第27話 ご相伴とお悩み相談:芳佳視点
メメトにグラスを渡してから夕食の事を話すと、メメトは驚いたように目を見開いた。その表情から演技の色を見出そうと思ったけれど、残念ながら演技なのか素で驚いているのかは解らなかった。
だがすぐに、メメトは唇を薄く歪めて微笑みを作った。私に向けられているのは、ある意味営業マンらしい微笑ともいえるかもしれない。
「良いんですか松原ちゃん。えへへへへ。私もそろそろお腹が空いてきたなぁ、なんて思っていた所だったんですよぅ。ですがそれを直接言ってしまうのは松原ちゃんが相手と言えども厚かましいよなと悩んでいた所でしてぇ」
「安心してください。メメトさんがド厚かましい管狐だって事は、はなから解っていましたので」
私はそう言うと、メメトに背を向けて台所に向かった。もちろん、料理の準備を続けるためである。メメトには、メインのおかずを少し分けてやれば良いだろう。私もメメトとの付き合いは長いから、管狐が一度にどれくらい食べられるのか、それ位は大体把握している。
妖怪として管狐は大食漢と言われる事もあるようだが、だからと言って一度にバケツ一杯も食べるだとか、そんな常識はずれな食べ方は彼らにもできない。私たちのような真なる妖狐と異なり、管狐と言っても所詮はイタチの変種だ。本来の姿はごくごく小さく、フェレットどころか野生のイタチよりも小さい事も珍しくはない。メメトの本来の姿だって、私どころか妹分のスコルよりもうんと小さいのだ。
メメトの笑い声が、私の背中に伝わって来る。ついつい私はメメトに皮肉を口にしてしまう事があるが、メメトはそんな皮肉をものともしない。傷ついたり、悲しんだり腹を立てたりする事は無いのだ。いや……そもそもメメトが何かに傷ついたり、腹を立てたり悲しむ姿を見た事がない気がする。二十年近く、彼女とは交流があるはずなのに。
そんな事を思いつつ、私はメメトの分の夕食を用意してやった。朝に炊いたご飯にメインのおかずである魚の煮つけ。そうそう、汁物もあったんだ。お茶碗やお皿などにそれぞれ盛り付けたりよそったりして、盆に載せてメメトに運んでやる。
「あぁ……思っていたよりも本格的じゃあないですか。本当に、少ぅしだけ分けて貰えるものだって思っていたので、流石にちょっと気後れしちゃいますよぅ」
「そんな、ついさっきまで管狐は図々しくてナンボって言っていたメメトさんらしくないわね」
私がそんな軽口を叩くと、メメトはまた笑う。それにつられて、私も気付けば笑っていた。ひとしきり笑いの波が引いてから、私は少しばかり心が楽になっていた事に気付いた。そしてそれをもたらしたのが、間接的と言えどもメメトである事に。
ああそうだ。メメトはこういう所があるから、胡散臭くても完全に嫌いになる事が出来ないんだ。
「と、とりあえず、お膳に出した分は全部召し上がっていただいて大丈夫ですよ。直也君も男の人だから結構食べるだろうなと思って、ちょっと多めに作っておいたから……」
私が言うと、メメトは心底驚いたような表情で目を瞬かせた。
「あら。これって直也さんとやらも食べる分だったんですか? 私も直也さんって言うのがどんなヒトか知らないけれど、確か人間でしたよねぇ?」
「直也君は確かに人間よ。だけど、人間向けの食事よりも私が作った料理の方が好きなんですって」
「珍しい事もあるもんなんだねぇ……」
メメトは私と運んできた料理とを交互に眺めながら、さも不思議そうな表情で息を吐いていた。
人間と妖怪、特に獣妖怪が同じ料理を口にするというのは実は珍しい事でもある。というのも、人間と獣妖怪では、食べるものが微妙に異なるからだ。
端的に言えば、私たち獣妖怪には、人間の食事は味付けが濃すぎて健康にはあまり良くないのだ。ついでに言えばネギ類などの危険物も使われている事も珍しくない。逆に人間側の立場で言えば、獣妖怪の作る料理はかなりの薄味で、味気ない物であると見做されてもおかしくないのかもしれない。
そう言う訳だから、人間と獣妖怪が全く同じ料理を楽しむというのは珍しい事なのだ。そりゃあ、私たちだって多少は味付けの濃い料理は我慢できるけれど。
「そうですよね。でもそう言えば、直也君は食事が苦手だとも言っていたんです。何でも、コンビニとか食堂とかで普通の物を食べたつもりなのに、食後具合が悪くなる事があるって」
「ふうむ。それってアレルギーとかでは無いんだよねぇ?」
「アレルギーとかとは違うと思うんですけどね」
私が呟くと、メメトは額にかかった金髪をサイドに流し、それから顔を上げた。
「まぁ、何にせよ色々と訳アリっぽいねぇ」
そうして意味深な笑みを口許に浮かべると、メメトは横長の瞳孔(イタチの瞳孔は私たち妖狐と違って横長なのだ)でじっと私を見つめて言い足した。
「松原ちゃん。私の前だから色々と気丈に振舞っているみたいだけど、心の中には不安事とか色々あるんでしょう? まだ直也さんとやらが戻って来るには時間もあるだろうし、心の中にある物を、私にドバっと吐き出してごらんよ。まぁその……私にゃあ話を聞いて、思った事を適当に口にする事くらいしかできないんだけど」
メメトが夕食を催促してまで居座ろうとした意図が、ここでようやく明らかになった。やはり彼女は胡散臭い上に、物の本質を見抜くのが上手だ。ゆっくりと息を吐きながら、私はそんな風に思った。
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