episode5 スイッチング・レメディ

第27話 『ある町』の人々・前編

「……うーむ、今日もいい天気にゃー♪」




─────I県M市・聖雪町。


程よく古きよさと市街地が混じり、たまに観光客も来るのだが、それはM市の中心街からのおこぼれに過ぎなかった。


故に、わざわざこの町に住む者は、金が無いか、あるいは理想に燃えて新たに開拓しようと願う者かのどちらかだろう。


この、鼻歌交じりに箒を扱う猫耳娘よいよい(男性)は、現在8万人以上に支えられているため金がないことはありえないのだが。果たして彼はなぜここを選んだのだろうか。


その答えを、これからちょっとばかり探って見るのもいいだろう。







「えっと……風流祝歌かざながれしゅくか、さんでいい?」


「はい……」


「そっちの彼氏さんが増子一太さん、ね。増子だからマスで、祝歌だからキャロルと」


さて、山中の秘密基地にて。


クリスを除いた二人へ、二人がかりの尋問が続く……この二人もまた、大した建設根性と言えたのだが、それは置いとくとして。


「で……コレはなに? クリスからだいたい聴いたでしょ、今さらわたし達に聞くことなんて……」


「あるんだよ。二つほどね。ひとつはあんたらをそそのかしたヤツのコトだけど……」


無表情なままに睨む。


今聞くべきはもうひとつある。


「もうひとつ。増子一太さん……いやメンドイから、マスって呼ぶけど。あんたがどう壊れてるか知りたい」


「なんだと?」


ある種失礼な発言だが、そもそもカードショップを破壊した二人に文句を言う資格は無い。


それに、彼にも利益がありうる話だ。


「おれがここまで来てるのは、自分がコワれてる自覚があるからだ。ケイケンをつんで、自分を直したいと思ったからだ。……あんたとおれを見比べることで、なにかヒントが見つかるかもしれない。

……あんたを直すことだって、できるかもしれない」


「……何を今さら。ぶっ壊れてから何年経ったと思ってるの?」


「それはコレから確かめる」


信じない、といった体のキャロルに、ナナミは決意を込めて返す。


『ダメかもしれない』程度で止まるなら、ここまで走ってきてないのだ。


相棒が、いくつかの道具を持ってくる。


「はじめるよ、アヤヒ」


「ああ、とことんやろーぜナナミ」







「……コレは疲れてるほど数字の桁が多く見えるトリックアートだ」


そして実験は始まった。


サイアクの先へ二人で行くための努力だ。


だが。


「さあ、いくつに見える?」


「「141421356361361898956371…………」」


「いや多い多い!! どんだけ脳みそバグってんだよんな桁数ないだろ!?」


ナナミとマス、二人の病み方は常軌を逸していた。


アヤヒの理解が追いつかない中、壊れた二人の話に造花が咲く。


「えっ……もしかして、左上端の数字から読んだ? こういうのってフツーは中央のだけ読むらしいよ」


「ああ知ってる、前に医者に似たのを見せられてな。この手の捻った版は、そうとう病んでるときだけ見えるらしい」


「なるほどー、うちおかーさんがなんも教えてくれないからよくわかってなくてさー」


「奇遇だな、俺の母も多くを教える前に逝っちまったらしい」


「おいおいコワレモノ同士の会話病み過ぎだろ!? ダンボールに悲惨防止不可って書かれるレベル!!」


ツッコミ入れつつ。なんかもう脳以前の問題なんじゃ、と思いながら実験は続行。


「じゃあ次はコレだ。白身魚の塩焼き。塩はひかえめだけど、フツーはこのとーり……フカッフカに焼き上げて美味しく味わえるハズの……」


「「うーん、味のしないガムみたい……」」


「くそっ……やっぱ味覚も温度感知も薄くなってやがる!」


─────鬱を患ったものは、味の感じ方がかなり鈍くなるらしい。


少なくとも今、彼らの脳に多大な負荷がかかっているのは間違いない。アヤヒが問題なく感じ取れる味覚も、かなり曇ったものになってるのか。


なら、別のベクトルへ脳の舵を切れないか。


「だったらこれだッ!! 『ゴッホの自画像』に『モナ・リザ』に『最後の晩餐』ッ!!……コンビニででっかくインサツしてきたんだ、このド迫力ならちっとは『感動』できるはず……」


「いや……『絵だな』ってだけだ」


「うーん……」


「あぁ、くっそおおおおおおおおおおお!!!!」


やはり駄目。


絵や景色に感動することで心が癒される事は多いが、彼らにはそれも通じないのか。


「……はーぁあ。何するかと思ったら、無駄よ……無駄無駄」


と、耐えかね呆れたようにキャロルが。


マスのことは、誰よりわかっているつもりなのだろう。


「まだお金が残ってた頃、彼を連れ回してその手の療法は試したわ。芸術の本番ルーベンスに行った事もあったっけ……

でもダメだった。今の彼は、普段から『心を失う前ならこうした』ってのを再現して演じてるだけなのよ……愛とかいうのも含めてね」


「…………すまない」


最後に付け加えた言葉こそ、彼女にとって一番の屈辱なのだろう。


それは、人間のふりをしたロボットと呼ぶにふさわしいあり方だ。


彼女の青い外套の奥、黄色い瞳が諦めとともに刺し穿つ。


話のレールをも切り替えるように。


「それにさ、こんな事やってる場合? 店が、アンタらの本拠地が大変でしょ。。こんな所で油売ってるヒマはないと思うけど」


「……わーってるよ」


そちらも当然深刻だ。


ナナミ本来の目的としてはこっちが重要だが、店を立て直さないことにはもっと根本的なところがダメになる。


それを。


「だから、そっちはそっちで進めてんだよ、ばーか」


わかっているからこそ怠らない。


敵を滅さず仲間を増やす意味は、今この時こそ発揮されているのだ。


この町の人々は、そんなにヤワじゃあない。





…………と、ここでナナミが絵を取り上げて。


「ふむ……あらためて見ると、モナ・リザってのもずいぶん……『ジジくさい』顔だよね。ダ・ヴィンチの自画像説ってのがあるのもナットクだよ」


「「……ん?」」


「?」


ふとこぼれた『感想』は、はたして。







「すみませんね……おじいさん」


「いんやぁ、良いってことじゃヨ。……しかし、ガラスをぶち撒いたタイルカーペットと来たか」


一方、戌井店長のカードショップ。


店長と、いつぞやの老店員が修繕状況を判断する。


二人とも、この町で逞しく生きてきたもの達。特に店長は、自らこの店を立ち上げた功績を誇っていいだろう。


老店員も、それを認めるように。


「うーん……土足侵入のカーペットじゃろう? 何も問題は無いようじゃがのぉ?」


「そうでしょうか……転んだ時に引っ掻いたりとか気になるんですが」


「ほっほ、そんな事まで気にしてたら店なんて経営してられんよ。掃除機と粘着テープで取るだけとって、あとは予算のある時に取り替える。……それくらいで行くしかないのさ」


老店員の働く店は、ちょうど中心街との境目ら辺だ。……その辺の忙しない人々を見てる彼が言うなら、間違いないのかもしれない。


だが、問題はまだまだある。


「カーテンも穴だらけか……さすがに片方とっかえなきゃかな。あとはショーケース……こればっかりはなんとも」


「ふむ、それならいいのがある。……どれ、もう来るぞぉ?」


「えっ?」


ぴぴー、ぴぴー、とバック音が鳴り渡る。


店の縁に付けた、トラックの上に積まれたのは。


「デカイ……箱型のショーケースですか!」


「ウチのお古さ。儂は持て余したが、細工が得意の君ならやれるだろう?」


「あ……ありがとうございます!!! なんとお礼をしたらいいか……」


巨大なショーケース・ボックス……言い換えれば、衆目性を伴うアクリルの塊。


それは店長にとって、魔改造の素材でもあった。粉微塵になったガラス部を抜いた『台座』部分と組み合わせれば、あるいは……!!


「いやぁこんなもの……パネルごとにハメ直したり、いいやてっぺんのも客引きのモールドに使えるし……!!」


「いやその……面影くらいは、残してくれると助かるんだけどね?」


「あ、すみません……パーツ取りはそこそこにしますハイ」


さすがにちょっぴり引いてる老店員。


そこへ、トラックの運転席から問うのは……


「……さてと。トラックの位置はここでいいか?」


「あ……まさか弓太朗さん!?」


「ああ、償いに来た」


それは、かつてこの店から転売用の商品を巻き上げた男、花家弓太朗だった。


すっかり反省してタダ働きに来たようだが……少し反省しすぎな面があるようで。


「運んだらとっとと帰らせてもらう。あいにく出禁の身なんでな。敷居はまたがない……だが持ち上げるのはできる」


「……あの、そこまで徹底せんでもいいんですよ?」


「い、いやしかし、約束は約束だから……」


冷や汗をかいたその姿は、いっそ恐怖症かなにかに見えた。


そこへ、老店員が目を付け……


「ちょ、おじいさん……!?」


「ほっほ、せっかく頑張ってくれたんだ。茶の一杯でも飲んで行かんかい?」


「いやここ僕の店なんですが。まあいいですけど……」


言葉に勢いづき、肩を引く力を強めて。


「まあ、許しもでたし。ゆっくり休んで行きなさい」


「いやいや待ってくれ! 俺は出禁の身だから……ぐわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


思ったよりダメージを受けた咆哮が飛ぶ。


ハデな叫び声が、街中に響き渡るのだった…………





戦士たちの傷は深く、カンタンに癒されるものでは無い。


それでも彼らが住まう町には、そこから持ち直すだけの力が備わっていた……!!


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