を着た状態で変化し直すのは、何も今回のメメトだけではない。一緒に暮らしている芳佳も、芳佳の妹分であるスコルだって、それぞれ狐やチワワの姿から、服を着た状態で人型に戻れるのだ。

 動物って元々服を着ていない場合が多いから、人型に変化した時に着ている服は何処から来るのだろうか。そんな疑問はあるけれど、芳佳にはまだ質問した事は無い。親しい仲と言えども芳佳も困ってしまうだろうから。ごく自然に動物の姿から服を着た状態の人型に変化しているので、妖怪というのはそういう物なのかもしれない。

 俺はそう思う事にしていた。


「ああ……はい。瘴気も抜けて変化も維持できそうなので、私はそろそろ帰りますよぅ」

「駄目よっ」


 弱々しく微笑み、ふらつきながらも立ち上がろうとしたメメトを引き留めたのは、何と芳佳だった。その右手はしっかりとメメトの肩を捉えているではないか。


「メメトさん。あなたは自分で元気になったつもりでしょうけれど……でも私の目から見たら帰れそうな状態じゃあないわよ。顔も白いしフラフラしてるじゃない」

「顔が白いのは、白毛の管狐だからじゃあありませんかねぇ」

「そうじゃなくて、血色が悪いって話よ。メメトさんは、普段はちょっと赤ら顔でもあるんだから。そうよね直也君?」


 芳佳に急に話題を振られてしまい、俺は戸惑いつつもどうにか頷いた。赤ら顔とまではいかずとも、食事中のメメトの頬は、うっすらと赤味を帯びていたような気もする。もちろん、起き上がったばかりのメメトの顔色が悪いのは、俺もちゃんと見て確認した所だ。

 俺が同意した事を確認すると、芳佳は安心したような表情でメメトの方に向き直った。


「それに私、スコちゃんと……スコルと一緒に暮らしていた期間もあるって事はメメトさんも知ってるでしょ。スコちゃんも、境遇が境遇だから、時々を起こす事があるの。だからね、私もひとの具合の善し悪しには敏感なのよ。お医者さんじゃあないけれど」


 そこで一旦言葉を切りつつも、芳佳はメメトを見下ろして言い足した。


「……ん、ごめんなさい。少し話が取っ散らかってしまったかしら。とにかくメメトさん。今日はうちでしっかり休んでください。あ、本当は私の部屋じゃあなくて直也君のお部屋になるけれど……」

「うん。俺も芳佳の言うとおりだと思うよ。メメトさんもしんどそうだし、そんな状態の女の子を、寒空の下に追い出すなんて事は出来ないからさ」


 芳佳の流し目を感じ取った俺は、そのまま思った事を口にした。ある意味芳佳の意見に被さる物ではあったけれど、俺自身の考えであった事は言うまでもない。メメトが瘴気とやらで苦しそうにしていたのは目の当たりにしていたし、やっぱり女の子の姿をした者をそのまま外に放り出すのは気がとがめた。

……と、そこまで考えを巡らせていた俺は、芳佳やメメトの視線を受けつつも言葉を付け足した。照れ隠しとばかりに頬やら頭やらを掻きながら。


「あ、いや……別にさ、女の子だからって訳じゃあないよ。ええと、その、仮にメメトさんが男の子でも、というかオッサンだったとしても、やっぱり苦しんでる事には変わりないから、家で休むように提案したと思うんだ。だからその……二人ともそこだけは心に留めておいてくれたら嬉しいな」


 俺はそこまで言うと、深々と息を吐き出した。資材の詰まった段ボール箱を二往復分運んだ時のように、汗が額や脇の下からどっと溢れ出てくる。

 芳佳とメメトはそんな俺を静かに見つめ、それから二人で顔を見合わせて笑っていた。


「やだなぁ直也君。直也君が、私以外の女に色目なんて使わないって解ってるんだから。まぁその……色目を使っちゃったらその時はその時だけどね」

「そうですよぅ和泉さん。色を好むと言えども限度はありますからねぇ。管狐のメスに懸想するなんて、それこそ正気の沙汰ではありませんから……」


 何と言うか、二人から俺がモテ男子とか色好みのスケベ野郎のように思われてしまっているみたいだけど……とりあえず、朝になるまではメメトがここで休む事は三人の中で決定した。

 もちろん、他にもやらなければならない事は、細々としつつもあるにはあるんだけど。

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