第18話 そして、運命と出会う

「……ケッコーかかってるね、聴取」


「ま、なかなかの大事だからなー」


そして、地元の警察署にて。


変装を解いたナナミを含む一同は、ある男が出てくるのを待っていた。……ちなみによいよいは、ナナミを逃がした事で二人分の聴取を受けていた。


─────逆立ちのヘアーの男は、ここで出迎えなければならない。


あのブチ切れリーゼント男がやらかした分を、保護者らしい彼に支払ってもらうためだ。治療費と慰謝料を払って貰わないと釣り合わないのだ。


だが、それにあたりひとつ気がかりな事があった。


「なぁ……あの逆立ちヘアーの人……Q太朗とか言われてたか。偽名にしても雑すぎるが、実は立場が悪い側だったりしないかい?」


「支払い能力が無いカモってか。あのタッパと落ち着きっぷりでか? ナイナイ、むしろ制御できない狂犬に手を焼いてるって感じだろ」


「…………ううん」


それぞれ分析をするが……やはり、得意分野は人によりけり。


店長よりアヤヒが、そしてナナミがより深く察していた。


「ひょっとしたら……偽名やアダ名じゃないのかもしれない。Qの部分は漢字なのかも……」


「は? いったいどんなセンスで名ずけて……」


……とここで、やっとこさあの男が出てくる。


重い体躯をズイッと揺らし、聴取役の人に嫌味を言われながら気まずげに。


「本当に、本当にすみませんでした……示談金はしっかり支払いますんで」


「当然です。まったく……ご実家の太さに感謝するんですよ、さん」


「「「…………!」」」


その字面には覚えがあった。


花家。


弓太朗。


偶然では済まない繋がりに、どうにも因縁を感じる中。


男が、弓太朗がこちらに気付き、よってくる。


「……待たせて済まない。きちんと償いはするつもりだ」


「そりゃもちろんだけど……その前に。あんた、その苗字にネーミングセンスってさ……」


「まあ……察しの通りだ」


とことん気まずげに。


よれっよれの空気感で以て告げる。


「……俺の名前は花家弓太朗きゅうたろう。お前が追跡する、 《Archer》こと花家弓兵衛の兄だ」


「…………だーよね」


思った通りの血縁。


Q太朗と呼ばれていた男は、やはりナナミの目的に近い場所に居た。











「俺は幼少期から、拷問に等しい教育を受けて育った」


舞台は再び、いつものカードショップ。


日も暮れて閉店後。彼の『自供』をムダに警察へ流さないように、それを聞き遂げるのはナナミの仲間たちだけとなった。


なお既に出禁となっている弓太朗は、律儀に入り口の前に座り込んでいた。……逆に目立つ気がせんでもないが、約束を守る気はあるようだ。


モグリ安普請の家庭教師にムダに暴行された時は二度と会いたくないと思ったし、ハギス以下のメシを喰わされて400字詰めの賛美文を書かされた事もあった。変な村の屋敷で、過剰に厳しいマナーを叩き込まれた事もあったっけ。

……全部、将来誰かに媚び、親父を上の立場に押し上げるためだ」


「…………」


壊れるには理由がある。


彼もサイアクな目にあっていた。


サイアクの先を、生きていたのだ。


「俺はグレて家を出た。後に親父が一人でのし上がった時も、年の離れた弟ができたと聴いた時も、もはやなんの感情もわかなかった。……ナナミ君、君と同じだ。俺も壊れちまったのさ」


「…………」


その心境は、それなりに理解できたつもりだ。


あるいは、ナナミがなんの出会いもなく大人になったらこうなって行くのだろうか。


体だけ大きな、空っぽの大人に。


そして、空っぽなりに壊れていくのだろうか。


「……だが、半年前にアイツを……大輔を拾い、後に君の存在を知った時。俺の中に『なんとかしたい』という思いが出てきた。なんとかあのバケモンに近づくのを止めつつ、コイツを養う術はないか、と。……その結果がこのザマだ」


「…………そっか」


まるで壊れたプログラムのような思考回路。


案外、世にいう『普通の人間』なんてそうは居ない。


それはパッチワークのようなもの。どこかしらが壊れた人々の、いい所取りをしたツギハギのイメージでしかないのだ。


ゆえに。『普通の人はこう考えない』なんてものは、現実には通用しない。


だから『どの面下げて』という状況が良く起こる。


「……やっぱりどうやら、俺にはなにも成し遂げられないらしい。だが、だからこそだ。俺は君も、そうなるんじゃないかと思ってしまうのさ」


「おい、アンタそれ今言うのは……」


「いい。きかせて」


無神経からのアヤヒの庇いを遮り。


促す。


新たな経験を得るために。


「…………烏丸ナナミ君。お前の進む道は険しいものだ。普通の人間ってのを演じられるヤツは、そういう道を避けるものだが。その辺君は、どう考えている?」


「…………」


「それに君の進む先は、多くを傷つける道かもしれない。あるいは、目の敵にしている『奴ら』よりも。それでも、君は君の欲求を通すのかい?」


「…………、なるほどね」


いずれは出さなければならない答え。


だが、こんな小さな子供に迫るには酷な判断。


それでも。


だとしても。


「───通すよ」


だが、ナナミは短い経験と欲求から答えを出す。


「進むまえから諦めてたら、なにもできないでしょ」


我欲であるのはわかってる。


黙って倣っていた方が、たいがいは上手く行くってことも。


だが。


「危ないのはわかってる。逆にキズつけるかもってことも。

だから一人では行かない。沢山を巻き込んで、トリコボシってのをないようにして。おれはサイアクの先を見に行くよ」


ナナミには前提があった。


進むだけの前提があったのだ。


「だって……おれはまだ、死にたくないからさ」


「…………!」


そう、生存。


そもそもナナミは、この歩みを止めたら死ぬ。


『奴ら』に殺されるかもしれないし、ろくに面倒を見れない母に飼い殺されるかもしれない。そもそも自分の危機を正しく知るほどのココロも育ってない。


故に進むしかない。


それは、種の存続のための当たり前の欲求だからだ。


少しばかり、呆気にとられていた弓太朗だが。


遅れて。


「…………そりゃあそうだな。どうやら、的外れの心配だったらしい」


「ナットク、してくれたようでなにより、かな」


そうして、弓太朗は誰に言われずとも償いを残す。


ちょっとばかり過剰な額を記して。


「問い詰めて済まなかった。……治療費の小切手だ。邪魔したな」


もうここには居られない。


今生の別れのように去って行くが。


ナナミは。





「ねぇ……また会おうよ。あんたとは気が合いそうだし」






「……!」


有言を実行する。


何もかもから逃げた男さえ、内輪に引き入れようとする。


当然、弓太郎も拒むのだが。


「いや、もう二度と会えないさ。俺は生涯出禁の身だ」


「カードショップなら、ね。……でもぼちぼち、隣によさげな店ができるんだよね」


「なんだと?」


「たっだいまぁーーーー!!!!」


とそこへ、狙ったようなタイミングで今日のMVPがやってくる。


「おかえり、よいよい。……ごめんね、おれのぶんまでおっかぶせて」


「いーのいーの、収益ドバドバの登録者激増だからオールオッケーにゃん♪♪♪ そ、し、て…………」


「な、なんだいきなり…………!?」


帰還した少女(♂)が……よいよいが、取りこぼされるハズだった男の手を取る。


「反省猛省済ませてるならぜんぜんウェルカーム!! ご来店、お待ちしておりますにゃん♪」


「…………、」


弓太朗はあっけに取られる。


ナナミは、烏丸ナナミという少年は。こんな逸材でさえ味方に引き入れて、自分の手が届く範囲を増やしていくのか、と。


こんなどうしようもない自分でさえも、拾い上げるつもりなのか……、と。


微かな、しかし確かな希望を感じ取り、冗談めかすように聞いてみる。


「もし話をする時は……奢ってでもくれるのかい?」


「さすがにムリかな。ワリカンってのにしよう」


「全く……こりゃあ、財布ン中までヨレヨレになりそうだな」


そうして 、あれこれ悩むのが馬鹿らしくなるほどの光に当てられた彼は。


覚悟を決めるように。


「また会おう。大口叩いたんだ、取りこぼしてくれるなよ?」


「うん。その気があるなら、おれはだれも置いてかないよ」


「そうだな……。そのまま進め、烏丸ナナミ」


言い切って、今度こそ景気良く前を向く。


そうしてのっしのっしと帰っていく弓太朗を、ナナミは見えなくなるまで手を振り見送るのだった。










「ケッコーやるじゃん、よいよいサンさ」


そうして、戦後の処理へ。


「ふふふ。オヌシもいい味出してたにゃんよ? やっぱ才能あるにゃんよ?」


「やめてって。ガッツリ燃えっぱなしのガワ着るのはゴメンだよ」


「ぶぅ。いけずにゃーねぇ??? ナカヨクしよーにゃー?」


「……ま、それはやぶさかでもないケド」


信頼とは積み上げるもの。


今回の一件で。少なくとも彼は、よいよいはナナミに悪感情を持ってないと判断できた。


店長とアヤヒもそれに続く。


「……まあ、これからご近所さんになるんだ。仲良くしとくに越したことはないかな」


「ま、既にイイ立場あるよーだし。ここから悪いコトするメリットもねーわな」


「そーそー♪ だから、これからもよろよろにゃん♪♪♪」


おおよそその場の意見が一致。


よって拒む理由もなく。


「そだね……よろしくね、よいよい」


「はいにゃー♪♪♪」


手を結ぶ。


こうしてナナミは、強力な仲間としてよいよいを受け入れたのだった。
















だが、そんな平穏を『奴ら』が許すはずもない。


「ッヒィ!! なんでジブンを……ひゃうっ!?」


「さぁ?過去にわるーいことしたからじゃない?」


「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」


夜闇の過剰な制裁が、今日もどこかで吠え叫ぶ。


「次」はまた、静かに素早く迫って来ていた。





to be continued…………

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