第37話 ナナミvs■■■■その① アメイジング・グレイス

烏丸ナナミには、学校の思い出がほとんどない。






なぜかと言えば……男女どちらとも呼べないナナミを、学校側が一人隔離して教育していたからだ。男女の枠組みへと混ぜる努力が面倒臭かったのだ。


空き教室に画面だけをつなぎ、隣の教室の授業風景を映しみるのだ。学び方はおおよそおなじだが……ナナミと画面の向こうとは決して友にはなれなかった。


級友との関わりもなく、体を使う行事もほとんどはさせてもらえないとあっては、その時点で心を失ってもおかしくはなかっただろう。


加え、母子家庭かつ母親は昼間寝倒しており、学校側の杜撰な対応を知らない始末。ろくに相談にも乗らず、たまに「異常なし」を維持するための制約だけ増やして夜の街に働きに行くのだ。


それは幼き身にとって生き地獄であったろう。『真っ当な学び』も得られず、自分がなぜこんな状況にいるのかも理解出来ず、そのココロがすり減るのは当然の流れだった。


そんなナナミにとって……同年代の子供と遊べるカードショップが、どれだけの救いになっただろうか。


そして、その信頼を『奴ら』に裏切られたかの日が……どれだけの心の傷になったことか。


今となっては、それは本人でさえわからない。


だが、確かな事は……







「にゃーのターン、カードドロー!」


聖戦は相手から。


「《アヤカシの饗宴》を発動。場札一枚の疲労と引き換えに、デッキトップ四枚を見て【アヤカシ】一枚を回収する…… 《アシガル・フレイマー》を手札に。さらに初期マシンの 《龍石トロッコ》で1目盛り走行にゃ」


「む……」


旅立ちを賭けた最後の戦い。


万を超える瞳の中で、盤上の決戦が始まっていた。




《アヤカシの饗宴》✝

ギア1アシスト サムライスピリット【アヤカシ】

【発動条件・場札一枚を疲労】

◆自分の山札の上から4枚を見て、その中から【アヤカシ】コアを持つカード一枚を手札に加える。その後残りを山札の上か下に好きな順番で戻す。



《龍石トロッコ》✝

ギア1マシン サムライスピリット【ドラゴン】

POW 0 DEF 0

【このマシンカードの上に、ギア4以上の【ドラゴン】マシンカードが置かれた時】カードを一枚引く。



よいよい ゴールまで残り……20→19




「にゃーはコレでターンエンド。」


「オーライ。……えげつないコトするよねホント」


「……にゃは♪」


不敵な笑いを返す雄猫に、笑えない両性の苛立ちが積もる。


────少し前から【アヤカシ連ドラ】というデッキタイプはあった。


だが、いわゆる絵合わせコンボに依存するこのデッキは、初手が上振れないとイマイチな点があったのだ。


そこをこっそりと解決していたのが 《アヤカシの饗宴》……【アヤカシ連ドラ】を手に負えなくした元凶だ。


コレが一種四枚入ったせいで、このデッキは再現性が上がりすぎた。上振れを安定して手に入れるのだ。


何かを手にするなら何かを捨てろとよく言うが、このカードは捨てるどころか火や水に潜る決断も無しにこの世の全てを手に入れる勢いだった。


「じゃ、おれのターン……ドロー」


安定性の上がった【アヤカシ連ドラ】は最強に近い。


ならどうするか。


前提として、再現性で負けないこと。


そして……弱点を見逃さないこと。


(サイゲンセイに長けてるのは……なにもそっちだけじゃないよ)


「手札からアシストカード 《屑鉄の採掘》。手札を一枚捨てて、デッキの上四枚を見る。こっちはギア1全部を回収するよ」


「にゃっはは……いい容赦のなさにゃーねぇ?」



それを喜ぶように、よいよいの笑みがこぼれる。




《屑鉄の採掘》✝

ギア1アシスト スカーレットローズ

【使用コスト・手札一枚を捨てる】

◆山札の上から4枚を見て、その中のギア1を全て手札に加える。残りを山札の下に置く。




カードゲームには『サイクル』がある。


あるデッキカラーで強力なカードが作られる時、そこそこ他のカラーにも捻って配られるものだ。


環境級の『サイクル』が増える度、そのカードゲームの難易度は上がる。


だがナナミは、まだ振り落とされていない。


「四枚をみて、二枚を回収。つづいて今手札に加えた 《ブラッド・エース》を横に。そして 《ダブルギア・アイギス》二台をセンターと横に一台ずつ出すよ」




《ダブルギア・アイギス》✝

ギア2マシン スカーレットローズ

POW3000 DEF3000

【ダブルギア1(このマシンはギア1としても扱う)】

【このマシンの上に置かれたカードの退場時】かわりに、このカードを捨て札にしてもよい。



《ブラット・エース》✝

ギア1マシン スカーレットローズ

POW 0 DEF 0

【常時】自分のマシンの走行距離を+1する。




布陣が築かれる。


遙か格上に挑むための布陣。


「さあ走行だよ。ギアの合計は5、 《ブラッド・エース》の効果で三台全員に走行距離+1。合計は8走行ね」


「オーライ♪ 対応なしにゃ」


深々と刺さる行動も意に介さない。


この程度では、まだ彼に届かない。




ナナミ ゴールまで残り……20→18→15→12




「…………ターンエンド」


「んじゃーにゃーのターン、カードドロー♪」


相手の余裕は全く崩れてない。


別に、この程度で調子に乗ってはいない。


ここまでは前哨戦。


(……来なよ、お得意の必勝パターンで)


攻略するのは、ここからだ。







一方、リアルでのカードショップ。


その玄関先……夜の帳が降りる場所。


カタカタと、地響きが『奴ら』の到着を伝える。


アヤヒ、並び戌井店長は、ここで烏丸ナナミ=殻野瀬クウカの勝利まで耐久しなければならない。


その敵が、どれだけ群れをなして来ていたとしても。


文字通りの死守をしなければ……おそらく三人全員の命がない。


「……来るぜ、店長」


「ああ。気合いの入れどころだな、アヤヒ君」


眼前で、黒の比率が加速度的に増していく。


続々と、公的機関に勘づかれないスレスレの数が集結する。


ぼそり、アヤヒから悪態が出る。


「……ったく、真っ黒が群れて、ゴキブリなにかみてーだな」


「はっ……気持ちはわかるよ」


幾人かは長物で武装している。……どうやら、銃声や火炎などの悪目立つ特徴が出るものは避けているらしい。


その先導。


黒光りするクラシックカーのウインドウが開き……宿敵の顔が覗く。


「────久しぶりだなァ……戌井ィイイイイイイ!!」


「反省してるじゃあないか、登和里さんよォ……ッ!!」


声ならば、多少残っても構わないと思っているのか。


威圧の怒号が、ふたりぼっちの番人を撃ち抜く。





こちらも開戦。


決意を奪い合う戦いは、二正面で繰り広げられるのだ。

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