第34話 世間話と去り際(?)の握手
「ねぇメメトさん。動画配信をやってみたらがっぽり稼げるかなって思うんだけど、どうかしら? キメラナントカとかいう配信も、毎回スパチャ貰ってるみたいだし」
「動画配信でがっぽりってそれかなり難しいやつですよぅ。あれってセンスの良さや作り手の力量だけじゃあなくて、運の良さにも左右されますからねぇ。
あと松原さん。キメラフレイム君の動画配信は稼げる配信として参考にしてはダメですってば。よく見たらスパチャ投げてるのって、ほぼほぼ特定のユーザーですし、その方のキメラ君への推しと言いますか、執着度合いはえげつない物なので……」
それって手の込んだネットストーカーというやつなのだろうか。メメトと芳佳のやり取りに耳を傾けつつ、俺はふとそんな事を思ってしまった。もっとも、メメトによるとキメラとやらもそのユーザーに対して憎からず思っているらしいので、それはそれでウィンウィンの状態らしい。
というかそのスパチャを投げまくるユッキーとかいうユーザーは女の子で、キメラ君の気をひくために何度もスパチャを投げているのではなかろうか。そんな推論が唐突に脳裏に浮かび、俺は複雑な思いになった。女の子がメンズアイドルやらホストやらに入れ込んで、借金を背負ってしまうという話を思い出したからだ。リーマンである俺には無関係な話だけど。
「ねぇ直也君。直也君はどう思う?」
「へっ?」
芳佳から急に話題を振られ、俺は間の抜けた声を上げてしまった。これまでの二人の話の流れを思い出しながら、俺は慎重に言葉を紡いだ。
「ううむ。今回の話は流石にメメトさんの言うとおりかなって思ったんだ。よくよく考えたら、配信とかするにも色々機材も必要だもんなぁ。パソコンも、グラボが良いのでないといけないだろうし……」
動画配信にしろクラウドファウンディングにしろ、ネット上でお金を稼ぐって言うのは難しい事だろうな。そもそもからして、ブロガーなどもめちゃくちゃ儲けている人もいるけれど、そうでない人も大勢いるのだろうから。
そんな事を俺はつらつらと考えていたのだが、芳佳は既に先程の俺の言葉で納得してしまっていたらしかった。それならそれで別に構わないのだけれど。
※
「松原さんに和泉さん。本日はありがとうございました」
客妖たるメメトが帰り支度を始めたのは、俺が帰宅してから二十分ほど経ってからの事だった。その間の俺たちは、夕食を摂ったり雑談に花を咲かせたりしていたのである。
メメトと芳佳はやはり旧知の間柄であり、芳佳の新しい暮らしについてメメトは何かと心配していたらしかった。メメトが実は芳佳より年上である事、かれこれ九十年ばかり生きているが、妖怪としてはまだまだ若造である事などは、さきの雑談で知った事だった。
「お二人とも、是非とも幸せになってくださいね。特に松原さん。あなたは真面目にひたむきに過ごしていた事は、この私めもよくよく存じているのですから……」
「メメトさんってば、少し言葉が大げさよ」
真面目くさった表情で幸せになってくれと告げるメメトに対し、芳佳はほんのりと笑みを浮かべていた。困っているようにも見えるが、メメトの言葉を満更でもないと思っているに違いなかった。
少し年長であるメメトの方が、芳佳の事を妹分のように思っているらしい事は、彼女たちの会話からも明らかだった。そりゃあまぁ、ちとムカつく事も口にしていたような気はするけれど、それはある種のお節介だったのだろうか。
「まぁでも、私たちの事が気になるのならまた遊びに来てくださいな。私たちも時間があれば歓迎するわ」
「ええ、ええ。また時間を作ってお会いしましょうかねぇ。松原さんの妹分である、スコルちゃんもお呼びしたら良いかもしれませんし」
気付けばメメトと芳佳は、顔を合わせて笑い合いながら次に会う時の話なども始めている。何だかんだ言いつつも、芳佳もメメトの事を慕っているのかもしれなかった。
そんな風に思っていると、メメトがずいと俺の前に近付いていた。芳佳は首を傾げながらもメメトの様子を窺っている。
「いえいえ。折角なので、和泉さんとも握手したいなぁと思いまして。深い意味はありませんよぅ」
「メメトさんの能力を思えば、深い意味はむしろありまくりでしょうに……まぁでも、握手くらいならいいわよ」
ため息をつきつつも、芳佳は呟いた。メメトは超能力(?)の持ち主であり、触れた物の念を読み取る事が出来るそうなのだ。人や妖怪などの生き物に触れると、相手の考えを読む事も出来るらしい。
もっとも、普段は無闇に色々なものを読まないように、手袋で両手を覆っているらしいのだが。
そして今回も、特にその手袋を外す事は無かった。それもこれも、俺の考えとやらを読まないという意図だったのだろう。
ひとまず差し出された彼女の手を取り、ごく普通に握手を交わした。メメトとの握手は布越しではあったが、一か所だけ感触が異なっていた。手袋に穴が開いており、指先の一部が露わになっていたようだ。
「ぐっ、ううっ――!」
だがその事を指摘する暇は無かった。手袋の穴に俺が気付いたまさにその時、メメトが呻きながらその場にへたり込んでしまったのだから。
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