episode4 ザ・レジェンド

第19話 北へ

「なんか…………平和だな」


「平和だねぇー…………」


転売ヤーの撲滅、及び隣の店『にゃんでっと』の開店からから数日。


店長の懐柔から数えたら、半月ほど。


『奴ら』の次の襲撃に備えていたのだけれど、案外やってくることはなく、ナナミ達は割かし平和な日々を過ごしていた。


「お、コーヒーサーバーん中身切れてるぜ。アタシが補充しとくか?」


「いや、僕がやろう。君に紹介して貰った銘柄、装填までさせるのは気が引ける」


そんな、ごく普通の会話をする余裕さえあった。


今はナナミも、隣の店で弓太朗と語らっていた。


そうする余裕がある。


「どんな話をしてると思う? あのフィジカルオバケとよー」


「さぁてな。……ただ、安心はできるだろう。よいよい君はめったな事しないハズだし、万一なにかあっても弓太朗さんは止めてくれるさ」


案外、少しづつナナミ達の体制は磐石になってきていた。


『奴ら』が来ないのもそういう事か……と、勝手に結論付けていたりした。


…………だが、そういう隙は突かれるもので。




─────カランコロン……。




「お、いらっしゃーい…………?」


「どしたよ、店長?」


「いや……やけに見覚えのある髪質が来たな、って。だが、いやまさか……」


「まさかって……おいおいウソだろ……!?」


それは急襲。


思考の隙を突く、意図不明の一手……なのかもしれない。








「それじゃあ、ごゆっくりにゃーん♪」


一方、カードショップの隣のキュアカフェ『にゃんでっと』にて。


たぶん適正年齢以下のナナミと、まったく場所と合わない巨漢・弓太朗は、ミスマッチな空気を振りまきながらも語らっていた。


相変わらずの無表情で、濃いめのカルピスをすすりながら……ナナミから問いかける。


「……にしても、慰謝料のこと。ずいぶんと余分にくれたんじゃない? アヤヒの顔、元よりキレイになってんじゃってくらいに治ったよ」


「別に、大した事じゃないさ。俺がやらかしたことの重大さに比べたらな」


ノンアルコールビールを流し込みながら、ぼやくように吐きこぼす。


反省。


壊れた回路に無理やりねじ込むように、彼はその罪を己に言い聞かせるのだ。


そして、それだけでなく。


「それにだ。忘れちゃいないか? お前は俺の弟を……弓兵衛を追跡するんだろ? 今は 《Archer》名義で活躍してるようだが……」


「?」


「それを追うには先立つものが要るだろう。ヤツとは大会で会わなきゃなんだからな」


「…………あー」


その課題は確かに重大だった。


物理的な問題。かつてこのゲームの主戦場が、VRMMOだった頃にはなかった課題が降りかかる。


「奴が挑む大会は札幌……この国の北部、屈指の観光地で開かれる。君はそこにたどり着き、かつ宿泊しなければならない。大会は二日制だからだ」


「…………、」


さて、移動費自体は実は大した問題でもない。諭吉一人に護衛をつけて飛行機に乗れば、案外すっぽり収まるものだ。


だが宿泊費とか、旅路を補強する費用の方だとかで何倍にも膨れ上がる。


現実という怪物は、幼いココロへ容赦なく襲いかかる。


「気になって少し調べたんだ」


観光マップやスマートフォンを並べ、ナナミがゆくべき道を検索。


そして導き出されるのは、割かし絶望的な試算だった。


「観光地……しかも君のような子供ではネットカフェに泊まるなんて手は使えない。ちゃんとしたホテルに泊まらなきゃだし、それにも保護者は要るだろう。観光客向けの食事も、バカほど高くつくしな」


「ヘタしたら1食1万円とぶんだっけ? ……ま、子供だけで旅するなんてアニメの中でもやらないよね」


「全くだ。アクシデントの対策も絡むとすれば……諸般の費用がどこまで膨れ上がるか、俺にも想像がつかない」


旅の魔力は、財布の紐を引きちぎるほどの強さを伴う。


それについては、もちろんナナミも考えるところで。


「……店長とも話しあってた。当日は出店をだす予定らしい」


「ほう」


「当日のリエキとか、センデン効果とかでもとをとる、らしい。それはおれも手伝うコトだけど……もちろん、予算はカッツカツだね」


「ふむ……どうしたものかな」


現状でも怪しい雲行き。


とくれば、あの稼ぎ頭のオス猫が見過ごすハズもなく……ナナミの肩を撫でる手があった。


「っひゃん…………っ!」


「にゃっははー♪ だーかーらー、その辺はよいよいとつるめば一発解決にゃんよって♪ 全国のオトモダチから湯水のよーに、ってヤツにゃん♪」


「……っ。だーめ。店長がいってた。これくらいへーきって、かるい気持ちでケイヤクすると……あとで死ぬほどコウカイするってね」


「……むう」


紙キレ一枚で人生は狂うもの。……それをこの場の誰よりよく知っていた弓太朗が、気まずげに目を背ける。


「相も変わらずガードが硬いにゃーん? 気が変わったら何時でも言っていいからにゃー?」


「はいはい。変わったら、ね」


つったかたーと歩き去る看板娘・よいよい。……油断ならないが、交渉で動いてくれるだけ『奴ら』よりよっぽど善良だ。


だから、目の前の語らいを優先する。


「……俺は最大限の応援をしたつもりだ。当日出向けるだけの持ち合わせもない。君の護衛はムリそうだ」


「いいよ。そこまで多くは求めない、こっちでなんとかするよ」


「そうか……なら気をつけろよ。当日は『奴ら』も最大限の警戒をするはずだからな」


可能な限りの事はした……そう思い、ニセモノビールをグイッと飲み干してから。


弓太朗は、もうひとつだけ。


「あとは……そうだな。さっきのような誘いは蹴っていい。、烏丸ナナミ」


「……うん、ありがと」


語らいを終える。


濃いめのカルピスが、喉に絡まるイガを押し流した。







「ただいま……どったの、アヤヒ」


「おうおかえり。……いやな? なんか客が来てた……んだけどよォ…………」


「???」


見やると、一枚のカードを見つめる少年が座っていた。




《無限軌道ジャスタング・キャノン》✝

ギア3マシン スカーレットローズ

POW17000 DEF 0

【??????????】

【三回行動】




─────プレイヤーか。


そう判断してから声をかける。


「キミは?」


「あっ、その、えっと……」


おそらくナナミよりも年下。


あるいは、かつてナナミが『サイアクな目』にあったのと同じくらいの歳か。


邪気も何もない、純粋無垢な少年だ。


だが。


「ぼくは…………っていいます。この辺にひっこすかもで、おうち見てるあいだ遊んでこいって、おかあさんが……」


「…………!!!」


登和里。


このタイミングで、ただの偶然は有り得まい。


『奴ら』を率いる頭役、登和里ケント。


その子供と、不意に静かに相対する。

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