第13話 妖怪団地へのいざない

 俺たちが外に出かけようと思い立ったのは、昼食を摂ってから三時間後の事だった。その間は二人であの学園ドラマを見たり、眠気に負けてウトウトしたりと、まぁまぁ自堕落に過ごしていたのだ。というか昼寝って気持ちいいし目が覚めた後は何かすっきりした気分になっている。昼寝最高やな。


「直也君。お買い物の前に団地に行こうと思ってるんだけど、直也君も付いて来るよね?」


 俺の隣で丸まっていた芳佳が伸びをしながらそう言った。ちなみに今の彼女は白狐の姿に戻っている。起きてから人型に変化していたのだが、狐耳を生やせるかどうかという話になった際に狐の姿に戻ったのだ。

 結局、人型の状態で狐耳を生やすのは難しい。二人してそんな結論に至ったのだ。というよりも、人型に固定した所で獣の要素を増やし過ぎると、獣本来の要素に引きずられ、半獣や獣の姿に戻ってしまうのだそうだ。


「あ、うん。もちろんさ」


 俺は即答した。芳佳は尻尾を振るうと、お座りの体勢から人間の少女姿に戻った。外出を意識しているのか、まっ白な尻尾は隠されていた。


「ちなみに団地って、芳佳ちゃんの住んでる所だよね?」

「そうよ。替えの服とか食器とか、生活するのに必要な物は殆ど向こうに置きっぱなしだから、それを取りに行きたいの。運べる分はもちろん私が運ぶけど……」

「大丈夫だって。運ぶのは俺も手伝うよ」


 堂々とした口調で俺は言い、自分の胸に片手を添える。暮らしている団地に荷物を取りに行くけれど、彼氏(?)である俺にも付いてきてほしい。わざわざそう言うという事は、きっとそういう事なのだろう。というか俺も男だし、荷物持ちくらいはしないとな。

 芳佳は俺の堂々とした様子に、気恥ずかしさと申しわけなさの入り混じった表情で見つめ返すだけだった。もう少し喜んでくれるかな、と思ったのだけど。女心はちと難しいのかもしれない。

 そんな風に思っていると、そんな風に思っていたのが伝わったのか、芳佳がふいに笑みを作った。


「うん。ありがとうね直也君。運ぶ物って言っても荷物とかも少ないし、鞄に収まるから大丈夫だと思うんだけど……直也君に見られると、恥ずかしい物もあるから」

「ああ……」


 話の途中で目を伏せ、うっすらと頬を赤らめる芳佳を前に、俺は迂闊だったかなと軽く反省した。成り行きで一緒に暮らし始めたとはいえ、まだまだ他人同士に近い関係でもある。特に芳佳は女の子だし、荷物の中には男に見られると恥ずかしい物もあるだろう。

 だがそれにしても、荷物自体は少ないのか……そんな風に思案していると、芳佳は上目遣い気味にこちらを見つめていた。もう恥ずかしそうな表情ではなく、少し潤んだ瞳には、期待の色が宿っているようだった。


「でも直也君には、私がどんなところで暮らしているのか、団地の皆の事とかも知って欲しいと思ってるの。私も、皆にちょっと挨拶もしないといけないし」

「そっか。芳佳ちゃんも俺の許で暮らすから、引っ越しの挨拶とかも必要……になるのかな?」


 言いながら、俺は自分の言葉に若干の疑問を抱き、首を傾げた。引っ越しの時に挨拶が必要って言うのは、むしろ引っ越し前ではなくて引っ越し後の事だったような気がしたからだ。というか、俺自身は引っ越し前後で近所の人に挨拶をしなかったような気もするが。

 もやもやと疑問を抱く俺とは対照的に、芳佳はきっぱりとした様子で首を振った。


「うーん、引っ越しの挨拶って言うのとはちょっと違うかな。確かに、私も今後は直也君の部屋で暮らす事が多いと思うの。だけど、だからと言って向こうの団地を引き払う訳じゃあないのよね。やっぱり私も狐だし、ねぐらが幾つかあった方が精神的にも落ち着くのよ」


 それよりも。俺を見つめる芳佳の眼差しに、少し切実な物が混じり始めた。


「団地の皆に、直也君の事を知って欲しいなって思っているんだ。私も、あの団地での暮らしは結構長いし、向こうのヒトたちも色々と親切だから……」

「ねぇ芳佳ちゃん」


 話を聞いていた俺は、芳佳にそっと問いかけた。


「その、団地の皆って言うのは、やっぱり芳佳ちゃんみたいに妖怪なのかな?」


 俺のこの問いかけにも、芳佳は即座に頷いた。芳佳が暮らしている団地に出向き、そこの住民である妖怪に出会う。俺の心臓は鼓動を速めていた。それが、芳佳以外の妖怪に出会う事への期待なのか、それとも不安と恐怖に由来する物なのか、俺にも解らなかったけれど。

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