第16話 妖狐の姉に化け犬の妹
「ボス、芳佳姉さんが戻ってきましたぜ」
「しかもその……けったいなヒトオスなんぞ連れてきてるんですが」
金髪の少女(よく見れば、彼女も大人の女性というには若々しかったのだ)の足許で、チワワ連中が人語でもって報告を始めていた。誰も彼も妖怪ばかりだ。よく見れば、金髪の少女の腰にも尻尾があった。芳佳のそれと違い、くるりと巻き上がった淡い金色の尻尾で、しかも一本ではなく二本もあった。獣妖怪の中には、妖力を蓄えて尻尾の数が増える者もいるという。尻尾が一本しかない芳佳よりも、犬少女の方が妖怪として強いという事なのだろう。
「皆安心し。ヒトオスについてはどんな奴なんか、あたしが直々に見定めたる。あんたらは別に何もせんでええ。だからまぁ……もう既に皆解散しとるし、庭で自由に遊んどき。何かあったらまた呼ぶから、な」
犬少女はチワワたちプラスアルファの方に身をかがめ、そう言った。犬たちは首を傾げたり何か言いたそうな表情を浮かべていたが、結局の所彼女の言葉に従った。特にリーダー格らしいチワワを先頭に、他の犬たちも建物の向こう側へと去って行ったのだ。
部下ないし仲間たちが去って行くのを確認してから、犬少女がこちらに向き直る。視線はまず芳佳の顔に向けられ、それから俺の顔に留まった。芳佳を見る時と、俺を見る時の表情はまるきり異なっていた。
「ただいま、芳佳姉さん。真面目な姉さんが帰ってこんから、どないしたんやろうってあたしは仲間と一緒に気を揉んでたんやで。あと一時間だけ待って、それでも帰ってこんかったら、あたしゃ仲間と一緒に姉さんを探そうと思っていたくらいさ」
「そんな事をしたら、街の皆も驚くでしょう。それに、私の部屋にはまだ遠見の鏡があるから、それを使ったら私の場所だって探せたでしょうに」
未だ名も知らぬ犬少女と、狐娘たる芳佳のやり取りを、半ば呆然としながら俺は耳を傾けていた。犬少女がケルベロスともつかぬ異形の集合体を連れて街に出る。その話もさることながら、彼女の芳佳に対する物言いも驚きをもたらしていた。人懐っこくて、妹が姉に対して話しかけるような感じだったのだ。芳佳も芳佳で、ごくごく自然に姉のように振舞っているではないか。
ややあってから、芳佳は俺の存在に気付いたらしい。そっと白い手で俺の肩を叩くと、犬少女と俺を交互に見つめた。
「ああそうだ。スコちゃんには伝えておかないとね。私ね、今日からこの人と一緒に暮らす事にしたの。和泉君、和泉さんって言うの。前々から言ってたでしょ? 私がずっと探していて、それで一緒になりたいって思っていた人なのよ」
そこまで言うと、芳佳一度言葉を切ってから俺の方をちらと見た。
「それでね直也君。この子は送りチワワのリーダーをやってるスコちゃんって言うの。もちろん彼女も妖怪化したチワワなんだけど、十五年ほど前からこの団地で暮らしているの。そうね……私にしてみれば妹みたいな感じかな」
「スコちゃんじゃなくてスコルって言うんだよ、あたしの本名はな」
スコちゃん、と呼ばれた犬少女は、唸るような声でそう言った。不機嫌そうな彼女とは対照的に、芳佳はただただニコニコしているだけだった。
「でも、私とか団地の妖たちはスコちゃんの事をスコちゃんって呼んでるでしょ。だから直也君もスコちゃんって呼んでも良いかなって思ったんだけど……」
「初対面の、それも碌でもないヒトオスなんざに、何だって気安く呼びかけられないといけないのさ」
そこまで言うと、スコルはそのまま地面にペッと唾を吐いた。口許を拭わずに、そのままこちらに向き直る。その目はもはや俺しか映し出していなかった。
「和泉直也、だったか」
「は、はい……」
ギラギラとした眼差しで睨みつけながら、スコルが俺に呼びかける。黒目がちの褐色の瞳は、烈しい嫌悪と憎悪で真っ黒に塗りつぶされていた。果たして彼女は何と言おうとしているのか。それが恐ろしくてたまらなかった。
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