第5話 金色に光る地平を駆けよ

「クソッタレ……なんだったのだ……ハァ……あのガキは……ッ」


一時撤退。


負傷した仲間を引き上げさせ、状況の整理を始める。


戦闘に駆り出せるのは当初の半数そこらか。


だが策ならある。


ごそりとダッシュボードを探り、この状況に適した武器を取り出す。


「隊長、それは……」


「催涙ガス弾だ。ちっとばかし狼煙が上がっちまうが、あの部屋のサイズならこれで無力化できる。足でまといになりかねなかったが、コレで奴も終わりだろう」


悪夢から一転、安直な勝ち星が見えかける。


だがその時。


「た、大変です! 奴が……奴がタクシーを利用して逃走します……!!」


「逃走だと?」


眉間に皺が寄る。


どこから金を工面したのか、そんなことはどうでもいい。


大事なのは……


「……クソッ。勝機があるならあの家に籠っていればいいハズだ。あのまま我々が徹底抗戦していたら勝っていたというコトか……?」


「違う。現実を認めろ」


一人、冷静に分析する。


「ヤツは敢えて……ッハァ……俺たちを一度見逃したんだ。我々全員に恐怖を持ち帰らせ、援軍とのキリのない戦いになるのを阻止するためか、あるいは」


頭を回す。


回して状況を整理する。


「あるいは、自宅が血に沈むのはヤツも不本意だったか? 流石に自宅で殺人未遂はマズイと踏んだか。いずれにせよ、奴はこの先もハッピーに暮らすため、敢えて手を抜いたんだ。クソッガキが、俺たちをナメやがって……」


イラつきが皮膚を突き破らんばかりに膨れ上がる。


だが、コレはチャンスなのだと思い直す。


「フゥーーーー……追うぞ。ヤツ本体の能力は、ひよわなガキでしかないハズなのだ。目的地に罠があったとして、正しい配置に付くまでは無防備のハズだッ」


あくまで冷静に事態を見る。


負傷は深刻だが、ここを逃せばさらに厄介な布陣を敷いてくるのは目に見えていた。


「追い詰めるんだ!! ヤツが更なる奇策に守られる前に!!!」


「「「り、了解ッッ!!!!」」」


と、部下の一人が意見する。


「……しかし、広い戦場でも持ってこられたら催涙ガス弾もあまり意味が無いのでは?」


「お前は何を言ってる。奴の自宅でさえなければ、もっと良いのを使えるだろう」


と……ジャキッ、というあからさまな金属音が部下達を震え上がらせる。


「そ、それは……」


「結局、この手の武器が全てを終わらせるのだ。暴力の世界ではな」


重く堅い引き金が、盤上を望む子供への最大の敵となる。










「廃倉庫の群れ……か。随分と、おあつらえ向きの場所に停めるじゃないか」


タクシーは向こう側に通り抜けた。


あるいは登和里の一団に捕まえられないようにするためか、たとえ違おうと。


白い背中を捉えた、その事実が重要だ。


「見えた。奴がいる!!」


タクシーの無事を有線したか、彼は目的地のすぐそばでは降りなかったようだ。


降りて追うか。


否。


「いや面倒だ……このまま轢き潰す!!」


「えぇッ!?」


恐れる助手席を無視し、アクセル全開で突っ込もうとして。


不意にブシューーーーーーーッ!!! と異音が響く。


続いて制動を失い。


激しい金属音。


「なんだ、制御が……!?」


「まきびしだ!! 今そこにたってたガキが、なにか尖ったもん投げたのが見えましたっ!!!」


「んだと……ッ!?」


投擲。


下らぬ小石程度の妨害だが、盛大にスピンし向かい側の倉庫に突っ込む。


爆発。


炎上。


間一髪、部下ごと引っ張り転げ出た際に更に棘が突き刺さる。


「い、いてぇぇぇええええ!!!」


「ぐ……くっそぉおおおおお…………ッ!」


これ以上踏まないよう立ち上がり、一つずつ菱を引き抜く最中。


爆炎の向こうから、陰鬱加減に寄ってくる影が居た。


「…………よォ、久しぶり」


不敵に笑う、黒髪ロングでパッツンの童女。


「お前は、ナナミを焚き付けやがった……」


「いや、まさか……あのガキ前にも見覚えがある!」


「なんだと?」


「エキストラだっ! 孤児院から締め出されたガキをカネで雇った……そのうちの一人だ! 苗字不明の……アヤヒってガキだっ!!!」


やれやれと目を伏せる、青黒い少女の動機。


負い目。


先程から語っていた部下が、この期に及んで交渉の真似事をする。


「……なんだい嬢ちゃん? 諭吉1枚じゃまだタカり足りなかったってのか?? ほら追加が欲しけりゃやるからさ……」


「いや別に。充分だったとは思うサ」


勿論アヤヒも、そんなもので揺らぐ段階でない。


「『合図の時まで遊ぶフリをし、合図が来たらナナミに気づかれずに去る』。コトを起こす罠を整える、たったそれだけのシゴトにしてはナ」


煮えたぎる「何か」を抑えるように。


つり目がちの目を更に尖らせて吐き捨てる。


「だが。その後『何が起こったか』知っちまった以上……もうじっとはしてられないってことかな」


「……そうか」


その言動に、登和里は一度目を伏せ。






「じゃあ死ね」


────カシュンッ






「「「!!?」」」


ほとんど無音で、弾丸ではない「何か」を射出する。


間一髪アヤヒの頬を掠め、そこらのトタン壁に突き刺さるのは……一本の釘。


「イッ─────とっと!?」


「チ……ネイルガンは知ってるな?」


意趣返し。


アヤヒが更にばら撒くまきびしを避けながら、徐々にクセの強い照準を合わせていく。


「空気圧……あるいは電力で釘を打ち出すマシンだ。もとより拳銃よりはマシな騒音だが、俺のは特注でさらに静かに作ってある。ゾンビモノでもたまに武器になってるが…つまりそういう事だ。当たったら痛い痛いじゃあ済まんぞ」


「クッソ……」


さっきのお返しとばかりに、ムダな知識を披露して。


「ターゲットの実家じゃ血を残す訳にいかなかったからなぁ温存してたんだよ。それでも、持ってきて正解だったがな」


「ま……待ってください登和里さん、殺すのは烏丸ナナミ一人だけのハズ────」


「オマエ五月蝿いぞさっきからッ!!!」


「ひ、ヒィイイイイイ!!」


日和る部下へと激昂する。


カシュシュッッ!!! とマシンガンのような速度で打ち出される、釘の雨あられの根本で。


精度は今ひとつな上、喋りながらではなお当たらないが……それでも登和里は説き伏せるべきだと判断した。


「いいか良く聞けお前ら。奴を、烏丸ナナミを殺すとキメた時点で、どれだけの巻き添えが出ても誤差と思わなくっちゃあ行けないんだ!!

『絶対』ってのはそういう事だ……目的が手段を浄化し世界をも壊しうる!! どこの誰をも犠牲にしうる、本末転倒の馬鹿を生み出すんだ!!」


「おい、オマエ……ッ」


「だがそれでいい…………俺たち一兵卒の場合はな!!!」


恐らくはアヤヒが、最も嫌うタイプの論をブチ撒きながら追い詰めていく。


そうして倉庫に入る寸前。


とうとう正しく照準が合う。


「…………くそがッ」


苦々しく歪む、少女の面を一瞬見据え。






「『絶対』を掲げたなら!! 他の全てはゴミクズと思うべきなのだァーーーーーーーーーッ!!!」





カシュシュカシュカションッ!!!!!!


「グギャガ、ぎゃ……………………ッ!!」


遂に命中。


四発も。


倉庫によろけ入るうち、とうとうばたりと崩れた。厄介な補助を繰り返す少女を遂に捉えたのだ。


だが、まだ動くだろう。


「く…………そ」


「まだ意識はあるな? どうれトドメを…………」


と、廃倉庫に一歩踏み込んだ所で。


「……?」


ジャリッ────とした不協和音が。


まるで、濁った砂浜のような。


ここではありえない、感触……


「砂……? なんでここに海岸みたいな細かい砂が…………」


細かな違和感。


だが気にしてはいけない。


今は好機だ。


チャキリ、少女の脳天に銃口を向けて。


「ゼロ距離だ。何があろうと、このまま頭蓋骨をブチ抜いて終わりに…………」






「させるわけないじゃん」






「…………ッ!!」


寸前、横合いから突き飛ばすものがあった。


────やはり決着は、ターゲットから付けなければならないようだ。


そう思い、登和里は静かに標的を見据え直す。

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