第36話 決意の光、聖戦場に刻む

「…………どーすんのトワリン、コレ」


『どうもこうもあるまい……してやられたな、夜市』


職場のバックヤードより送られた救難信号。


そのニュースは、我らが主人公の宿敵・登和里ケントにも速やかに伝わっていた。


通話で繋がる両者が頭を抱えているのは、たった一つのシンプルな問題だった。



ほんの二週間前、一発の鉄拳で伝説となった少女のガワを引っ張り出されたのだ。


それは自分のリアルをも、人生そのものをも晒しあげる行為だったが。


彼らが討つべき敵は…………烏丸ナナミはそれをやったのだ。


「甘かった」


さすがのよいよいも、頭を抱え悩んでいた。


「にゃーは全部の選択肢を、交渉材料を奪ったと思ってた……でもアイツには『アイツ自身』ってカードが残ってたんにゃねー」


『まあ本来、オマエが奴を勧誘する目を残してた時点で気付くべき事だがな』


「ぶーーーー!! トワリンだって予想できてなかったくせによー言うにゃーっ!!」


『やかましいっ! そもそもオマエが欲かいて現地に出向かなければ起きなかった事態だろうがッ!!!』


ヤーヤー言っているが、時間は過去には戻らない。


窮鼠に噛まれたままの猫


先へと向かう話をせねば。


『チッ……組織の性質は知ってるだろう。いつだって初動は愚鈍だ……不意を打たれた時点で状況はかなり厳しい』


「それはわかってる。で、ここからどーすんにゃー? このままガン無視ってワケにはいかない。一緒に悪党とっ捕まえた仲だし……なにより、8万のオーディエンスがこの対決を望む方に傾いてる」


『だろうな』


いつだって、民衆は新たな刺激を求めるものだ。


『風評被害を防ぐ専門家……こちらに居ないでは無いが、オマエを守る専用のプランはすぐには練れん。なにより、こういう場合は言い訳を重ねた方が負けなのだ』


勝負は相手の土俵に乗った方が負け。


既にネットのファン層は『肯定』側に染められてると言っていい。


そもそも、人気チャンネルへの追加戦士という立ち位置がズルいのだ。どうしても『飽き』が来る所への新鮮な供給、これに抗える者は少ない。


ならよいよいは、この勝負を真っ向から受けるしかないのか?


否。


『…………だが、我らは防御力と体力には∞を代入していいものとなっている』


「……うむ?」


『強者』の強みは使うに越したことはない。


同じ全賭けオールベットでも、後ろ盾の有る無しでその威力の桁が変わる。


『つまりは「その場しのぎ」さえできればいいのさ。今ある「攻撃力」でナナミ一行の守りを砕けさえば、後でどれだけ追及されても耐えられる』


捨て身の強襲。


後ろ盾のあるものには、それを余裕を持って選ぶ権利がある。


「……するってことは『八百長』ってことかにゃ? カードで戦うって体裁は守って、裏で暴力で決着をつけると」


『そうだ夜市。お前はナナミとの勝負で時間を稼げ。。ヤツの寝込みを我らが襲う……今さらフェアプレーにこだわるなんて言わないよなぁ?』


「……はぁーあぁー。わってるにゃんよ、今さら番外戦術にビビりゃしないけど」


それなりに大人に踏み込んだよいよいだ、裏工作そのものは止めはしないが。


その成功は怪しんだりする。


「肝心な事……ナナミをどう抑える? 乱闘をどう隠すのにゃ?」


。時限式のをな』


「…………」


『全ては裏舞台でケリをつける。……全面戦争と行こうじゃないか。烏丸ナナミ……ヤツを支える全ては、この俺が全力で潰す!!!』


「あーハイハイ……暑くなりすぎんにゃよー?」


電話の向こう、どんどん熱を上げる登和里の声を聞き遂げながら。


(……はぁーあぁー。なーんでこーなっちゃうかにゃぁ)


誰にも聞こえない程度のボヤキが、よいよいの口の中だけで響く。


ほとんどの者は、なりたくて残酷になる訳では無い。







「……ってワケだけど。『奴ら』に手袋叩きつけたらコレが郵送されてきた」


「ええ……?」


ドン引き加減の店の中。


キラッキラに輝くマシンは、仮想世界への『往復切符』。


コレが登和里の策……決戦の舞台への招待状だ。


「最新のVRギア。コレで戦場に来いってワケだ。コドモの小遣いで買える廉価品とは比にならないプレゼントだね」


質感からして別次元。


このグレードのギアは、ネットでもなかなか手に入らないらしい。転売後の価格は数十万行くとか…………


アヤヒが、冷や汗垂らして提案する。


「いやなぁ……もうコレ売ってチケット買わね?」


「ダメ。レンタル品扱いらしいし、逆にこっちを止める難癖の取っかかりにされる。……それに手袋は投げたあとだよ、もう後戻りはできない」


「わ、わーってる冗談だって……」


「だが、リアルで戦わないってことは……現実で何が起きても公には映されないってコトだ。当然そこを狙われるぞ」


「ん……」


店長による、当然の警戒。


『奴ら』は馬鹿でも無能でもない。むざむざナナミという敵の言う通りに事を運んでくれはしないだろう。


その上で答える。


「うん、わかってる。クリスん時みたく、戦ってる間にたらしこむってのも……きっとよいよいには通じない」


肉体的にはもちろん、精神力でもおそらく向こうが上。


とくれば、ココロを溶かして味方にするというナナミの常套手段も通じまい。


ならば、暴力にだけは暴力で立ち向かうしかない。


「…………というワケで店長、おれのカラダの護衛ヨロシク」


「って僕が!? ムリムリムリ、『奴ら』が何人くると思ってるんだい!?」


「さあ? ……ま、店長一人じゃ止めきれないくらいは来るだろうね」


いくら力自慢の店長といえど、流石に常識の範囲というものは弁えていた。


『奴ら』の軍勢に三人、いや二人でなんて挑めない……それはナナミも同じ認識だ。


「だったら!」


「だから、集めたよ……ありったけ」


「えっ……」


静かに開く、店のドア。


ザッ……と群れなして現れるのは。


「えっと……君たちは…………!!?」


「向こうがその気なんだもん、準備くらいするさ。……ぶつかろう、今まで積み上げたぜんぶで」


全面戦争の構えはこっちも同じ。


最後の戦いの準備は、着々と進んでいた…………。








そして、時間は過ぎて。


カチ、カチ…………と時間が進む小部屋にナナミは居た。


ここは戌井店長のカードショップ、その奧の仮眠室だ。この時に合わせて、VRプレイ用に改造していた。


ここを店長達が、アヤヒが守る。


そうして時間を稼いでいる間に、ナナミがよいよいを倒し切る。


どちらかを失敗した時点で、少なくともナナミの命はない。


そこへ、相棒が静かに時を告に来る。


「……そろそろ、時間だぜ」


「……アヤヒ」


それは、自分の全てを救ってくれた。


それは、自分の全てを受け入れてくれた。


だから、これ以上多くは語らない。


「そうだね……じゃあいってくる。ぶじで居てね」


「ああ。オマエも必ず無事で帰ってこい」


それだけでいい。


それだけで、互いの死地へ出向く覚悟は決まるのだ。







トプ…………ン、と。


最新のVRギアを通じて、ナナミの意識は体を離れる。


現実とは異なる、電子の海に沈む感覚。


かつて滅ぼされる前、この電子世界は人の『魂』すら捕まえて逃がさなかったこともあったとか。


そのため、今はこのような一体一とかの使用が主となっていた。


五感がアバターとリンクして、世界の認識が切り替わる。


完全なる、電脳の住人と化す。


そこは、薄暗い回廊。


プールの水が抜けていくように、静かに足をつけて重力を取り戻す。


その、少し先。


薄明かり灯る舞台で、彼は待っていた。


「にゃっほー、柄野瀬クウカ……ちゃん?」


よいよい……佐々木夜市。


この場で倒すべき、絶対の標的ターゲット


彼は……そしてよく見たら招かれたナナミも。体の薄さをフォローするような、ふんわり愛おしい衣装を纏っていた。


「……おまたせ。相変わらずいいシュミしてるじゃん」


「にゃっはは……いーっしょ。スカートの段重ねがポイントにゃ」


「へぇ……そーいうのはやってんの?」


「すっとぼけは無しにゃ。……にゃー達にとって大事、ってハナシにゃよ」


呆れ加減でよいよいは言い放つ。


正直、ただナナミが過去のガワを掘り起こしただけならここまで話題にならなかったろう。


恐ろしいのは、その肩書きだった。






配信者・柄野瀬クウカ、己の夢を賭けた復活戦へ!!』






「まったく……なんでこのコトばらしたんにゃ? 今後の人生ってのをどう考えてるん?」


「消去法で……かな。文字通りのイノチガケ、四の五の言ってらんないでしょ」


呆れ笑いをしようとして、空ぶったような無表情。


それは男にも女にも、聖人にも野盗にも見えた。


無限の可能性、その手枷足枷リミッターを外した在り方。


鉄面皮の中には、間違いなく『無限』が詰まっていた。


「よいよいと一緒に『触られた』以上オンナノコで売り出すワケにも行かないし、オトコノコって思われたままだともう戦争でしょ。流石に男と男の戦争じゃあ応援されないからね」


「それで、このぶっちゃけ具合とな……ふざけ倒してるにゃー。こっちが頑張ってキャラ付けしてたのがバカらしくにゃるっての」


だからこそありのまま。


『どちらでもある』自分をを受け入れる事が、この戦場を成立させる条件だった。


「それに、さ」表情が凍ってなければ、妖しい笑みであろう艶やかさで。「あんたとはなかよくしたい。組んで立ち回れば、お互いに足りないものを補い合えるハズでしょ」


「よく言う。『タカり』に来といてどの口が」


「そうかな? 釣り合わせるには十分な条件だと思うけど?」


軽く嘯く。


堕とせなくとも、言葉で戦うことはできる。


「あんたが勝てばおれはそっちで働くし、おれが勝てばあんたはおれを大会に連れていく。……それに、この戦いをスキップして、あんたが戦いに連れてってからおれがそっちで働くって事もできるよ?」


「『最後のは論外』……そうにゃろ?」


「……むぅ」


さすがに留まる。


何もかもいいように、とは行かない。


「柄野瀬クウカの爆誕はもう決まってる。だってオヌシがなりたがってるから……消えて悲しむ者を増やすコト、それがオヌシの生存戦略にゃ」


「ちぇー、やっぱり手強いや」


「目隠しボクシングはコリゴリ。にゃー達が隠すのはもう、スカートの中でぶら下がってるもんだけで良いっしょ?」


たちの悪いジョーク。


だがナナミもタダでは返さない。


「……そーも、いかないでしょ」


「にゃんと?」


「おれはオンナノコでもあるからさ。ぺったんこな胸にもなきゃ怒られるでしょ、その『段重ね』」


「……そう来たか、この万人たらしめ」


言葉でさぐり合うが、ぼちぼち手札もなくなってきた。


もう、道の取り合い以外ありえない。


決意を固める頃合いだ。


「そろそろ始めようか。みんなはコレで良いと言ってる。。お互いやることはやったし、これ以上語っても変わらない」


こきり、鳴らない首を鳴らす動作で仕切り直す。


「────ここからは、スマートに進めるべきでしょ」


「そーさにゃー……やっぱし、その度胸は買えそうにゃーね」


決意は伝わった。


ここまで来て和解はありえない。


戦う事でしか、分かり合えない。


「…………よろしい。コレよりこの佐々木夜市、オヌシの『壁』となるにゃ」


「のぞむところ。全力でたのむよ」


ズッ……と、舞台の中央にテーブルが出現する。


大規模処理ができない、ローカルVRならではのバーチャルTCGの表現。


今は、ここに居る事自体に意味がある。


そして。


そして。


そして。






合言葉をもって始める。


「「────疾走に情熱を!!」」






ナナミ ゴールまで残り………20


よいよい ゴールまで残り……20






この戦いで全てが決まる。


一人の少年、あるいは少女の。


あるいは、果てなき世界の『未来』を賭けた戦いが。


『聖戦』が今、始まるのだ。

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