第26話 最善を尽くしたケツマツ

「このままじゃ、終われないでしょうが……!!」


時は、血色の夕刻に差し掛かっていた。


赤く傾いた陽が暗く、復讐の面を染め上げていた。


「キャロル……もう勝負はついたんだ。お互い全力でぶつかって、勝ったのはナナミの方だ」


反面、蒼白で止めに行くのはクリスだ。


「タテマエはこいつらが掴んだし、ワルいやつらじゃないってのも理解できた……いいや、わからされたんだ!! やらかしたのはオレ達の方だったって……お前もわかったろ!」


「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!! ゲームを続けるって時点でウソでしょって思った……けどまあ勝つならいいかって、そう思ってたのに!!」


心からの悲しみ。


演技でもなんでもない、裏切られたむき出しの感情。


「なのに負けてんじゃん……挙句、敵の大将にすっかり口説き落とされちゃって。そんなのもうリーダーでもなんでもないじゃない!!!」


「キャロル……ッ」


「クリス……わたし言ったよね!? マスを……わたしの彼を! ぶっ壊したこのカードゲーム……それで悪い事する奴は許せないって!!」


「えっ……?」


ここで反応したのは、キャロルに押さえつけられていた店長だ。


「なんだって……今のは一体どういうことだいキャロル君!?」


「ッ……アンタみたいな夢見がちな大人の仕業よッ!」


キャロルは涙を流しながら、ゴミを見るような目で言い切る。


「ずっと前……カードゲームに妙な信仰をかけてた変人共が、わたし達を監禁して摩訶不思議な現象が起きないかと、バカの実験を繰り返してた」


「な……」


「滝みたいな水流に手を突っ込みながらカードを引いたり、カードの絵柄が擦り切れるまで延々とシャッフルしたり……そんな、昔のウソを本気にしたよーなバカをずーっとね……ッ」


悲痛な言葉に、ナナミ達が反応する。


────ナナミの件はまだ『人を壊す経験を積ませる』という地に足の付いた目的があったし、カードゲームはあくまでその手段に過ぎなかった。


だが世界には……それを主目的に据えてしまうバケモノも居るのか、と。


「そいつらはいつの間にか居なくなった。諦めて捨てて逃げたのか、別のナニカに裁かれたのか。確かめる術は無かったし……わたしの恋人が、マス壊れた向こうから帰ってくる事も無かった!」


組み伏せられたまま、物言わぬマスに気をやり叫ぶ。


それはあるいは、ナナミ達より悲惨な過去だろう。


何も得るものがなく、産まれるものもない、ただただ悲惨な徒労だった。


「報われる事も、この手であいつらを裁く事も出来ないなら…………もうこのゲーム自体の悪に復讐するしかないじゃないッッッ!!!!!」


「「「…………!!」」」


「キャロル……………」


理解はできた。


やり場のない痛みと怒りを抱えて生きるのはとてもとても辛いだろう。


宛の無い恨みに無理やり宛先を書き、手当り次第投げつけたくなる気持ちも、理解できなくは無い。


────だが、過去の為に世界を回してはいけない。


それは必ず崩壊する。


止めなければ…………


そう思い、声を上げたのは店長だ。


「くそっ……アヤヒ君!! 君がなんらかの危険な奥の手を持ってて、気遣いでその使用をためらってるなら……遠慮なく使っていい!! !!」


「ッ!?」


「君はダーツを投げる時の掛け声を知ってたろう……自然に唱えられる程にだ!」


咄嗟の看破が縛りを解く。


「それは大昔のテレビ番組のネタだ……通じるのは僕と同い年くらいまでじゃないか? その厚ぼったい外套も、子供らしくない身体を隠すためなんだろう!」


「ぐっ……!!」


真相暴かれ顔が歪んだ瞬間、バチンと大きな音が弾けてマスが転がされる。


「マスッ!?」


「くっそ痛ェ……ショート回路を使った、ノーモーションで電気ショックを撃てる自作ジャケットだ。ココロはともかく……カラダがアタシらより大人なら、まあ耐えるだろうゼ」


備えあれば憂いなし。


3対3の1人が落ちた。


コレで3対2。


否……


「「「…………ッ」」」


「あ、あぁ…………」


クリスがナナミ達についたから、4対1だ。


じっと向く視線に追い詰められたと知り、手汗で凶器が落ちかける。


そこへ、ナナミが遠慮なく詰め寄る。


相変わらずの、無表情のまま。


「ひっ…………」


「あんたも、あんたの彼氏さんも、悲惨だったとは思うよ」


理解はできる。


共感もできる。


ただし肯定はいけない。


「でも、復讐はさ……」


「『何も生まない』、なんてありきたりな亊言わないわよね!? 現にこうして新たな恨みが生ま……」


「違う。『なにも残さない』」


不意に真理が飛び出す。


反論の余地のない正論が。


「えっ……」


「残せないんだ……とくに現代は。滅ぼす力が強すぎて、産まれたものまで滅ぼすから……なにも残らない。そうだったでしょ?」


「……………………あ」


壊れた笑いさえ、出なかった。


レジ台から、自分がやったことが見えてしまう。


ショーケースを粉微塵にし、ダーツを歪めながらカーテンに複数の穴を開け、床一面に鋭利な破片をぶちまけた。


これを「産まれた」と表現したとして。


そのために犠牲になったのは……この光景の何十倍もの価値であろうか。


意志とともに握力が失せ、凶器がガシャリとレジ台に落ちる。


ナナミは憐れむように、無表情の瞳を閉じて。






ゴ ス ン …………。






「─────コレで手打ちにする……ってコトでいい?」


「そうさな。……どの道、彼女らのような者から、取り立てられるものもそうあるまい」


深々と拳を突き立て、解放した店長からも赦しが出る。


転げ伏せるキャロルは、眼鏡の奥でただただ静かに泣いていた。


彼女らの悲惨さは、きっとナナミの人生ではまだ解り切れないものだろう。


あるいはキャロルは……心も散れず、二人分の絶望がのしかかっていたのだろうか。


それはきっと、本人にしかわからない。


「キャロル…………」


もちろん、彼女のリーダーたるクリスでさえ……。







「クリス・マス・キャロルってくくりはさ……オレが作ったんだ」


「えっ」


日が暮れた漆黒を背負い、償いとしてガラス欠片を掃除しながらクリスが語る。


「モノゴコロついた時から、二人があんまりにも無気力でさ。なんかしらのヤクワリってのがあったらいいんじゃないかってさ……最初は近所のゴミ拾いとかしてたし、その間はマスもそれなり動けてたんだけど、トチュウから……な」


「あー……ま、なんとなくわかるかな。あの復讐心とヒーローごっこは混ぜるなキケンだね」


あるいはそれは、ココロのリハビリとしては良い方法だったのかもしれない。


だがきっと、いのまにか復讐のための集団になってしまったのだろう。


ガワを着込んで自分を保った結果、より欲望の赴くままにと「変身」して行ってしまったのだ。


箒と塵取りを動かしながら、店長は気まずげに問う。


「なぁ……クリス君。ひょっとしたら彼女らは、君のごりょ……」


「ストップ店長」だが無粋は止められる。「彼らは少年武装団クリス・マス・キャロル。……そういう事にしておこうよ」


「……そうだな済まない。わかったよ」


「…………」


……このやり取りに、アヤヒは混ざらない。


なぜなら彼女自身が、彼らの事を言えないほど似た動機で動いているからだ。


ナナミを助けたかったのか、ナナミを助けた恩人になりたかったのか。


それはまだ、彼女自身がわかってない領域だった…………


「ひとつ、いいか」


と、一旦手を止め、クリスが警告する。


「お前ら……この先に進むなら、オレ達をそそのかした男には気をつけた方がいい」


「それって……登和里ケントとか名乗ってた?」


「いいや……ソイツは、妙な名前ついた部隊のリーダーのことだな?」


「……知ってたんだ」


「まあな。しらべたさ、ああいう『奴ら』に利用されるのだけはゴメンだったからな……」


仮にもチームを名乗るだけあって、きっちり策謀は広げてた様子。型通りの警戒はしてたようだ。


「だから違う。ソイツやその部下じゃあまずない。聞いた事ないような声の質だったが……ひとつ、似たヤツを見つけた」


「似たヤツ?」


「ああ。目の前に居る」


はじめて見えた、深緑の瞳でナナミを見据えて。


「お前だ。アレはお前の同族の声だ」


「同族……」


「まあ、気にした事じゃないのかもだけどな……」


傷んだ店舗を見回し、自分を傷つけるように。


「この先に進めるか、わかんないしな……」


「……そうだね」


悲惨な店内。


これを早急に復旧しないとこの店は終わり、ここに通う多くの子供たちにとってよくない未来が待つ。


それだけは避けねばならないのだが、復旧には多額の費用がかかるだろう。


以前に聴いた話だと、ショーケースのパネル一枚で二万程吹き飛ぶとか。……それを最低でも三台分。上下で六枚に加え、散らかったガラスへの警戒レベル如何ではカーペットまでごっそり取り替えることになる。


もしかしたら大工事。


桁の保証すら危うい。


「なぁナナミ……これって……」


「うん……大会用の旅費、ぜんぶなくなっちゃうかも」


もはや、大会どころではないかもしれない。


一刻も早く店を直さねばならない以上、旅立ちにお金を割く余裕はないかもしれない。


そもそも治すのに手一杯で、他を考える余裕もないかもしれない。


コレが復讐。


誰かの何かの邪魔をする……という一点でのみ、ほかの全ての概念を超えるサイアクの人災だ。


そうして、ナナミはこの件をこう締めくくった。


「…………やっぱり、復讐ってダメだね」








─────だが、その復讐を賛美する声があった。


「でかしたぞ、クリス・マス・キャロル!! おかげでアイツらは動けない。唯一のチャンスを、千載一遇を潰したんだ!!」


どこかの個室。


療養中の登和里ケントが歓喜に震える。


それは宿敵を打ち倒した喜びか……それとも安堵か。


どちらにせよ。


「コレで坊っちゃまは烏丸ナナミに会うことはない……やったぞ! 脅威は去ったんだ!! ハハハハハハハハハハ!!!」


状況は、悲しいかな『奴ら』の思惑通りに進んでいるようだ…………






旅立つ翼はねじ切られた。


壊滅的な被害の中、果たしてナナミ達は宿敵 《Archer》が待つ、大会の舞台に辿りつけるのか。






to be continued……

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