episode6 ワールドドミネーション
第34話 オペレーション・ラストオーダー前編
旅立ち前の最後の敵は、よいよいだった。
それをアヤヒと店長に伝えた時は、流石にショックで言葉を失っていた。
よいよい……本名を佐々木夜市という彼は、リアルトVR空間との両面から人気を荒稼ぎしていた。
似た例として、女性漫画家と男の娘の『V』という二面の顔を使い分けてた人が居たはずだが、彼の場合はそのキャラとしての同一性を高めたスキームと言えるだろうか。
既に開設チャンネル登録者は8万人を超え、10万の大台に乗るのはもはや予定調和。将来的には何十万ものファンを抱える『伝説』たちに並び立つとされ、界隈からの期待もなかなかに高いのだ。
ゆえに、その人気を脅かす真似はできない。
それは現在のファンはもちろん、将来的に救いうる数十万、あるいは数百万のココロと未来にとって、これっぽっちもよくないことだからだ。
(…………ああ、そうだよね)
状況を確かめつつ、自問自答する。
(だからあいつは最強なんだ……でも、このままじゃあね)
そう思い、ナナミはぬくもりの外へ抜け出す。
止まっては居られない。
前に進もうと言ったのは、他ならぬ自分なのだ…………
◆
「……ん。なに、やってんだ?」
「あ、おこしちゃった? まあ……ちょっと調べものをね」
深夜。
今ふたりは、戌井店長の店舗兼自宅に住みこんでる状態だった。ナナミの自宅だと狙われるし、アヤヒにはそもそも自宅なんてないからだ。
ふたりは店長の作業場を間借りして、そこそこのネット環境を使っていたのだが…………そのため、絶望を知るのも早かった。
「……ねぇ、みてみる? あいつの切り札。つよすぎて笑えると思うよ」
「は?」
呆れ加減の対応に、しかし構わずナナミは画面を指さす。
そこに映っていたのは、よいよいの切り札の姿だ。
《正義執行剣オオミカミ・トラクリオン》✝
ギア5マシン サムライスピリット【ドラゴン】
POW15000 DEF15000
【使用条件︰このターン、他に二台以上【ドラゴン】コアを持つマシンを出してなければ、このマシンは出せない】
【アースシェイカー】【三回行動】
【相手マシンの登場時/可能なら自分のマシン一台を捨て札へ】相手のマシン一台を破壊する。
「…………まじか」
映し出されたのは、いくらなんでもオーバースペックのバケモンだった。
ナナミは画像検索も交えつつ、いくつかの動画を映していく。
「……ほら、この対戦動画とかすごいよ見てコレ。あのルイズを貫通しちゃってるよ」
「ふーん。あの絶対防御オバケが……ねェ」
「しくみをみて、なるほどってなったよね。1ターンに27メモリも動けて、ゲームの始めに初期マシンで1メモリ走行…………だから合計28走行。ゴールまで20から始まるから、ルイズに8メモリ戻されてもギリゴールできるってサンダンだね」
「…………」
アヤヒは、少し疲れていた。
だがナナミは、どこから出ているかわからないエネルギーで満ちていた。
「しかも、マシンでの受け札は出た瞬間に横のマシンと相打ちにさせられる。ルイズのボディーで受けられない理由だ。弾は三発あるからね……。
だいたいのゴールキーパーは効かないかなー。ネットでも、今のプールでの倒し方探しに躍起になってるトコだって」
「……………………」
「……ごめん、語りすぎたかな」
「いや、いいんだけどサ」
アヤヒは、そろそろココロからしてついていけてなかったようだ。
「……ただゴメン、おれにとってサイアクなのはもういっこの方なんだ」
「まだ、なんかあんのかよ……」
「まあね」
うんざり加減で話をきく。
だが、その内容は確かにさらなる衝撃だった。
「────このゲームは一度滅んでる。ヒロインを助けようとしたヒーロー・先駆千里の手によってね」
「…………!」
「ソイツは、今よりずっと広かったVRのカードゲーム世界…………それより、たった一人のヒロインを選んだ。ヒロイン一人のために、世界を一つ滅ぼしたんだ」
世界ひとつより我を通すことを選んだ。
少なくとも今のナナミ達なら、さすがに通さないであろう択。
よいよいが語ったトロッコ問題でも、論外の選択だ。
「どういうことかって? おれらはとっくにサイアクの先を生きてたってワケ。おれたちの大先輩はヒーローであってヒーローじゃない……世界を滅ぼした大魔王でもあるんだ」
「……………………」
「よいよいの言いたいコトはこうだ」言われた事を反芻し、自己解釈する。「ヒーローなんてものは、そもそもロクなもんじゃない……今『物語』に酔ってるなら、それはソッコク終えたほうがいい。それを続けるなら、ヒーロー気分に酔っているなら。いつか世界ってヤツを敵に回すから……ってね」
歴史に学べとはそういう事。
現代にジャンヌ・ダルクは求められていない。ルールを壊して世界が改善する段階は、はるか昔に終わっているのだ。
だから、弱者に多くを選択する自由はない。
「フネに乗れってのはそういうこと。おれ『大人しく従え』『さもなくば死ぬ』の二択突きつけられてんの。笑っちゃうよね、たはー」
「……笑えないジョーク、言ってる場合かよ」
耐えかねた。
耐えかねて、アヤヒが悪態をつく。
眠気と無力感が、分厚いはずの少女のメッキを剥がす。
「オマエが笑うのは、オマエの涙が枯れた『あの日』にケリを付ける時以外ありえねー……そう言ってたろ?」
「……まあね」
「だからもう……笑えないんじゃあねーのか、オマエがさっきと今言ったことが、正しいならさ」
「…………、」
諦めが、零れる。
ずっと戦ってきた彼女が、とうとう弱音を吐き始める。
「もう勝負はついたんだって……そういうコトだろ。アタシら『奴ら』に負けたんだろうがよ……なのに。なにやってんだよ、オマエ」
耐えかねたアヤヒが、吐き出しはじめる。
終わりを受け入れる、言葉を。
「……………………」
その対応はわかっていた。
よいよいとの会話を伝えた時点で。
それでも。
そういうことにしてはいけないのだ。
最後の戦いに挑む、その前に。
「……ねぇ、アヤヒ」
今まで無償の慈愛をくれてた彼女を。
今一度、ナナミ自らの手で溶かす必要がある。
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