第17話 転売ヤー撲滅合戦・後編
結論を言うと、彼らは既に負けていた。
「……買取り拒否ィ!?」
「ああ」
「やはり駄目か、爺さん」
当然の結果。
不良在庫を捌けるべく、別の大きな店舗に駆け込んだ転売ヤー二人だが老齢の店員に拒否される。
やはりあんなネタカードを、わざわざ値段つけて買い取る者はそう居なかったようだ。
ここで逆立ち頭は一歩引くのだが……だがリーゼントはスマホ片手に喰い下がる。
「待て待て! ホラこれ! 大手のインフルエンサーがこーんなに推してるんだぜ!? 今が買い時ですって!!」
「ほっほっほ、そんなガセネタに引っかかる情弱はそう居らんよ」
この時点で、リーゼントの男は気づくべきだった。
少なくとも、逆立ちヘアーは察して引いていた。
老齢の店員は、過去を懐かしむように語っていく。
「普通はわかるんじゃよ。ルールを完全には理解してなくても……何となく『ああコレダメだな』って雰囲気が感じ取れる。それは元祖から続く空気感さ。TCGプレイヤーなら、そんなものを読み取るスキルがあるんじゃよ」
「嘘だ……じゃあSNSでみんなして買うしかないって言ってんのは!?」
「当然」
そこで店員は一度目を伏せる。
逃げるなら今だ、と慈悲をかけるように。
そして、まだ立っていたリーゼントの男に通告する。
「……君達のような者を乗せて痛い目に合わせるためさ。……そうだろう? ニワカ知識の転売ヤー君」
「…………なっ!?」
ここで、さすがのリーゼントも、やっと雲行きの怪しさに気づいた。
─────かつて、転売に苦しんだプラモ界隈が、突如あるプラモデルを買わないでと叫び始めた。
それは関節もガタガタ、全くの不出来な作品だったのだけれども、それを信じた転売ヤーはまんまと買い占め売ろうとした。
結果、まるで赤ずきんに出てくる、石を鱈腹詰め込まれた狼のように、その悪事の体制を崩して行ったのだが。
─────今まさに、リーゼント男こそがその状態に陥っていたのだ。
「そしてどうやら、君たちはやはり、我々が受け入れ難い害虫らしい…………彼らが言った通りにな」
「クソッ……あんま舐めてんじゃあないぞじいさん!! それ以上言うと……えっ? 彼ら?」
「彼らじゃよ。ほれほれ、すぐ後ろに立っとるよ」
「えっ……」
その言葉に言葉に、恐る恐る振り返ると。
そこには。
ザッ…………
「それじゃあ、あとは頼んだよ若人諸君」
「うん。まかされたよ、おじいちゃん」
銀細工のように輝く白髪と、綿菓子よりも甘く煌びやかな桃色。
並び立つ二人は、見目麗しく他を引き寄せ圧倒する。
それは処刑人の圧だった。
まるで激しいロックでも演奏しているような処刑の圧だった。
あの二人の配信者が、絶対に逃がさない意志を込めて君臨していたのだ。
もう老店員は奥に引いていた。出入口を、つまりは退路を塞がれた格好となり、汗をダラダラ流すリーゼントだが、とりあえずは話をしてみる。
「よ……よぉ二人さん。お会いできて光栄で……こちらにはどんな用事で?」
「ふむ……こっちはまったく会いたくなかったけど、仕方なくね。……とりあえず、ここからブジに出れるとは思わないでね?」
「お、オイオイ通せんぼってわけかい。どこのどなたかよく知らないが、そんなペラッペラのバリケードでイキリやがって……」
まだリーゼントは余裕を取り繕うが、二人は、特によいよいはむしろ余裕たっぷりだ。
「うーんにゃ、こっちは十分に分厚い備えをしたつもりにゃんよー?」
「やめとけっての……俺が女子供だからって手ェ抜くと思ったら大間違いだぜ? なぁ……ちょっとどいてくれるだけ、カンタンだろ?」
「はっ……女子供ときたにゃ。やっぱりオヌシ、人の話を聞かないタチにゃんねぇ?」
呆れ顔だが、その意味をリーゼントは理解していなかった。
理解していたら、こんな悪行に手を染めない。
「はぁ? 何言ってるか分からねーけど……そこを通さないってんなら容赦はしねぇ。押し通るだけだ!!」
言って、腕を振り強引に脱出しようと駆け出す。
しかし、二人はくるりと身を捻り、妙に身体を寄せて…………
「…………は?」
…………ふにゅにゅん。
「……ッ!? 」
密着した下半身から伝わる違和感に恐怖。
『彼ら』が女性なら、決してありえないハズの感触が伝わる。
「どーしたにゃーん? もっと触ってもいーにゃんよ……あふん♪」
そしてリーゼント男に、一気に青筋が走る……まさか。
「ナマ……ッ! ナマあったけぇでっぱりがァーーーー!! お前ら、まさかおと……ッ!!」
そう、彼女らは『彼ら』だった。
男の娘系配信者のよいよいこと、佐々木夜市。
そしてご存知我らが主人公、柄野瀬クウカもとい烏丸ナナミ。
彼らは確かに、少女とは言い難い二人であったのだ!!!
そんな、本来今更すぎる反応を見て、よいよいは苦笑で返す。
「うーん、リスナーのみんにゃはゴゾンジの事なはずなんだけどにゃー? ほれほれ」
「てーかさ。きょうび、配慮が足りてない発言じゃない? ……ま、たしかにそこらのオンナノコよりキンニクの量は多めだけどね。ほら」
「うぉああああ!!! ああくそっ、見た目よりずっと力が強ぇ!!」
ナナミもまた、あらんかぎりの技で締め上げる。
それは、大真面目な喧嘩よりはよっぽど軽い締め上げだったけれど。想定とのズレに加えて、生物的嫌悪を伴う責めは、彼を容易く拘束するのだ。
たまらず尻餅をつき、えらく無防備に……光景だけなら羨ましくもある被・マウント体勢となる。
少なくとも、7.5万人にとってはゴホウビもいいとこだろう。……だが、リーゼントにとっては冗談ではなかった。
「おい待て勘弁してくれぇ!! 俺はソッチの趣味ねーんだよぉ!!」
「シンパイしなくてもソッチにゃ行かないよ。……さて、奥にはわれらが店長も控えてるし……コレでゲームセットかな」
「頼みの相方さんにも見捨てられたようだしにゃん?」
「えっ店長?? えっウソ助けてくれねぇの!? うっわホントだ居ねぇ!!」
そう。逆立ち男は察しが良かったので、一足先に脱出していた。
いつの間にやら孤立無援。
更に、後ろに座す大男からゴゴゴゴゴ……というプレッシャーまでかけられている。
チェックメイトというヤツだ。
色々と精神ダメージも受け、リーゼントは自己弁護のフェイズに入る。
「…………おい待て、お前ら何する気だ? 俺はその……そうだ買い物! 買い物しただけじゃあねぇか!! まだ拳は叩き込んでねぇ!! まさか誰も傷つけちゃ居ない俺を一方的に殴るとか……無いよなぁ?」
「「……………………」」
「おーい? お二人さん???」
この期に及んでノーゲームを訴える男だが、もちろんそんなものは逃げるための方便でしかない。
それをわかっているからこそ、ナナミ達は容赦をしないのだ。
「……ホントに、売り買い以外してないってなら……あれはなぁに?」
「えっ……?」
そこへ、最後のピースが来店する。
現れた子供がフードを剥がすと、そこには。
ぐっしゃりと……ぐっしゃりと痛んだ顔があった。
「なぁ……このぶん殴られてひん曲がった鼻を見ても言えるかよ?」
「オマエ……さっきの……ッ!?」
そこに立って居たのは、リーゼント男の気晴らしで殴られた少女、アヤヒだった。
そこそこの傷跡になりそうな打撃を受けて、しかし脅威の精神力でここまでやってきたのだ。
「アソコで話しかけた時、頃合い見てネタばらしする予定だったんだがよォ……」
彼女はあえて血がびっちゃりのままの顔で、怒髪天の迫真を以て吐き捨てる。
明確に、リーゼント男が悪人だと分からせるために。
「あそこで追撃貰ったから……オマエが誰かれ構わず殴るヤツってわかっちまったから! もっと痛い目合わせないと釣り合わなくなっちまったじゃあねぇーか!!」
「あ……アガッ…………」
完全におしまい。
もはや何をやっても助からない状況で、リーゼントは。
リーゼント男は。
「は……ハハハ……」
「あーあ。笑ってる、場合かどうか……」
気の抜けた笑いを零し、嫌悪される。
やはりナナミは、悪の笑いを嫌悪する。
あるいは、己が取り戻すその日まで。
「考えておけばよかったのに。そのぶっといウインナー乗せたみたいな頭でさ」
…………プツン。
「テ……メーェエエエエエエ!!!!」
「えいっ」
「んぶーーーーーーーー!!!!」
それは、最後の悪あがきをと殴りかかった男への見事な迎撃だった。
─────転売ヤー・西条大輔、鉄拳制裁にて手打ち!
ココロがガタガタになった所に入ったアッパーカウンターは、実力差を簡単に埋めて深々と突き刺さったのだ!!
「アッビャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
断末を叫び、その場に転がる男へそれ以上の打撃はもはや不要。
公衆の面前にてそこそこ名の知れた配信者を襲った彼は、駆けつけたお巡りさんにタップリ絞られるのはもちろん、以後しばらくネットのオモチャにされる運命を背負うのだ。
一方、正当防衛とは言えど、公衆の面前で人を殴った不安は全て、柄野瀬クウカという架空の存在がおっ被る事となる。故にに不安は、ぜんッぜんないと言っていいだろう。
そして…………
◆
その相方は、遠巻きに事態を眺めていた。
「大輔。深入りは禁物だぜ……」
言って、クールに去ろうとしていたのだが、当然逃げ切れるハズもなく。
「あ〜すみません、お宅の大輔くんがやらかしまして……ちょっと署までご同行を……」
「……全く、よれよれだぜ。心までよ…………」
もちろん保護者の彼も、本職にみっちり絞られる事となる。
今回の件はカードショップの広域情報網に伝わり、大輔共々生涯出禁となるのだった…………!!
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