第12話 昼下がりの自堕落な時間

「ごちそうさま。ありがとう芳佳ちゃん。作ってくれたお昼、とっても美味しかったよ」

「おそまつさまでした。直也君の言葉……お世辞じゃなくて本心みたいだね。本当に良かったわ」


 俺の言葉に、芳佳は無邪気な笑みをこちらに向けてくれた。白い尻尾も左右に揺れている。その仕草は喜ぶ犬にそっくりで、犬系女子という単語が浮かんでしまった。彼女は妖狐だけど。

 ともあれ俺は、芳佳が出してくれたおじやを完食したのだ。彼女が言う通りあっさりとした料理だったので、胸やけとか胃もたれに悩まされる事も特に無かった。食事から数時間後に気分が悪くなる事がままあるのでまだ油断は出来ない。だが、芳佳の料理ならば大丈夫な気がする。

 ともあれ俺は食器を片手に立ち上がり、芳佳の方にも手を伸ばした。芳佳の方も、おじやをとうに平らげていた。妖狐だからなのか、食べるペースはむしろ彼女の方が速かったくらいだ。食べながら何故か彼女は恥ずかしそうにしていたけれど、別にそう言うのは恥ずかしがらなくて良いのにと俺は思う。食べる事って三大欲求の一つだし、それを楽しむヒトって生きる事を楽しんでいるような気がするからだ。

 そうなると、食事で時たま体調不良に悩まされる俺は、生を謳歌していないという事なのか? 奇妙な方向に捻じれていく思考を振り払うべく、俺は軽く首を振った。違う、何でそんな事を考えているんだ、と。


「どうしたの、直也君? 何か言ったかな」


 そしてその結果、目の前の芳佳に訝られてしまうのである。冬場ながらも気恥ずかしさに頬を火照らせつつ、俺はやろうとしていた事を口にした。


「何でも無いよ。一人暮らしが長かったせいで、ついつい独り言が出てしまう事があるんだ。それはそうと芳佳ちゃん。洗い物なら俺がやるよ。お料理は芳佳ちゃんが作ってくれただろう。だから俺も働かないと」

「そっか。ありがと直也君。元気になったみたいだし良かったわ」


 芳佳はそう言って微笑むと、俺にどんぶりと使用済みの箸を渡してくれた。やっぱり芳佳は可愛らしいし美少女だ。そしてそんな彼女が俺だけの為に笑顔を見せてくれているのだと思うと、何とも言えない気持ちが心の中に駆け巡って来るのだった。


「さーて。洗い物も終わったし、そろそろスーパーとかコンビニで食料でも買いに行った方が良いかな」


 先程の食事で使った食器を洗い、元の場所に戻した(食器の乾拭きや食器棚への整理は芳佳も手伝ってくれた!)俺は、子供のように背伸びをしながら呟いた。ただ、子供と異なり背伸びした瞬間に関節のあちこちでポキポキパキパキという音が響いたのだけど。二十五でこんなのって先行きが不安になる。


「お肉とかお野菜を買いに行くんだったら、今はやめといた方が良いわ」

「えっ」


 独り言に近い俺の提案に対し、芳佳はやめといた方が良いとはっきりと言い切った。驚いた俺に見つめられても、芳佳は真面目な表情で見つめ返すだけだった。面立ちは可愛らしい少女なのだけど、今は少し所帯じみた雰囲気を漂わせている。


「スーパーとかはね、むしろ夕方の方が安くなるのよ。お昼にも安い物はあるかもしれないけれど、そういうのは夕方よりも少ないし、主婦の人たちの方がお昼のお買い物には慣れているから……私たちには不利かもしれないわ」


 理路整然とした口調と内容でもって芳佳は言い、最後に小さくかぶりを振った。妖狐とは言え彼女も、買い物客としてスーパーなどに足を運ぶのだろう。その姿を見た事はまだないのに、ひどく鮮明に思い浮かべる事が出来た。

 買い物する芳佳の姿をイメージしていると、ふいに芳佳が笑みを深めた。それだけではなく、半歩ほど俺の方に近付いたのだ。ふんわりとした、甘く柔らかな香りが二人の間に漂った。


「だからね直也君。お昼の時間は家で自堕落に過ごしましょ」

「自堕落にって、これはまた直球だね……」


 芳佳の放った言葉のどぎつさに、くらくらとめまいを覚えそうになった。だが、俺の表情の変化に芳佳は気付いたのだろう。白い手を胸元でそっと合わせると、少し真面目な表情に戻って言い添えた。


「そりゃあもちろん、私だって今日はやらないといけない事は考えているのよ。直也君と一緒に暮らすにあたって、向こうの部屋に置いている荷物とかも取りに行きたいしね。だけど、お昼の間は一旦休んで、それで、やる気とか元気が戻って来てから外出するのも良いかなって思ったのよ」

「ああ、成程ね。そういう事だったんだね」


 芳佳の言葉に、ようやく俺は納得できた。俺も俺で今日は丸一日有給を取っている。だから昼間からダラダラしていても誰も咎めだてはしないだろう。そう言えば、芳佳もバイトか何かを今日は休むと言っていたようだし。

 その芳佳の関心は、床に無造作に置かれたDVDに向けられていた。妖怪の登場する学園ドラマという事で、興味を惹かれて購入した物だ。と言っても、まだ俺も最初の方しか見ていないんだけど。


「芳佳ちゃんも、が気になるのかい?」

「うん。噂では聞いた事があったから……ジャケットも見た感じ、特にオトナ向けって感じでもないし」


 何とも言えない表情で言ってのけた芳佳の言葉に、俺は吹き出しそうになった。それとともに、女の子ってやはり男の持つDVDがいかがわしくないかどうか気になるのだろうか。

 ちなみに「あやかし学園」のジャケットであるが、ドラマのワンシーンらしき部分をデフォルメしている感はあるにはあるが、ぱっと見には銀髪翠眼のセーラー服姿の少女(ちなみにこの娘は六花という名の雷獣だそうだ)が、釘バットを持って構えているだけにしか見えない。

 釘バットが物騒だという事に目をつぶれば、ジャケット自体もそんなにおかしなところはない。妖怪だという事を示すべく、尻尾を生やしたりしているけれど。ケモ耳ではない所が不思議と言うか、ある種の監督のこだわりを感じる気もするが。

 ちなみにこのドラマの監督の名は那須野ミクというらしい。どういう人物なのかは定かではないが、名前からして女性なのだろうか。展開自体もエログロは言うに及ばず、微妙なお色気展開とか、どぎついアクションシーンもどうにか回避していた感じがある。やっぱり那須野監督は女性だろうな(断定)


「あー、うん。あやかし学園は全年齢向けだからね。最初の方しかまだ見てないけれど、それでも色々とテロップとか何かが出るんだよね。教育番組かよってツッコミを入れたくなっちゃうくらいさ。那須野監督って名前からしても女の人って感じだし、そう言う関係なのかもしれないけれど。

 とはいえ、関西人のノリを踏まえた上で作ってるから、そういう意味では面白いかも」


 あやかし学園の舞台のみならず、関係者が関西圏の人間である事は、少し視聴しただけでもピンときた。何せ俺も関西人だからだ。播磨中部で生まれ育ち、大阪で暮らしている訳だし。それは芳佳も同じだろう。

 それはさておき、俺たちの自堕落な昼が始まったのだ。

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