第24話 vsクリス後編‐A クラッシュ・ライディング
「さあ、どうするクリス? おれのエースを倒すか、なにもせずにトドメに向かうか」
「……………………」
こちらのフィニッシュを前に、ナナミは最大限の揺さぶりをかける。
この時点で、クリスにもわかっていた。
─────これが、烏丸ナナミの上等手段。
無いものを有るように、有るものを無いように見せて、盤面を自由自在にコントロールする。
相手にすればするだけ、こちらが不利になる。
まるでとびっきり甘い毒沼に沈んでいくような感覚だ。
だから、取るべき道は。
「……オレは、ディストラクター・キャラットで走行」
「へぇ?」
相手にしない道。
それこそが、勝利に続く覚悟の道。
クリス ゴールまで残り……5→1
素通り。
本当に止める策があるなら、この時点で打たなければいけなかった。
すなわち嘘。クリスはナナミの策を見事見破ったのだ。
確信を得る。
「やっぱりそうだ。オマエのテイアンに乗れば乗るほど、オレは不利になるんだろう? オマエの切り札に『なにもしない』ってのが……オレの覚悟だ」
「…………いいね」
その覚悟を、ナナミも認めた。
「その覚悟、ワルくないよ」
「そうかよ。…………ウイニングラン、キャラットでゴールだ」
もう終わらせたい。
言葉に取り合わない。
そのまま続ける。
これ以上摂取したら堕ちそうな、甘い毒から逃れるように。
だが、ナナミもなにもこのまま終わるとは言ってない。
「ホンットワルくないよ。おかげでひとつツブされた。…………ゴールキーパー。手札から 《豪鬼の狩り手ルイズ》を出すよ」
「…………!!?」
裏の手でさえ凶悪。
先刻のゲームでは加減し使わなかった、温存していた防御札を切っていく。
《剛鬼の狩り手 ルイズ》✝
ギア4マシン ステアリング POW 0 DEF20000
【デミ・ゲストカード】
【ゴールキーパー(相手がゴールするとき、このマシンを手札から呼び出せる。その後、このマシンの【登場時】の効果を先に処理してもよい)】
【二回行動】
【【ゴールキーパー】による登場時)】相手を8メモリ逆走させ【進路妨害】を得る。
クリス ゴールまで残り……1→9→5
「こい……つ…………!?」
「ふぃー……危なかったな」
8の逆走で勝機を逃す。
やはりナナミは対抗策を持っていた。
しかし、これすら最善では無いという。一番の望みではなかった、妥協の一手だ。
だからナナミは賛美する。
「みせてもらったよ……おかげでおれは、自分から向かっていくしかなくなったんだ」
「…………まだ、ほかの手があるのか?」
「まあね。負け確だったら、素直にコーサンしてるって……まだやれるよ、おれは」
「……………………」
ぐらつく。
致死量が入る。
甘い興味に引き寄せられる。
わかっていても招き寄せる、奇術師の才が光る。
ああ、今の一手さえ、最後の手の前座に過ぎないというのなら。
最後の攻防は、どれだけ熱く切れ味良くあるのだろう……?
「─────そこまでよ!」
だがそこに、キャロルが水を差す。
「なんだ!?」
「……むぅ。もうか」
「将棋の駒のオブジェよ。投げられるものが他にないかと探してた……そして見つけた!」
必殺の重量。
ボウリングボール大の、重重しく木目を重ねたオブジェクト。これを頭部に受けては、だいたいの者はひとたまりもないだろう。
「もうくだらない盤上で戦う必要はない。待っててクリス……肩の調整が済めば、全部カタが着く!!」
「…………な」
それは、おそらく真実だろう。
クリスも、ずっとそのために時間を稼いでいたハズだ。
でも、そうしたら……ナナミとの戦いは半端に終わってしまう。
なのに。
「……あーあ、ここまでか」
なのにナナミは、多くを諦めて手と目を伏せていた。
すぐにあの木の塊が飛んで来るかもなのに、ジタバタもせずに。
「なにを……」
「言ったっしょ、ダメだったらコーサンするって。さすがにアレは止められないかな。……ゴメン店長、おれたちムリそうだ。アヤヒ、いざってなったらダメもとで逃げて」
「ナナミ、オマエ……っ!?」
「くそっ……」
仲間からも驚かれる判断。
もう、自分の生存を切り捨てていた。
自分の人生が終わる時さえ安楽。
達観というよりも、恐怖を感じ取れない欠陥。
それを自覚してたから、ナナミは得るために進んできたのだろうが。
「クリス」
だというのに、敵対者にすら気を遣う。
「おれが逝ったら、この手札を見るといいよ。それだけで、なにをしようとしてたかわかるからさ」
「おまえ…………これからあの木で殴られるんだぞ!? 今がどんな状況か、わかってるのか!?」
「わかってる。だからだよ……モヤモヤしたままじゃツライでしょ。ガンバって追い込んだんだから、ゴホウビくらいないと、ね?」
それでも気遣う。
それは誠意と優しさの種明かし。
絶対に答えを明かすという、奇術師の意地を見せる。
それほどの者を、これから潰すのか。
恐ろしいと思ってた未知を、クリスは理解しすぎてしまった。
このまま全員、ないし店長とナナミを亡きものにして終わったら、盤上の戦いの時は永遠にやってこない。
そんなのは。
「じゃあねクリス。本当に、ワルい時間じゃなかったよ」
─────そんなのはいやだ、と思ってしまった。
「よせ、キャロル」
「…………!?」
毒を飲み干す。
甘い毒に浸かっても良いと、受け入れる。
「待ってクリス、もうわたし達の勝……」
「悪いがここは折れてくれ。過程はどうあれ、クリス・マス・キャロルのリーダーはオレだ。……今は最後まで、コイツとやらせてくれ」
「…………ッ、わかったわよ……ッ」
しぶしぶでも、言葉で部下を下がらせる。
それにより、この場は完全にこの盤面に委ねられることとなった。
どこか、吹っ切れた様子で向き直るクリスに、おちょくるような語彙でナナミが問う。
「ふーん、いーんだ? おれのペースにのって」
「かまわない……そう思わせた時点で、オマエのサクセンは成功なんだろうな」
「……まあ、ね」
呆れたように、自分を嗤う。
心の奥まで溶かされてしまった、そう理解する。
しかし、闘志は消すことはなく。
「それでも、最後の勝ちはゆずらない。……ターンエンドだ、こいよナナミ、最後までとことんやろう」
「えへへ……もちろんそのつもりだよ、クリス」
気安い会釈。
そしてナナミはカードを引く。
期待に応え、仲間を守り、己の目的さえも果たすために。
熱戦は最終局面へ。
最後の攻防が、まもなく始まる。
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