第40話 ナナミvs■■■■その④ フラッフィー・シフォン・イン・ザ・ドリーム

カラン……と破棄されたナイフの音が響く。


夜の闇の中、事態が膠着している証明だ。


「さてと……もう誰も動くなよ? 人質の使い方を目に焼き付けるんだ……なっ!!」


ガシュン!! と肩口に一発。


「が、あ…………ッ!」


「アヤヒくん…………ッ!!!」


宣言通り、遠慮のない出血。


これまでナナミを支え、数え切れないほどの傷を負った彼女に終末が迫る。


「このぐらいでビビるんじゃあないぞ? こっちにはコイツを五体満足で返す義理はこれっぽっちもない!!」


「て、めぇ……ッ」


もう勝った気でいる切り込み隊長へ、アヤヒの怒りが募る。


掴まれながらも、批難の視線で登和里を突き刺す。


「ったくよォ……オマエら、なんの権利でこんなことしやがる!?」


「あるのだよ。こちらには大義が……な!!」


「がっ……!」


ゴキリ、腕が変に曲がる感覚。


コホンと咳払い、登和里が事の本質を語り出す。


「例えばだ。『お前はナナミを利用するために近づいていた』……なーんて教えこんだら……烏丸ナナミはどうなってしまうだろうなぁ?」


「なんだと……!?」


「例え話さ。……だがそれくらいの衝撃を、人生全てがひっくり返るほどの衝撃を……烏丸ナナミが他者に与えかねないとしたらどうだ?」


最後の最後。


騙し騙しの道筋で、最後の種明かしが始まる。







「……にゃーは手札から、二台目の 《Q・Buster》を出すにゃ」


一方、電子の盤上にて。


こちらでも、熱戦の締めにかかっていた。


「そして一体目……センターに置かれた《Q・Buster》で走行。その行動時効果で、デッキトップを見てドラゴンなら呼び出せる! 当然、三台目の 《Q・Buster》のお出ましにゃ!!!」




【行動時】山札の一番上を見る。それが【ドラゴン】コアを持つマシンなら出してもよい。そうでないなら手札に加える。




「……ずっるい効果してるよね、なんどみてもさ」


呪われた無表情でなければ、苦笑のひとつでも返してたろう。


デッキトップを操作するカード 《ドミネーション・プランニング》で仕込み済みの未来が。


100%の確定ガチャが、よいよいの戦線を強くしていく……。




よいよい ゴールまで残り……19→15




「……きっついなぁ…………」


鉄面皮の下、ナナミに緊張が走る。


この戦いに敗北したら、永遠にArcherに届かない……どころか、世間的価値を失ったナナミは速やかに処刑されるだろう。


あと三手……いや二手で、全てが終わる。







「────あの日……烏丸ナナミを壊した日はな。坊ちゃんにとって……我らが 《Archer》にとって前提条件なのだよ」


「ゼンテイ……?」


その裏で、登和里による種明かしは続いていた。


月光をスポットライトのように背負い、夜の帳の中で高らかに語られる。


「あの日から我らがつけていた、ナナミの観察日記……ヤツが壊れてく有様を知ることで、坊ちゃんは『傷つける意味』を学んだのだ……人は壊せば死ぬのだとな……」


「はぁ……? んな事なんのメリットが……」


「あるともさッ!」


あるいは、その演説のためにアヤヒを拘束したのか。


困惑する子ども達に反し、大人組は苦い顔でその意味を理解してきた。


「『過労死』に『労災』……企業の長は数十を超える命の喪失と向き合う。将来そうなる坊ちゃんにとって、アレは必須の通過儀礼だ!!」


「な…………!?」


────どんなに気をつけても『取りこぼし』は必ず起こるもの。


それは交通事故のように、永遠に0にする方法はない……比率を減らすので手一杯の事柄だ。


故に、どうしたら『そうなりやすい』のかを知るべきだと。


……そのために、ナナミの犠牲が必要だったというのだ。


それが、会社という巨大な箱庭を運営するために要るのだと。


「だからだ! だからこそ奴は死んでなきゃいけないんだよ!! ……そこをなんだ? ひょっこり生きてオンナノコとよろしくやってる、なーんて知ったらどうなるか!!?」


「…………」


「『なーんだ、あれくらいじゃ人は死なないのか』『もっとキツく人と触れ合っても平気なんじゃないか』……と。そう軽く見積もりかねんのさ!!」


「な……」


「そんな思想が!! 我らが花屋グループを、八万の首を統べる大企業を支配してみろ、この世の地獄が生まれるぞッ!!!!!」


信じるゆえの叫び。


彼は己の行いこそが、世のため人のためだと信じていた。


だからこそ何度でも立ち塞がるのだ。


確かにそんな未来が来たらサイアクだろうが……アヤヒは断じて納得しない。


「だからって……だからってあいつをイケニエにしていいってことになるのかよ!?そもそもあんなコトしなけりゃ……」


「いいやなるねッ!! 結果的に死体の数は少なくなる。もっとも……お前らがかったるい反抗さえしなければの話だが……な!!!」


正しいと確信していた。


故に一切、止まらずに凶器を振るう。


「だからお前だよ。お前こそが悪いのだアヤヒ!! お前があの日烏丸ナナミを救ったからこうなった!! 家なき少女よ……お前が助けた責任、その身をもって贖え!!!」


「くっ…………ッ!!」


問答無用。


決して分かり合えない存在だと、登和里は改めて思い知らせる。







無論、こちらも容赦なく進む。


「二台目の《Q・Buster》の走行!! その効果で山札の上を見て【ドラゴン】なら呼び出せるにゃ」


「……………………、」


「ちょーっと早いけど……出て来にゃ。 《正義執行剣オオミカミ・トラクリオン》!!!」


最強の切り札が現れる。


フライング気味の襲来が決着を急かす。




《正義執行剣オオミカミ・トラクリオン》✝

ギア5マシン サムライスピリット【ドラゴン】

POW15000 DEF15000

【使用条件︰このターン、他に二台以上【ドラゴン】コアを持つマシンを出してなければ、このマシンは出せない】

【アースシェイカー】【三回行動】

【相手マシンの登場時/可能なら自分のマシン一台を捨て札へ】相手のマシン一台を破壊する。



よいよい ゴールまで残り……15→11




「……………………、」


絢爛豪華。


明らかなオーバースペック。


単騎で15の走行を成す、終幕の化身。


これを止めねば、何もかも終わる。


「さーて……今からトラクリオンで動くけど、フリータイミングで使えるカードがあるなら今使ってくれにゃ?」


「……よくいうよ、ホントに」


処刑の宣告。


裏を返せば『今でないとフリータイミングの除去は受けつけない』という宣言。


Q・Busterの効果を、一回余分にするくらいなんてことはない。


ここまで来たら、あとは、切り札が三回動いて終いだ。







「ったく……肩に一発、貰うだけの意味はあったかな、クソッ」


「なんだと?」


だが、ここで少女の悪態が出る。


「やっぱアンタらの理屈はカスだって……そうわかったんだからな?」


「……ふん。こちらとしても、ガキにわかってもらおうと話してはいないのだよ。聡い者へ伝わればいい」


もうお互いに、分かり合えないと諦めていた。


だから、豚肉を解体するように死を押し付ける。


「…………もう終われ。これ以上の用はない」


決殺のネイルガンが……とうとう、頭蓋骨につき当てられる。


「なっ……彼女は人質じゃあないのか!?」


「人質だと? もうそんな役割は期待してない。ここでコイツを殺せば……どのみちヤツはもう立ち上がれないだろう?」


あくまで容赦なく。


人に都合のいい立ち振る舞いはしない。


冷徹に。


「まて、やめろ……やめろおおおおおお!!!!」


「言われて止まるものかよ!! 我らの勝ちだ!! 死ねぇええええええええ!!!!!」


完全なる幕引き。


勝鬨とともに、引き金は引かれ──────────






───────バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!







「…………!??!??!!??? ガぴっ……??!!!??」


寸前。


雷光。


焼け焦げるかと錯覚するほどの電撃が、不意に登和里に向けて飛び出す。


「あ……がっ…………ッ?」


「いっつー……知ってんだぜアタシ。そーやって下から順にイケニエに捧げていったから、今の世界は未来がないサイアクにハマってるってよー」


湯気すら上がったのではという衝撃。


多少は痛みながらも……拘束の解けたアヤヒが、逆に登和里を拘束する。


人質戦術、返しだ。


しかしやられた側は、何が起こったか理解してないようで。


「な……今、なに、を…………」


「ははっ……いーだろ? アタシの自作品だぜ、コレ」


アヤヒの切り札、感電ジャケット。


多少着てる側も危険だが、アヤヒを拘束した者への痛烈なカウンターになる。


「う、そだ。インチキだ、唐突だ……」


茹で上がる外道が文句を垂れるが、それは的外れだ。


「いいやトートツじゃねーよ。アタシは過去に一回使ってるぜ?」


「ば、かな、こんなの報告にな…………報告、まさかッ!!」


察し吠える。


唯一、過去に食らった者を睨みつける。


「まさか、クリス・マス・キャロル……コレを報告しなかったのかッッ…………!!!」


「「「…………ッ」」」


「ばーか、ちげぇよ」


勘違いを正してやる。


「人徳足りてねーんだぜアンタ。アイツらをよいよい経由で操ったからこーなったんだ。オマエにはアイツらを導く資格がなかった!!」


「ほざくなガキが……!!」


三人前の批難をのせて。


電気ショックで痺れた登和里を、逆にベアバックで締め上げながら吐き捨てる。


「この世の地獄が生まれる、だぁ? 未来の地獄を止めるために、今を地獄にしてどどーすんだ。そんなだから好かれねーんだよ!!」


彼の理屈に人心はない。


世界のバグを防がんと動きながら、逆にバグをバラまいてるのだ。


心が壊れるほどの不和バグをだ。


「そんなザマで……社会貢献? 世界を回す大企業なら、誰も見下さないシクミくらい作って見せろってんだ!!!!」


「…………ほ、ざくな、きれいごと、お……ぐふっ」


恨み節もここまで。


とうとう、呪詛の底も尽き意識が途絶える。


もう、暴力で阻害できる者は居ない。


戦う相棒へ、魂込めて叫ぶ。


「──────ぶちかませ、ナナミッ!!!」







「うん、遠慮なくいくよ」


「にゃっ!?」


届いた。


間に合った。


全ての枷が解かれ、ナナミの奇策が放たれる。


「────手札からアシストカード 《クライマックス・ラン》を使う」


「にゃッ!!!?」


「捨て札から 《グレイトフル・トレイン》を出す。そして敷き札から 《ダブルギア・アイギス》 《エアリアル》を出すよ」


「にゃにゃ!?」


それは、先人より伝わるもの。


古き伝説が、繰り出される。




《クライマックス・ラン》✝

ギア4アシスト スカーレットローズ

◆自分の捨て札から、ギア3のマシン一台を出す。その後、マシンゾーンを5枠まで増やし、センターの下に置かれたギア1マシンを、空いているマシンゾーンに好きなだけ出す。(増えた分のマシンゾーンは、置かれたマシンが離れた時に消滅する)



《グレイトフル・トレイン》✝

ギア3マシン スカーレットローズ

POW10000 DEF10000

【1ターンに一度/ギア1マシンを自身の下へ】ターンの終わりまで、コストのマシンの攻守を自身に加え、走行距離を+1する。




取り巻きを伴いて出る伝説。


だがここでの役割は、ちょっとばかり泥臭いものだ。


「この瞬間、あんたのトラクリオンの能力が発動。相手のマシンが出た時、自分のマシンを捨て札にすることで破壊する……


「ぎ、ぎにゃ…………」


凶悪なドラゴン達が持つ【アースシェイカー】は、攻撃や効果で選ばれない能力。



「トラクリオンのコストは……可能なら支払うコスト……ッ!?」


「こっちは三台出したんだ。三台みんな、自打球で消えてもらうよ」


つまりは対消滅。


よいよいの切り札達も。


出てきたばかりの伝説も、ひび割れていく。


伝説など乗り越えるものだ、とばかりに。






《────そうだ。そのまま行け、ナナミ》






「ぎ……ぎにゃああああああああああああああ!!!」


切り札が爆散する。


あれだけ恐ろしかった戦線が、一瞬にして瓦解する。


このターンは完全におしまい。


いくつかのカードをいっぺんに捨て札にして。


戦う二人は。


「…………ハァ……ハァ…………ハァ……………………」


「…………ハァ……はひゅ…………にゃっはは…………」


お互い、脳の力を限界まで使っていた。


もう、暴力が邪魔する心配はない。


純粋なる盤上の戦いに。


「はぁ……まだやれるでしょ、よいよい?」


「にゃっはは……あたぼーにゃ!!」


全てが委ねられた。


此度の全ての未来が、託される。

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