第22話 vsクリス前編 バイトゥ・ザ・ダスト
「─────オレのターン、ドロー」
決死のゲームが始まる。
助けの来ない状況での、一体一の盤上戦が。
「……オレはギア1の 《ステイ・アウェー》と 《アース・ファイア》を出す」
「……ふむ」
相手も同じスカーレットローズ・デッキのようだ。
イメージカラーは赤。速攻のテーマで、最下級のギア1を多用する事で有名だ。
だがこの先の戦術は、ナナミも見た事がなかった。
「そして走行時。 《黄色信号 ルーラ・ハスター》の能力を使う。マシンが走行する時、その持ち主がマシンを三台以上並べているなら……その全てを連携させても良い。
そうしたら、その合計走行距離は7になる」
「…………へぇ」
走行にはギアの数値を使う。
ギア1が三台なら3目盛りしか進めない。
そこを……7目盛りも。
クリス ゴールまで残り……20→13
「1ターン目からこの走行、ね」
この効果は非常にマズイ。
なぜなら、あのマシンは対象を自分に限ってない。
あのマシンが見えている限り、こちらが全力で走っても7しか進めないということだ。
20目盛りのコースは、7×3の走行で走りきれる。そして『三度目』の権利を先に得るのは相手だ。
受け札を使う権利こそあれど、それは相手も同じ事。順当に行けば必勝のコンボなのだ。
……だが、ナナミが注目したのはもうひとつの効果だ。
《黄色信号 ルーラ・ハスター》✝
ギア1マシン スカーレットローズ
POW 0 DEF 0
【マシンの走行時】他に疲労してないマシンが2台以上あるなら、それら全てを疲労させて、連携走行にしてもよい。そうしたら、その合計走行距離は7になる。
【豹変速】ゴールまでの距離が5以下になった時、このマシンカードを裏返し、センターの一番上に出し直す。
豹変速。
あの時、宿敵Archerが使った『三文字』の能力。
最新のパックから出てきた、まだ馴染みの薄い能力だ。
「……それ、新弾のカードだよね。見た事ない能力してる」
「…………」
「つまり、キミは追ってるんだ。公式の最新の供給を。どうやらやっぱり、このカードゲーム自体は気にいってるんだね?」
とっかかりの情報を得る。
そこからが、ナナミの真骨頂だ。
「…………ねぇ。確かにこの店では良くない事が起こったよ?」
「…………」
「だからって、今『奴ら』に立ち向かっている所に、過去に立ち向かってる所に水を刺すのは違うんじゃないかな。……少なくとも、このお店はちゃんと向き合ってると思うけど」
「……ターンエンドだ」
まともな返事はない。
でも、少しづつ揺らぎを増やしていく。
「おれのターン。ギア1の 《ブラッド・エース》に、ギア2の 《ダブルギア・アイギス》を置く。両脇に 《パクリート・ライド》と二台目のブラッド・エースを出す」
繰り出されるのは、偶然にもさっきのターンと同じ展開。
ギア2が二台にギア1一台。
合計のギアは5だが、そこにブラッド・エースの『走行距離+1』の能力がそれぞれに乗っかる
最終的に、8の走行を為せる組み合わせだ。
だが。
『じゃあ走行。ダブルギア・アイギスで──』
「──ルーラ・ハスターの効果。オマエのこのターンの走行は合計で7になる」
「むぅ……いけず」
微かだが反抗の意思。
ナナミ ゴールまで残り……20→13
8の走行が7に減らされた。
反対に、理解は進む。
「……なるほどな。オマエの狙いがわかり始めてきたぞ、烏丸ナナミ」
真紅のマフラー越しに、呼吸のリズムの変化が伝わる。
動揺から鎮静へ。
「このゲーム自体の勝敗は、あくまでオマケにすぎない。この戦いの間にオレを口説き落とせばオマエの勝ちで、その前に打開策を出せればオレらの勝ち。そういう事だろ?」
「…………まーね」
「たしかに、過去にとらわれるのはよくない。オマエ達が立ち向かう花家グループが『今』わるいコトしてるってのも、まあわかる」
あっさり認めたナナミへ、やはりあっさりと相手の理屈を認めていく。
が、それで話は終わらない。
「……だけど、だ。だけどオレも今の話をしてるんだぜ、烏丸ナナミ」
睨みが深まる。
理詰めで全て解決するなら、とっくにこの世は平和なのだ。
「ほかの二人がどうかは知らないが。オレはオマエ達こそが恐ろしいよ」
「……」
子供らしく大きく、しかし鋭く尖った目が穿つ。
無表情な人形細工の、その心境を深く疑う。
「なんで、自分を苦しめた相手と手を組める? さっきその男のバカ力を見たろ、そいつは今でもその気になれば、オマエら二人をカンタンに倒せる。そんな不安定なドウメイってやつを、手放しで信じられるもんか」
「そりゃ、カンタンには信じられないよね」
ナナミはその疑問を否定しない。
その先の行動を疑う。
「……だからって、つぶすの? 山ほどの価値を……この店や、カードごと。真意はともかく……『とりあえず』目的がおなじなら、戦うことないと思うケド」
「カードに罪は無くても、この店に罪はある。だろ? 今日まで持った方がオカシイだろって話だ。ネングの収め時だぜ」
「…………、」
たしかに、あの日は異常だった。
少なくとも店長ほか数名が、今も牢獄の中で囚われてないと嘘なくらいには。
それはそれ、とできる方がおかしいと、ナナミ自身も思っている。
「……ま、ごもっともだね。そこはおれも思ったよ」
「……そういう所だぞ。ならなんでオマエはソイツを味方にできてるんだ」
「……、」
クリスにはできなかった。
矛盾を抱えて進める事が理解できない。
矛盾を知りつつ進める事が恐ろしい。
故に対立する。
「まあ……そういうわけだ……あきらめろ。オレは『オマエ達を』潰す動機がある。どんな策が待っていようとな」
「わかってる」
恨みと怒りの性質くらいは、身をもってわかっているつもりだ。
「だから、こうして戦うんだよ」
それが理解されがたい事も。
己が歪んでいることだって。
それでも、諦めたくなかったのだ。
「オレのターン。三台の連携で7メモリ走行。……ターンエンドだ」
クリス ゴールまで残り……13→6
あっけないターンの返し方。
あるいはドローゴーに近いもの。このデッキの2ターン目とやらは、あまりやることがないのだろうか。
忠告が飛ぶ。
「いいか……次のターンをはじめるなら覚悟を決めろよ。安易に進めるなら、オマエは心の底からコウカイする事になる」
「へぇ、いいこと聞いたね」
その警告を、ナナミは喜んで受け入れる。
機会が増えたんだ、と。
「なら、ここでもう少し話しちゃおうかな?」
一切笑いのないままに。
ナナミは相手のココロへより深く迫る選択をする。
まるで、今やマイナーゲーと化したテーブルトーク・RPGのように。
二人の盤上での駆け引きは、長く深く繰り広げられる。
◆
(……そういう事かよナナミ! たしかに大将を口説き落としゃーなんとかなるかもだが……だがよぉ!)
危険すぎる、とアヤヒは思った。
意図が筒抜けすぎる。現にクリスによって言語化され、部下にも共有されてしまった。
いつ相応の対策を取られてもおかしくない、長話なんてしてる場合じゃないのでは……。
と。
─────カシュン。
「は?」
妙な音がしてる振り返ると、カーテンに何かが当たって落ちていた。
それは少し前、店長が遊戯スペースに置く予定で購入した…………鋭利な高級ダーツだった。
向き直ると、敵兵のキャロルが店長を縛ったまま、残る片手を構えて笑顔で…………
「─────パッ〇ェーーーーロ♡ パッ〇ェーーーーロ♡ パッ〇ェーーーーロ♡ パッ〇ェーーーーロ♡ パッ〇ェーーーーロ♡」
「はっ、早くコイツを止めてくれナナミィーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
謎の呪文を唱えながら
戦局は、火急を告げるほど深刻化していた……!!
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