第33話 世界は二人きりにあらず

 結局のところ、俺はメメトに対して俺自身の境遇について語る事になった。

 要するに、俺を育てた両親は実の両親ではなくて養父母である事、血が繋がっていないせいか、両親やその息子である義弟とはうまく関係が構築できなかったという事である。それはきっと、俺が今でも孤独感を覚え、また他人たちも俺を遠巻きにして歩み寄らない原因なのだと思っていた。

 別に養父母を悪者にしたい訳ではない。ただ俺は知っているのだ。幼少期に、親や保護者とうまく関係を構築できなかった人間は、孤独感にさいなまれたり他者との距離感がバグってしまうという事を。それを知ったのがどういった知識の経路だったかは忘れてしまった。覚えていてもどうでも良い事だろう。

 だが――それを目にして自分の事だと思った感触は、今でも心の中に生々しく残っている。


「成程、成程。そういう事だったんですねぇ。和泉さん、あなたの事情はよぅく解りましたよ」


 話を聞き終えたメメトは、何度か頷きながらそう言った。その仕草や口調は、何となくカウンセラーに似ていた(俺はカウンセラーの世話になった事は無いけれど)。芝居がかっているかのようで自然体なその動きは、いっそうメメトを掴み所のない存在に見せていた。ただそれでも、メメトが本心から俺の事情とやらを理解した、理解しようとした事だけはぼんやりと解ったのだった。


「そうなると、私たちは三人とも似たような境遇の持ち主という事になりますねぇ。私どもは皆、実の両親を知らずに育っているんですから。もっとも、兄弟分に当たる存在がいるかどうかですとか、そうした細々とした所は違うでしょうけれど」


 うっそりと微笑むメメトの言葉に、俺と芳佳はそっと顔を見合わせた。言われてみればその通りだと思ったり、芳佳には妹分がいた事を思い出したりしていた。

 俺は義妹ではなくて義弟がいるし、メメトには弟妹分がいるのかどうかも解らない。そうした部分は違いであると言えるだろう。


「納得したのなら、それでもうこの話は終わりにしましょ」


 メメトに対してそう言ったのは芳佳だった。その声は甲高く、ヒトの声というよりも小型犬の啼き声に何処となく似ていた。獣に戻るような獰猛さはないものの、不満げに腹立たしげにメメトを睨んでいる事には変わりはない。


「結局のところ、私と直也君の関係については、私たちの間で完結しているのよ。直也君だって満足しているし私が傍にいて幸せだって言ってくれるんだから、それで何もはずよ。平坂さんだって私たちが付き合うのを受け入れてくれたんだし……」


 だからねメメトさん。芳佳の人差し指は、真っすぐメメトの顔に突き付けられていた。


「あまり私たちの事について深く追求しないで頂戴。そりゃああなたが、下世話で下賤な管狐である事は私も知ってるわ。だけどそれでも、今のあなたの態度は目に余るもの」


 そこまで言うと、芳佳は俺の方に顔を向けた。


「直也君だって、同じよね……?」

「ああ、まぁ……」


 問いかけられながら、俺は小さく頷いていた。俺も俺で、メメトが俺たちの事をああだこうだと詰問し、厭味ったらしい表情を見せる事に苛立ちを覚えていたのだから。

 。芳佳がメメトの事を嫌っている。敵として認識している。その事実の方が重要ではないか。、と。

 何もないこの俺を選んでくれた芳佳。そんな彼女のために、俺も彼女の望むままに振舞わねばならない。そんな考えでもって、俺もまたメメトを睨んでいた。

 メメトは俺たちの視線を受けても怯まなかった。ただただ、困ったように肩をすくめただけだ。


「良いですか。この世界は、世間はあなた方二人きりのものとして閉じられているものでは無いのですよ。途方もない財力などがあれば、この限りではありませんが……」


 気だるげに、そして何処か哀しげにメメトは言った。俺たちに敵意を向けられてなお、何故彼女はここまで言葉を重ねるのだろう。

 だがそんな疑問も、長時間頭の中に留まる事は無かったのだけど。

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