第42話 幕引きの歩より『怒り』を込めて。

「あーあー。あーあーあー!!! にゃー負けちゃったにゃーーーー!!!!」


「…………はは、は」


喝采の雨。


拍手の音響の中、わざとらしいレベルでよいよいが負けを認める。


結果を固定するかのように。


演技風な様子を敢えて残すように。


無論、理由はある。


ミュート回線で文句がぶつかる。


《……ったく、ぶっ込んできちゃって。こっひーが演出調整しなかったらどうなってたと思ってるにゃ》


《はは……ショージキ、悪かったと思ってるよ》


そう、無茶をした。


先刻のゲームには、本来とは異なる挙動がひとつあった。


自戒するように、冷静に振り返る。


《ルールミス。本来ティアードロップは単騎でラバーズラブ・マーモンズに殴り倒されてた。連携行動こそしてたけど、ゴールに繋がったのはティアードロップだけの効果だからね》


《ちゃんとわかってんのにゃー。……ま、腹立つのはって所だけどにゃぁーあ》


あの局面は既に、完全に勝負ありだった。


《ギア3として場に残ったピンクラインが走れば済むハナシにゃ。なんならティアードロップの効果なんて使わなきゃ敷き札でも走れた……なのに、それじゃあ気が済まなかったと?》


そもそもセンターを回復できた時点で 《マザーズラブ・マーモンズ》が出ようとどうにもならなかったハズだ。ほかの勝ち筋だってあったろう。


なのに、魅せようとした。


結果は変わらないのに。


それでもナナミは過程に嘘をついたのだ。


不思議そうに、こっそりと問う。


《なー、にゃんで……ルールミスしてまで殴り勝ったことにしたかったん?》


《決まってる。見栄えを優先してルールの方を曲げる……なんて。カードゲームではよくあること、でしょ?》


《にゃはは……たしかに。後日訂正動画でもあげて、しっかり炎上するにゃ》


やれやれと両手を上げたところで……ひとつ気付く。


《……てか、今気づいたけど。ラストアタックを普通に連携走行にすれば、ルールミス無しで同じ絵が作れたんじゃにゃいか?》


《………………………………あ゛》


気づいてなかった。


たしかに、二台で直接ゴールを目指せば済むハナシだったような……


そうしてフリーズ。


その様子を見てぶーーーーーーーーっ!! と吹き出すよいよい。


《にゃっははーーーー!! まだまだツメが甘いにゃー!!!》


《ゴメン。ほんとガチでごめんなさい》


《にゃっはは……いいっていいって!! どのみち勝ってたのは勝ってたんにゃ、今さら覆したりせんにゃーよっ!!》


結局はノリ重視。


配信者は……否、あらゆるエンターテイナーは。時として細かい制約よりもノリを優先したりするものだ。


反省は要る。


だが、あったまった場に水までかけるのは無粋というもの。


でも、薪をくべるのはどうか?


ミュートを切り、面前で試す。


「…………あのさ、よいよい」


「あ……なんにゃ─────」






────ザザザッ!! ザザザザザ…………!!!!






「「ッ!!?」」


異常発生。


明確に激しいノイズが走る。


「な、なんにゃ!!?」


「まさか……よいよい、ジューデン中の電源に異常あったらこうなる?」


「え、そりゃあまあ……いやいやウソっしょ!!?」


そのまさかだ。


事件は、電子の世界の外で起こっていた。











──────ガゴォ……………………ン…………。






「…………ここまでだ。ここまで手こずらせやがって」


「ケホッ……どこまでだ? オマエらの脳みそが『もはやここまで』ってコトかよ?」


「くそっ、なんてことを…………アヤヒくんっ!」


リアル。


現実にて排除したはずの暴力が……再び牙を剥く。


「チッ、タンカスのアタマを使いやがる……」


登和里を拘束していたハズのアヤヒが、逆に『奴ら』にネイルガンを押し付けられ、命をに手をかけられていた。……未だに、その首を拘束しているにも関わらずだ。


クラシックカーの車窓越しの拘束……それはアヤヒが車体に張り付き、飛び出た登和里の首根っこをベアバックで掴む格好だ。


なら、その車が急発進でもしたら。


そのままどこかの壁にぶつかりでもしたら……振り落とされずとも衝撃で数瞬、隙ができるのではないか?


それを、運転手の『誰か』がやった。


そして『誰か』がチェックメイトをかけた。


たった少しの隙を作るために、引率役でさえない『誰か』が数百万のクラシックカーを台無しにした。


結果、戌井のカードショップ自体が激しく軋み、VRギアの充電にも影響したというワケだ。


完全に、賭けに入れ込んだギャンブラーの挙動。


取り返しのつかない全てを捧げる……そんな段階に入っていると思いつつ。


問う。


「ざッけんなよオマエら……決着はついたんだぞ。今更ナナミを害しても、よいよいやその視聴者に迷惑でしかないって状況を、世界を傷つけるって事をわかっててやってるのか?」


「状況だと? もちろんわかってるよ……『オマエは登和里さんを殺したら盾がなくなり死ぬ』『俺たちはオマエを殺しても死なない』……どっちが有利か考えるまでもないよな?」


「……ちくしょうめ、もう話す気もないってか?」


理性を棄てた再逆転。


人質のジレンマが、そのままひっくり返ってきた。


「オマエはなにもしなくていい。ただそのまま……そのまま死ぬだけでいい」


「道連れを選ぶ……とかは考えないのかよ?」


「いいや。それをする度胸はお前にないし……なにより。そしてサイアクでも……彼の替えは効くハズだ」


人徳の無さが裏目を向いた。


いや、その程度で済むのか?


まさか登和里は、あれで『栓』だったのか?


そんな疑問の上から、据わった眼差しで悪意が刺さる。


「あばよ嬢ちゃん。これが世のため人のためってヤツだ」


完全に言う資格もなく。


もはや対話不可能の怪物と化した『奴ら』の誰かが、静かにネイルガンの引き金を引き…………





「はい、どーん」






ヒュオッ……グシャアアアアッ!!!


「げぶっ!!?? 目が、目がぁああああああ!!!!!!!!」


「な…………?」


しかし阻む者が居た。


夜闇に浮かぶ大人の肢体。ナナミとは違う、敢えて無表情を選んだ柔らかな仮面が。


生卵をパックごと。痛みと視界断絶を伴うダメージを投擲していたのだ。


「にゃッははー、相変わらず良いコントロールにゃっ!!」


「お褒めに預かり光栄ですね。さて、この分はあとで補填しないと……ささ、今のうちにお逃げを」


「なっ……わかったありがとうっ!」


「くっ……くそぉ……!!」


それは、先刻まで戦ってたよいよい……そして、その相棒にあたる小日向の仕業だった。


そして、その後ろには同士がぞくぞくと集い……ちょうど、アヤヒが離れ逃げ込む場所となった。


「よいよいの所の所のメイド団……バカな、なぜ攻撃してきたッ!!?」


「いんや別に。もうやってらんないってんで、こっちにつくことにしたってだけにゃ♪」


それは予想外の援軍だったろう。


なにせ頭目の登和里とよいよいは相応の仲のハズだったからだ。


だが、その登和里すら切り捨てる勢いだったのが『奴ら』だ。


もはや義理もなにもなくなった結果の、当然の選択だった。


だが流石に、義理だけで抑えているとは思ってない。


「バカな、何を考えてる……花家グループの補助無しにやって行けるとでも!?」


「……むむむ」


たしかに、経済的な意味での恩恵は絶大だった。


彼の相棒・小日向女史もそこを確認する。


「……コレで。よろしかったのですね? コレからガチのマジで地獄ですよ?」


「…………ま、負けちまったもんはしゃーにゃい……潮時でもあったはずにゃ。大人しくオールベットと洒落込むよん」


流し目を送る。


店の奥に眠る、己を倒した好敵手へ…………


「にゃーに、アヤツが成し遂げるまでの辛抱にゃ。筋肉だって、壊れたあとの方が強くなるっていうし? ダイジョーブダイジョーブ」


「……仕方ないヒトですね。どうなっても知りませんよ?」


呆れたように、しかしどこか嬉しそうに。


サブリーダー的な彼女が『奴ら』に、花家グループに向けて宣誓する。


「────これより先、キュアカフェ『にゃんでっと』総員で。烏丸ナナミの陣営の護衛に当たります。皆さまお覚悟を」


「な…………が、ぎゃ…………!?」


困惑。


少なくない衆目を……背負う彼女らが味方したとあれば、おいそれと手出しはできなくなってしまう。


だがもう『奴ら』は、ブレーキがほとんど壊れていた。


「ふ、ふざけるな!! 我々の総帥を…………花家鶴城様を裏切るおつもりかッ!!!」


「……えー?」


慌てふためき、とうとう己達の頭目の名を引っ張り出し繕う。


たしかに、頭目の名前とは印籠のように配下を守るために使うべきだが。


それが知らぬ者の耳にも届く。


「…………へー、花家鶴城ってんだ、あんたらのボス」


「「「ッ!?」」」


「か、烏丸ナナミ……!?」


満を持して。


こちらも配信を終えて、店の奥からずっと出てくる。


長くたれた前髪からその表情は知れないが。


その雰囲気は、今までとは違う『なにか』を纏っていた。


「悪いけど、その人には涙を飲んでもらう。 《Archer》はおれたちがもらうよ」


「なんだと……!?」


「決めてるんだ。おれたちの勝ち筋…… 《Archer》をこっちの色に染めるってね。お世継ぎと仲良くなればこっちのもんでしょ?」


ナナミももう、あの日のお坊ちゃまA r c h e rが全部悪いとは思ってない。


その上を見据える。


広がった視野が、より洗練された解法を産む。


だが、反対に。


「……させるか」


『奴ら』は。


視野狭窄を起こした『奴ら』はもはや止まれない。


アヤヒの予想通り……いや予想以上に『奴ら』は終わっていたようだ。


「……やはりお前は危険だ、ここで殺す! いやお前だけじゃない……目撃者も全員だ!!」


「……なんだって?」


なまじ、頭目の登和里が落ちた分たちが悪い。


「そうだそうだ!」


「この際全員やってしまえ!!」


「我々は正義だ、逆らう事は悪だ!!」


「悪は根絶やし滅ぼすべきだ!!!!」


それが『奴ら』の共通認識なのだとわからされる。


「おい……コイツら、何言ってるにゃ?」


「聴いてはいけません。…………ただ、手遅れのようです」


よいよい陣営も完全に引いていた……ナナミの方もだ。


次々と、信じられない言葉が飛び出す。




「思想は残さんっ!!」「そこの女も、爺さんも!! ガキもすっとぼけた青年もだ!!!」「誰一人生きて返さんぞ!!」「火をもってこい、誰も逃がすな!!」「徹底的にやるぞ!!」「応援を呼べ! 重機で押し潰すんだ!!」「消し炭にしてやるッ!!!!」「首都の湾に沈めてやるぞッ!!!!」




「おい……アレは『何』だ………………?」


「……………………」


もう、完全に駄目だ。


先刻、死体の数が少なく済むと言っていた登和里の部下は。


もうそれ以前の、どうしようもない所まで来ていたようだ…………。


そうして。


ナナミは。


ナナミは、数十に届く命を背負い。


『奴ら』の一人に向けて──────────







「誰もこの世に残さん、老若男女皆殺しにしてや」


「えいっ」


「えっ……」






────グシャ、ゾゴガグシャバギャドグシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!






「が、はっ…………!?」


「やっぱりあんたら、やっちゃいけないライン超えてるよ」


隠し持っていた、鈍器の異名持つ遊戯筐体で一発。


どうせ台無しになったのならと、砕けかけのクラシックカーのフロントガラスに『奴ら』の一人を叩きつける。


完全にアウトの向こうに吹っ飛んだ『奴ら』を沈め、静かに怒る。



「一度だけ見のがす。全員、ニモツまとめて帰るんだ」


その顔は。


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「でも、これ以上やるってんなら……おれはあんたらを許さないよ」

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烏丸ナナミは、完全に『キレて』いた。


「「「ひぃ……………………ッ!!?」」」


明確な表情。


それはナナミがあの日以来、初めて取り戻した『怒り』の面だった。


『奴ら』もたまらず震え上がり…………


「ひ、引き上げろ!! なにかヤバい! 間に合わなくなるぞッ!!!」


「「「お、おおおおおおおおおおおお!!!」」」


「……………………」


ボロのクラシックカーを筆頭に、慌てふためきながら撤退していく。


ナナミは、そして共にある仲間たちはそれを邪魔することはしなかった。


けたたましく響くアクセル音の中、しかしナナミは『奴ら』を攻撃しようとはしない。


残心。


ココロを残し、敵が見えなくなるまで威圧する。


そして、力が抜けたように……………………


「……っ」


「あ……ナ、ナミ……うっ」


ぱたり、と。


離れた位置で、ほとんど同時に二人倒れる。


一方は脳を。


もう一方は体を酷使しすぎたのだ。


そこを、店長と老店員が受け止める。


「……おつかれさま、二人とも」


「あ……俺、余裕あるんで背負うッスよ」


「俺も手伝おう」


店長達が、意識を失った二人を抱き抱える。


クリス・マス・キャロルの面も事切れる手前だった。


「……う゛わーーーーん!! 死ぬかと思ったよォーーーー!!!」


「ほ……本当に、よく命がもったな……」


「一件落着…………でいいのか、コレ???」


死屍累々とはこの事か。


やれやれと言った具合で、小日向が提案する。


「休息なら私どもの店を。……もう全賭けしてしまったのです、好きに使ってしまってくださいまし」


「にゃはは……アロマでも炊いて、胃に優しいスープでもこしらえるにゃ」


苦笑とともに、戦士たちを休息へと導いていく。


そうして、運び込まれる最中。


揺られる背中、意識は保ったアヤヒが見やる。


これより先、人生を託す相棒を。


「…………ったく、よくやったよオマエは」


「……………………」


まだそこに、返事は無い。


戦い疲れた戦士には、しばしの休息が要るだろう…………





















プルルルルルルル…………ガチャリ。


「……はい、登和里です」


『私だ……やらかしたな。全く、部下の使い方には気をつけろと言ったはずだ。その前でのあり方もな』


「申し訳、ありません……この処分はいかようにでも……」


『いや、お前はいい……まだ取り返しがつくからな』


「は?」


『対処せねばならんのは……人ではないナニカに変じた者のほうではないかね?』


「………………………………え?」








そして、少しの時間が流れ。




『────次のニュースです。東京湾の縁に「顔の無い死体」が複数浮かんでいたとの通報があり、警察はDNAなどから身元の特定を急…………』




「…………ん」


「おはようさん、ナナミ」


「うん。……お互い生きててよかったよね」


「ああ……少し、表情が柔らかくなったか?」


生存を称え合う。


長い長い遠回りの果て。


確約された安息が、ようやく戻ってきたのだろう。

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