第13話 サイアクの先に咲く花を射抜け

「ひゃあ、ううう、ママぁ……」


「だから、おれはママじゃないって……おきてよ店長……」


依然、秘密基地にて。


激戦に勝利したナナミは、敗北し酩酊した店長を助け起こすところだ。


先ごろからママと連呼されるも、マヌケな寝言だと思っいろくに取り合わなかったのだが。


「……ごあっばああああああ!! やめてぇぇぇ!!!!」


「えっ…………」


「ぶたないでママぁ……いい子にするからぁ……ううう……」


「…………ッ、まさか」


不意の哀願に、ナナミの魂が曇る。


あるいは幼少期の記憶。それがぶり返して居るのだろうか。


……母親の記憶は、ナナミにしたってロクなものが無い。


どうやら店長、ロクでもない幼少期を過ごしてきたらしい。


当たり前だが、誰も過去があるものなのだと改めて知り。


ナナミは。




…………パチン。




「痛ァい!!! ……っ、あれ……痛くない?」


「ねこだまし。……やっと正気にもどったかな?」


ようやくの現世復帰を許す。


キョロキョロと辺りを見回し、現状を理解しようとしてるようだ。


「なんで……僕は無事だったんだ?」


「ああ……おれがデスマッチって言ったの、だいたいウソだから」


「ウソぉ!!?」


「もっというと、ハリボテだったからかな。ショージキ、ツケモノ石が降ってこない時点でバレるかと思ったよ」


ちなみにベニヤ板はベッケンで割れたやつ、としれっと言いながら証拠を見せる。


「……ほれ。これがさっきまでぶら下がってたモノの正体だよ」


「これは……ダンボールに、アルミホイルっ!? こんなもので騙されてたなんて……」


フカフカッ……という擬音が似合うほどの、シャンデリアもどきの柔らかな手触りに困惑する店長。


明かりの角度と光量を絞れば、縛られた側にはわずかな金属光沢しか見えない。


ナナミはアヤヒと一緒に、ほんものナイフに見えるまで何回も調整を重ねていたのだ。


すっかり騙されていたと知り、店長は妙な納得感を得る。


「そりゃあ、こんなの落とすのになんの躊躇いもないわな……」


「……ただま、コレを本物だと思ったまま向かってきたのが店長なんだけどね」


「……ッ!!」


ここで、自分がさっきやった事を自覚する。


しかし一瞬遅れて自己弁護が飛んでくる。


「そりゃ、おまっ…………あんな風に脅されたらそら……ヤルしかなかったろう!! 他に選択肢なんてなかった! ……だよね!?」


「そうだけど?」


「はへぇ!?」


あまりにもあっさり認める。


「そうなんだよ店長。あんたには自由がなかったんだ……おれがこんなコトする前からね」


「えっ……僕が……?」


いよいよやっと、本題に入れる。


このための長いデスマッチごっこだったのだ。


すぅ……と息を吸って。


見据えて。


「……アンタはずっと、矛盾したことを言ってるんじゃないのかな。大人の理屈と話しながら……人にすすめてるコトはまるで、聞き分けのいいガキのお使いだよ」


「え…………?」


「ほら、わかってない。誰かの言うことを大人しくキく……それを『大人』だと信じて自分で選んだ、と……『思わされてる』んじゃないの?」


ナナミはあくまで無表情だ。


しかし、そこには確かな呆れと、その上での慈愛があるようにも見えた。


……まるで、二次創作でトロットロに溶かされがちな、ダウナー系の毒舌アイドルのように。


口汚く罵りながら、文脈を整理すると愛しか残らないような。


「あの日、おれは店長に補給を受ける『奴ら』と戦った。それをもって『奴ら』は共犯者と呼んだ……のかな?

でも違うでしょ。あんな黒スーツの束に囲まれたら、店長だって逆らえるハズがない。

選択肢がなかったんだ。……それを自分で選んだ、ように思わされてる」


「……………………」


そんな調子で口説き落としてく。


実際、そうだとしか言えなかった。


あんな状況に追い込まれて、果たしてどこの誰が抗えただろう。


だが、そこからの答えが出てこないのが店長だ。


「それが本当だとして……どうすればいい。相手は敵に回すには大きすぎる。特大級のブラック企業だ……こんな吹けば飛ぶような店なんて、いったいどうやって抗えば……」


「確かに、真正面からケンカ売るのは賢くないかもね」


店長の批評はもっともだ……そう受け止めた上で。


代案を。






「……だったらいっそ『味方にする』ってのはどう?」





突拍子もない提案。


しかし希望への道を提示され、店長も面を食らう。


「なん……だって?」


「逆に考えるんだよ」


本題の本題へ。


正しい道へ。


「おれはサイアクの先を見たい。そしてこのテツメンヒを剥がして、泣いたり笑ったりできるようになりたい。……でもそれにはきっと、時間もケイケンも沢山要る」


むにーーーー、と柔らかな表皮をひっぱり、それが揺るがないことを証明してから。


「だってのに……『奴ら』は絶え間なく、あの手この手でおれを、あるいはあんたさえ追い詰めようとする。そんなのはイヤすぎるんだ」


継続を。


動機の補完を続けて、味方であると示し続ける。


「だから『逆に』考えたらいい。逆に彼らをケイケンの足しにすればいいんだって。こっちの仲間に引き入れて、一緒にケイケンを共有できるようにしたらいい」


「…………!!」


攻めの姿勢。


敵対しそうな者さえも、味方にしていく発想。


なにかを成し遂げる者に必須の、挑戦者の素質。


それを、ナナミは持っていた。


故に、的は間違えない。


「そんなこと、可能なのかい……?」


「たぶんね。おれは『奴ら』のお坊ちゃまを射抜くつもりでいる。レーサーネーム『Archerアーチャー』、花家グループの御曹子、花家久兵衛を」


「……!」


それが最終目標。


目指すべき最終地点。


「ナゼかアイツらは、おれとアイツを会わせたくないらしい。……だったら話はカンタンだよ。おれがArcherとガッツリと接触した後なら、もう手を出される理由は無くなる。手遅れだからね」


「……………………」


確かに、と思った。


彼らの行動の柱を引っこ抜けば、この一連のバカ騒ぎは収まるはずだ。


「だからさ……よかったら、おれに協力して欲しい」


だからこそ、そのためにナナミは動く。


「これが上手く行ったらあんたも、もう『奴ら』に怯える必要はないでしょ。おれは店長にも……戌井さんにも、生きてほしいな」


「僕は……僕、は…………」


恐怖だけの日々からの解放。


忌むべき流れへの断絶。


輝ける道を提示されて、店長は。


店長は──────────











─────カション!!







「かっ、は…………!?」


迷う間を、一発の釘が中断する。


「ナ、ナナミ君ッ!?」


「やーれやれ。急所を外したか。やはりネイルガンは精度がイマイチだな」


「……! 君、は…………」


ガサッと入ってくる男は、黒スーツにサングラスの大男。


『奴ら』のリーダー格、登和里ケントだ。


その背には、黒い髪の少女が担がれていた。


「アヤヒ君……っ!?」


「ワリ……やっぱコイツ……強…………」


「ッたくこのガキ、最後まで口を割らなかったんだぜ。おかげでこんな山奥くんだりまで、ガキ抱えて反応見ながら来るハメになっちまったじゃあないか……クソッタレ!!」


負担の限界か、肩を休ませるべくアヤヒを投げ捨てる。


そこでアヤヒの意識も完全に落ちた。


大人と子供の差は残酷だ。


『遊び』に付き合わせて、肩で息をするほど疲れさせる事はできても、結局生殺与奪を握ってるのは大人なのだ。


そう信じ、同じ大人としての目を登和里は向けてくる。


「…………だが、だがだ店長。君は十二分に役割を果たしてくれたよ。この厄介な二人の子どもを引き剥がして、たっぷりと時間稼ぎしていてくれたんだからね」


「……………………、」


肩に置かれる腕に嫌悪感。


足止めしてる間に『彼ら』に助けてもらう。


それは店長が当初願ってたルート。


しかし、今は。


今は。


「……その子らを、どうする気だ」


「あ? 殺すよ。決まってるだろ? こんな不穏分子を残しておいてなるものか」


「……ッ」


残酷を確かめるように、続きを。


「なら……これを見た、僕はどうなる」


「何言ってるんだ、一番の功労者を始末する訳ないだろう? ……これからも頼むよ、我らが共犯者君♡」


ぽんぽん、と肩を叩く手に、ウジ虫が這い上がってきたような寒気を感じて。


先程の言葉を思い返してそうして、


考えて。


考えて。


考えて……………………。






『誰かの言うことを大人しく訊く……それを「大人」だと信じて自分で選んだ、と……「思わされてる」んじゃ─────』






「…………次はいつ『かかって』来るのか」


「あん?」


「それにずっと、怯えながら生きるってのかい、僕は?」


考えを変える。


サイアクな未来予想図しか出ない道を避けるため。


弱い自分を、断ち切るために。


「そらそうだよな。これからもってのはそういうコトだ。そらそうだ、こんな便利な駒はそうそう居ないもんなぁ……」


「店長、お前なにを言って……」


そうして、あくまで役割でしか呼ばない登和里を咎めるように。






「……冗談じゃない。こんなの今日限りだ」






ギロッ!! と目つきが向くのを見て、登和里は一瞬ゾクッと来て。


「ほう! 向かってくるのか……柔道黒帯、社内格闘技大会でも一位の、この登和里ケントに向かっ」




ゴスゥッッッッ!!!!!




「んぶ……つ、強い……!!!?」


一転、凄まじい後悔に落ちる中、一人の男に戻った大人は語る。


「思い出したんだ。物事とは肩書きで押し通すのではなく、行動で解決するものだってね」


一発叩き込んでから、語る。


本当にやるヤツは、何も言わずに実行する奴だ。


やって、わからせてから語らう奴だ。


「僕の名前は戌井ヒコマロ。店長ではなく一人の男として、これから君を殴り潰すからな」


「待て待て待て! 正当な報酬なら払うに決まってるだろう!! こんなチンケな店じゃなくてデッカイ所を任せてもやれる!!! だからな? な? 今だけは抑え」


「もう遅い!!! 何を言っても……」


もう心は決まっていた。


大きく息を吸い込んで。


幕引きを。











「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァ!!!」


「─────ゴァッッッッッッッッッッッバアアアアアアアア!!!」









こうして、128発の鉄拳によって此度の幕は降りた。


登和里ケントは竹藪の槍まで吹っ飛ばされて、体力ゼロで呻くのみ。


しかし意識あり。当面の間、花家グループの治療機関での療養を余儀なくされるのだった。


そして、店長こと戌井ヒコマロは…………!!


「……あれ、生きてる…………アヤヒまで…………」


「気がついたか……待ってな。すぐに病院に連れてってやるからな」


「ったく……あそこは逃げても、折れたってよかったのに」


「バカ言え。あそこで折れるような奴に、大人を名乗る資格なんてあるもんか」


「…………えへへ」


心に積もりきった淀みが晴れ。


太陽の如く輝くココロで、ナナミ達への協力を決意するのだった…………。






to be continued……

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