第35話 オペレーション・ラストオーダー 後編
「まだだよアヤヒ。まだおわってない」
「おわったんだろ、もう」
諦めてはいけない。
ここで諦めて終わるのは、物語なんて軽いものではない。
だから、全部話しておく必要がある。
「おわってない、おわってないんだよ」
「終わったんだよ!!!」
語気を強める。
状況が、彼女を苦しめていた。
考えるほどに、もう逆転の目はなかった。
「もう、旅立つカネはないんだろ。よいよいは敵だったし、クリス・マス・キャロルもアイツに取られた。もう大会まで……『奴ら』と対等にやり合う唯一のチャンスまで間がないのに、アタシら文なしの三人ぽっちだぜ!? 戦場までのアシがねぇんだ。ここから八万の社員をぶん回す花家グループ相手に、ここからどう立ち向かうってんだよ!!?」
「…………」
状況はサイアク。
あとは『奴ら』が煮るなり焼くなりといった具合だが。
「……大丈夫だよ」
だがナナミは、希望の火を消してはいない。
「今はよいよいに勝てばいい。あいつに勝って、戦場まで連れてって貰うんだ」
「だから、それをどーすんだってハナシだ」
非現実的なプランにしか見えなかった。
納得の行くルートに見えなかったのだ。
「三人ぽっちでカチコんでも、どうせ『奴ら』が来て返り討ちになるし……んな事したら後も怖い。正当性ってヤツが無くなるんだ」
「カチコミなんて。そんなことしないよ」
あるいは不敵。
呪われた無表情のまま、勝利の算段を語らう。
「あいつとは、よいよいとはあくまでカードゲームで決着をつける」
「はァ…………?」
それは無理な話のハズだ。
この世界は、別にカードゲーム史上主義ではないのだから。
相手を舞台に乗せるためには、相応の納得出来る準備が要るはず……そうアヤヒも思っていた。
「そりゃムリだ……アイツにはもう仕掛けてくる理由はない! このままどっちも黙ってりゃ、アイツらの良いように進むんだよ!!」
「だから? ここで止まるの?」
「……!? ほかにどうすんだ、よいよいだってそうしろって……」
「よいよいはね。まあ利害で動くだけ、あいつは信頼できるだろうさ。……でも『奴ら』は?」
「えっ」
別に、そのままで上手くいくなら止まってもいいのだ。
信用出来ない者は他にいる。
かの日、宿敵が語った『絶対論』が物語っている。
絶対を掲げたのなら、ほかの全てをゴミクズと思うべきという考え……そこにあてがうなら。
「『奴ら』はやるよ。サイアクの場合、よいよいまで切り捨てる……なまじ自分らの方がおっきいから、目的ってののためにさ」
「…………ッ!!!」
だから止まれない。
信用ならない、できるはずのない相手を前にしたら。
「なにより、間違いないのは」
止まれないだけの、理由ができてしまう。
「『奴ら』はおれの生存を許さない。信じる坊ちゃんのため、おれだけは必ず殺す」
「…………そんな」
コレが絶対のルール。
黙って殺される事だけは、絶対にできない。
「よいよいはおれを守るつもりらしいけど……『奴ら』はそれを許さない。食べたハズのエサが生きてたら、そこにぽっかりと穴が空く……みたいに、きっと思ってるから」
「そんな……でも、それって……それってさぁ……!!」
それは、丸呑みした獲物が腹を食い破るような感覚だろうか。
あるいは、既に血肉になった部分がごっそりと消えるのを恐れているのか。
それが『奴ら』の恐怖というのなら。
でそうでないものは、まだ間に合うハズだ。
「だから……降りるなら今だよ、アヤヒ」
「…………ッ」
「おれはさアヤヒ。なんで協力してくれてるのか……とっくに知ってるよ」
ここで情報を切る。
例え鬼の所業でも、秘密を打ち明けてから次の行動へ移ろう。
「『罪悪感』でしょ。話のスケールから考えたら……たった数万円分の『罪悪感』でおれに協力してる」
「あ…………」
「もう、ジュウブンすぎるよ。例えこの先うまくいかなくても、今日まででもう十分だ」
かの日から今日まで、ナナミは彼女の善意に甘えすぎた。
終わっていたハズの時間がここまで伸びたことが奇跡なのだ。
「だからここで降りていい。アヤヒだけならまだ間に合う。……ただ、おれを止めないでほしい。それだけなんだ」
「……………………」
それは、少女にとってどれだけの衝撃を伴う言葉だったろう。
長く。
長く。
沈黙は長く。
沈黙は長く、時が止まったかと思うほどだった。
そうして多くの時間を開けて、口を開く。
「…………ば、か。あんなのただのキッカケだ」
ふたりのココロに、音楽が流れる。
オルゴールのような、優しい追憶のおと。
「オマエがさ。笑ったり泣いたりできなくても、アタシと居るだけでいいって言ってくれた時さ……ひでぇコトだけど、ちょっとホッとしたんだよ。もう大丈夫なんだって……このまま過ごしてていいんだって……」
小さな手が震える。
幼き身にあってはならない試練が、ふたりにはのしかかっていた。
だがそれでもアヤヒは。
「なのに、こんなのってねぇだろ……あんまりだろ!! アタシはさぁ、あの日からずっと死んでほしくねぇって思ってたよ……アタシはオマエに、とにかく生きててほしいんだよ……!!!!」
アヤヒは折れたくなかったのだ。
ぎゅっと、ナナミの手を強く取り吠える。
「あっ……」
「聞かせろ全部! アイツを乗せる作戦くらいあるんだろ。それが上手くいきそうなら乗るし、ダメそうならふたりで逃げられるトコまで逃げる! 『降りる』だけはナシだなめんな、死んでもはなれてやるもんかよォッッッッ!!!!」
「────────────、」
ココロが吠える。
見開かれる。
予想をずっと越えていた。
必死の訴えが、薄れども確かにあるココロを動かす。
また、少しの間を開けて。
ナナミから、握り返す。
「アヤヒ……」
「な、なんだよ……」
「もし、このさきについてくるなら……おれは、これを話さないといけない」
語るなら平等に。
カードゲーマーにある種必須の『誠実さ』が、ナナミの最後の秘密を語らせる。
「────────、────────────」
「う、そ……」
「うそかどうか、たしかめてみて」
そっ……と手をとる。
両手できゅっと支え、下へ下へとはこんでいき…………
触れる。
「────、……………………ッ!!!!」
詳細な感触。
指先に伝わる、狂いなき人の熱。
ナナミのヒミツ。
ここまでナナミを運んだ、理由のひとつ。
「…………コレでも、いっしょにきてくれる?」
「………………あたりまえだ、なめんなよ」
返事は即刻。
だがその感触は、当然の疑問を産んだ。
「だがな、一個だけ教えてくれ……オマエは『何のつもりで』生きてる?」
「ハズカシイけどさ…………決めてなかったんだ。今まで、それどころじゃなかったし」
部屋の中で遠くを見る。
決めてる場合じゃあなかったが。
今なら。
「でも、もう決める時だ。空欄はもう、この先ではゆるされないと思うし……もう決められる」
もう決められる。
自分が何者か。
「おれは…………」
決意。
ナナミが『自分』を定義した時。
あるいは、その力は覚醒する。
◆
「ヤーヤー、様になって来たにゃー?」
「そ、そうかしら……アナタにくらべたらてんでダメダメで……」
キュアカフェの舞台裏。
よいよいとキャロルは、新人研修という名の語いに耽っていた。
「なーに心配することはないにゃ。オヌシには才能があるし……それに、変わろうって意思もあるしにゃー?」
「え……ええ。今まで振り回したぶん、償わないと……弁償もしないとだし、ね」
「その意気にゃーよ。……まぁーこの店自体できたてほやほやだし、一緒に育つつもりでやっとけにゃー♪」
「ええ……そろそろ出るわねっ!」
言って、休憩時間を終えてキャロルが客先に出ていく。
手を振り送り出した後で……バックヤードにて悪態をつく。
「弁償……ね。間に合わせたげられないんだけどにゃー」
「メイクが崩れますよ。さ、顔を上げて」
一気にしおしお。
しわっしわの小動物みたいになりながら、スっと顔を出す相棒にボヤく。
「にゃーあぁ。人だまくらかして一緒に働かすのってサイアクの気分だにゃー」
「やむを得ません。実店舗の拠点を持つ以上、今後はこういう泥臭い部分も飲み干さないと」
「そりゃまぁーにゃ? そうにゃんだけど!! にゃんだけど……にゃぁ……」
「あ、そうそう……また例の大手の『箱』から『転生』の誘いが来てましたが」
「んもう、丸めてしまえにゃ!!! いい加減クドいってーーーーのっ!!」
彼も、よいよいもしがらみはニガテだった。
はっきりいって『奴ら』との絡みも嬉しくなかった。だが後ろ盾のない者は崩れる事も知っていた。
一匹狼のトリックスターはありえない。
所詮はよいよいも、金の糸で動く道化に過ぎなかったのだ…………
…………と。
そんな道化へ、一通の着信が入る。
「あら、コレは……? いや、えっ……?」
「あん? どしたんコッヒー…………」
また、別の『箱』への転生のお誘いかと思ったが。
目を疑う。
「…………………………………………アイツ、何考えてんのにゃ…………!!!????」
それは常識を疑う一手。
人生の決断を伴う、覚悟の一手だった…………!!
◆
「…………良かったんだな、コレで?」
「うん。最後のショーだよ、出し惜しみは一切ナシだ」
打ち込まれるのは烏丸ナナミ渾身の策。
正真正銘、人生を賭けた最後の一手。
「よいよい……確か言ってたよね、8万人って数が力だって」
厳密には花家グループの事だが、彼女が数を誇ったことには違いない。
だがそこが急所だ。
「だったら。こっちは一回の伝説だよ。佐々木夜市……あんたはこの策から逃げられない」
「ああ。こちとら地獄行きの覚悟は決まってんだ、アタシ達でよいよいを倒すぞ!!!」
放たれた策が彼を射抜く。
最後の戦場の準備は、今まさに整いつつあった…………!!!!
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