第43話 聖戦のティアード
「少しは、表情豊かになってるじゃねーか……ハラ減ってるだろ、パイでも食いな」
「ありがと……まーまだ『怒る』ことしかできないっぽいケドね、ははは」
笑いになってない、笑いを吐きながら答える。
まだ鉄面皮の呪いは健在……ただ『怒り』だけを透過するようになっただけだ。
もっとも。
あの状況で無感情なら、色々とどうにもならなかったと思うが……。
「…………」
「ナナミ?」
「今朝、嫌なニュースを見たよ。水死体がどうのとかの」
ニュース画面、信じられない羅列に悪寒が走っていた。
そんなつもりで『みのがす』ナナミではなかったのに。
「日付けみてびっくりしたよ。おれ、丸一日ねてたんだってね……『奴ら』が向こうに引き返すまで、十分な時間がある」
「…………」
「『奴ら』って、どうなったのかな」
暗い言葉に……カンベンしてくれとでも言わんばかりに。
ジェスチャーで別の部屋を指さす。
「アタシが知ったことかよ。……だがだ。そのことも含めてかな……よいよいが呼んでたぜ」
「よいよいが……?」
「行ってみな。悩みが晴れるかもしんない」
不思議に思うが、他に宛もない。
寝ぼけ眼で、彼の元へと歩き行く。
◆
「……や、よいよい」
「おーナナミ、お互い生きて夜明けを迎えられたにゃー?」
なんて、狂気的な会話を伴い……ベランダで朝日浴びる『彼』に会う。
その姿は、いつもの過剰装飾な衣装でもなく、また髪型も大人しかった。
メイクも落としていたのだろう、普段よりも中性的だったが……やはり、母性的な空気は纏っていた。
「なんか呼んでた、って聞いて来たんだけど?」
「あーあー、そうそう見てくれにゃコレ!!」
逆光、日差しの鈍い室内に戻り。
まるで、親しみ易い女友達のように、スマホの画面を見せびらかす。
「ホラホラ。にゃーに勝った『殻野瀬クウカ』、ドカンと人気再爆発してるんよ? やれお珍珍ランド開園だの、新時代を担うにふさわしいだのと評判でにゃー」
「へぇ……『佐々木夜市に勝った殻野瀬クウカ』……ねぇ」
「……どったよ、ナナミ?」
「いや、ね」
不満、いや増長。
『怒』の枷が解けた鉄面皮は、己自身への怒りを透過していた。
ナナミは勝った気でいない。
「ショージキ、さ。あの戦いはあんたが『伝説』を語ってくれなかったら危なかった。 特に……《クライマックス・ラン》のカードは、ゼッタイ必須だったとおもう」
「……ほう?」
そう、決まり手はあの伝説だった。
もしもあそこでよいよいが語ってなかったら……二枚のカードを渡してなかったら、ナナミはなんの対策も思いつかずに負けていたろう。
ある種の確信を込めて問う。
「ねぇよいよい……どっかで期待してたの? 自分を倒してくれるんじゃないかって……」
「……ばーかいえにゃ。あの時は戦いになるなんて思ってもなかったにゃ」
「それでも、あんたのおかげで旅立てる……それは事実でしょ」
「まあそーだけど……自重も過ぎるとイヤミにゃよ? ほこれ誇れ♪」
「う……うん」
歪ながら。
自信をもらいもうひとつ、聞きたかったことを問う。
「ねぇ……『奴ら』は、あの後どうなったとおもう?」
「……さーにゃあ。あんだけ壊れてタダで済むとは思えにゃいケド」
「…………」
「そーなったら自分のせいだ、って思ってるにゃ?」
もしも『奴ら』が使い物にならなくなったとして。
それが花家グループに処分されてたら、それは自分が立ち上がったせいなのでは……
「気に病むな、とは言わにゃい」
だが引き戻す。
あくまで先輩として、よいよいはこうはいへ、アドバイスする。
「でも、病みすぎるにゃよ。反省をして、次に活かす……にゃー達にはそれしかできないんだからにゃー」
「……そうだね。そうなのかも、しれない」
向き直る。
まだそのほとんどが、無表情に占められてはいたけれど。
その顔は……どことなく、明るい表情に見えた。
「ありがとう、よいよい。おかげでまだ戦えそうだよ」
「…………ありがとうを言うのは、お客様の前か、ゼンブ片付いてプラスだった時だけにゃ」
「というと?」
「オヌシはまだまだマイナスっしょ。ここからプラスに届くまで……その言葉はとっときにゃってコトにゃー…………よっ」
言葉とともに。
不意に、なにか布の塊が投げ渡される。
「わわっ……」
「にゃーからの餞別にゃ」
それは、何段もの生地を重ねて作った真紅の腰巻き。
ふんわりとしたシルエットや、局部を包み込むインナーの構造が……ナナミやよいよいのような者にとって都合のいい作りとなっていた。
「スカート……ね」
「そいつはティアードスカートって言ってにゃ……『段重ね』って意味があるにゃ」
「ティアード……? 涙じゃなくて?」
「ちょーっと違う。けど似てるよにゃー」
涙……ティアの過去形に聞こえるが、実際には全く違う。
似てるけど違う二つの語句が、奇妙な引力で引かれあっていた。
「……オヌシが 《無限鉄拳 ティアードロップ》をぶん回してきた時……これも運命かなにかかと思ったにゃ」
「運命……」
「にゃーは教えないといけない。何も知らないオヌシに、言葉の意味も……世界のシクミも」
光度の鈍い室内で、静かに近づく。
「わっ……と……?」
「にゃあ……訊かせておくれよ。なんのためにオヌシは戦う?」
「え……」
唇同士がくっつきそうになる距離で。
何を今更、と思いながらナナミは答える。
「そりゃあ、生きるため……あと成長するために…………」
「そうよにゃ。じゃあその時、周りを『どうするか』考えてる?」
「あ…………」
あまり、深く考えてなかったかもしれない。
多くを巻き込む……それがナナミの生存戦略だったはずだが、その結果があのザマだ。
より洗練された戦いへ、進化しなければならないのか。
「正しく戦いにゃ」
先輩は語る。
社会的な『正しさ』と常に向き合ってきた彼が、先を駆けた者として言葉を繋ぐ。
「正し、く……?」
「そう。自分や周りだけが信じる正しさじゃあにゃい。誰に見せても恥ずかしいくない戦いを積み上げないと、オヌシも『奴ら』と同じになる」
あの末路は、謝った『正しさ』の積み上げの果て。
戦いは不可欠……なら、ナナミが積み上げるべきは……
「言葉が無いなら、くれてやるよん」
離れてくるん。
朝日の外を背負いながら、ナナミをまっすぐに見つめ指さす。
定義する。
「よいよい……」
「ずっと見てるにゃーよ。にゃーだけじゃない……これから何万もの視聴者サマが。だから、その期待に恥じない戦いを──────────」
何万ものリスナーを虜にした声で。
刻む。
「────聖戦の
「……………………せい、せん……」
聖戦。
その言葉は、幼い身に重く深く染み込んだ。
古く、数世紀も前の歴史にこそ刻まれる言葉を背負い切るなら。
きっとその者は、誰も見捨てない優しさと強さを得るだろう。
「……わかった、約束するよ。ここまでみたいなヒドい戦いは……もうしないし、向き合う誰にもさせはしない」
「にゃっはは……その意気にゃ。ファイトー♪」
────もう、大丈夫だ。
火は受け継がれた。
そう確信し、性別迷子の配信者はほんのちょっぴりの安心を得るのだった…………
◆
そして、時間は流れ。
「さあ、いよいよ旅立ちの時だよナナミ君、アヤヒ君」
「うん、準備バンタンだよ」
「おーよ。どーんと来いだぜ♪」
いよいよ、その時は来る。
花家グループの牙城へ飛び込む、カチコミの旅路だ。
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