第4話 暗がりより来たる狩猟

「突入完了。速やかに標的を連行、殺害する」


初動は大胆に。


侵攻は速やかに。


そして戦果は鮮やかに……それが彼らのモットーだ。


「オーバー。5分で終わらせよう」


「出入口の破壊は野球ボールで敢行、ここへぶち込みうる位置でガキを遊ばせておいた。あとは多少荒れても札束で殴れば誤魔化せる」


「下手な手抜きは必要無いってコトだ……行くぞ」


踏み荒らすのは黒服の群れ。


かの日、ナナミを襲った厄災の集団だった。


全員が物騒な武器を携行し、サングラスで隠した目線は読みずらく厄介だろう。


だが。


「簡単な仕事だ。こんな一桁しかない部屋数で逃げ切れるわけが無い。屋敷で坊ちゃんとかくれんぼするよりも難しくないんだ」


そもそも。


たったの子供二人と、鍛え上げた大人の群れで戦いにすらならない。


なるわけが無い。


そのハズだ。


ハズだろう。


ハズ、なのだが…………


「…………おい、どこだ? 烏丸ナナミは」


「いや、居ないぞ……? この時間は確実に家に居るはずだが」


いくら探索しても誰も居ない。


照明を狼煙とせぬよう、暗いままの探索とはいえ。


帰らない事ばかりの母親はともかく、観察中この時間だけはぜったいに家を明けないハズのナナミが……何故か居ない。


偶然か……否か。


たらり、誰かの頬に冷や汗が垂れる。


「おい、ありえない事だが……」


「ああ。まさか、こちらの動きを察知して逃げたのか……今日だけ例外なんて、それこそありえないだろ?」


「可能性は低いが『誘い込まれた』目もあるんじゃないか。得体の知れん少女といい、最近の奴はどこか奇妙だ」


「ああ。奴はココ最近、いくつか大規模な準備をしているようだ。信じ難いが、FBIもびっくりの尋問を出来る地下室を『掘って』用意してるとも……最早、ただの子供と思わん方が、いいのかも……」


疑念が走る中、再びリビングへ。


薄闇が影る室内で、黒スーツの群れに緊張が走る。


────いくつかの準備をする期間があった。


その猶予を与えた事を彼らは後悔していた。


組織の大きさが初動の足を引っ張ったのか。


それでもまだ、遅くは無いと彼らは判断していたが。


この不気味さは、あるいは敗走すらありうる範囲ではと予感させていた。


明確な敵。


炉端の小石とは違い、牙を剥く猛獣の影が……


「待て」


しかし、こんな時ココロを支える担当が居るものだ。


「チィッ……皆、わかってるな?」


リーダー格の男が、仕切り直すように語る。


「奴がゲンキに活動してたら、この世のどこの誰にとっても都合が悪いんだ。高潔なる目的の為に、オメラスの子供には暗い底へと沈んでもらう……だろ?」


「あ……ああ、そうだったな。わけもない事だ」


そうして確認するように、改めて宣言を。


「 『烏丸ナナミを抹殺せよ』……それが指令だ。総員、この登和里とわりケントに続─────」






『なるほど。あんたらが






「は────?」


不意にくぐもった。


どこともしれぬ声がした直後。


ゴスッ、と重い音が響いた。


「え」


それが攻撃だと認識できたのは誰かが倒れてからだ。


「何ッ────」


「グアッ!!!」


「なんだッ!!?」


「ぐぉぉぉぉぉおおお!!!」


ゴスグシャバギン、と立て続けに三人。


ドサドサとしたありえない戦果に恐れるも、その根源はすぐに突き止める。


上だ。


しかし理解不能だ。


低い音が導く先にあったのは……




…………ブゥ……ンーーーー……ブゥ……ンーーーー…………




「箱!? な……コレは一体……箱、なのか?」


何故か宙を舞う……丈夫な取っ手のついた、箱状の物体。


なにかディスクを装填できそうなそれは、ブゥン……と低い音を立てながら、薄闇のリビングを旋回している。


そして、無骨ながらも当時の最新鋭を目指したであろうフォルムと高彩色は。


「まさかこの箱……ゲーム機かッ!?」


『へぇわかるんだ。いーでしょ。遊べる鈍器って言われた、大昔のスエオキキだよ』


「……ッ!!」


またも出処不明の声。


その箱はまるで、空中を独りでに踊っているようだった。


グルングルンと旋回し、ワケも分からないままの大人達に痛烈な一撃を。


「く、来るッ!!?」


身構える登和里だが、狙いは彼ではなかった。




────ズガゴシュ、バギドシャァアアン!!!




連撃。


連撃……。


連撃─────!!!


「「「ぐぬぅぁああああ……ッ!!!!」」」


一人。


また一人。


連鎖的に大人数へ。


「なんだっ、コレはっ、何が起きてるんだっ!!?」


「化け物か……化け物の巣に入り込んだのか!?」


次々とダウンしていく予想外の光景に、どう戦えばいいのか分からずのされてく中で。


「…………ッ」


ただ一人。


リーダーのケントだけは、正しく敵意を向けていた。


「……烏丸ナナミだな」


ヒュンヒュンと速度をあげて旋回する箱にも怖気づかず、未だ闘志を燃やしている。


だが。


「お坊ちゃまの邪魔をする不届き者め。どこに隠れている、姿を表せッ!!!!」






「もう、居るよ」






「ィ…………ッ!?」


ひたり。


冷たい手が触れた。


最後の篝火を消しに来たのだ。


「ッ……このォ!!!!」


警棒をかざして身を捻る。


どしゃりと尻餅をつきつつも、危うく首を持ってかれる所だったと確信していた。


パサリ…………となにか軽い物が落ちた。


音の方から、紅く赤い瞳が天井から垂れ下がる。


居た。


標的。


純白の髪を逆さに下ろし、ジェンダーフリーのパーカーとズボンを纏った、中性的な少年。


烏丸ナナミ。


彼らが撃つべき撃墜対象ターゲットが、まるで世界一有名な蜘蛛のヒーローのように、天井に張り付いて言葉交わせぬ獲物達を見下ろしている。


そうしてタネを理解する。


「烏丸、ナナミ……まさか張りぼてでも纏って、消した照明にでも化けてたのか!?」


「まーね。アンタは……登和里ケント、だっけ」


無表情も、ことここに及べば武器のひとつだ。


身の丈に合わない怪奇感すら容易く出せる。


まるでホラー映画の題名に飾られるような……。


「あんたがリーダーなら言っとくよ。生きてるだけでジャマなんて『ジョウダンじゃない』……ってさ」


天井に張り付くナナミに鬱血などの苦しさは見て取れない。


死んだ眼差しが大人を見下ろす。


ギラついた目付きが子供を串刺す。


復讐者と埋葬者。


追走者と追走者。


簡単には解り会えぬ者たちが、因縁によって相対する。


「……狼狽えるな」先に動いたのはケントだ。「所詮は子供。よーくみて攻撃を避ければいい!! そうさ天井に繋がれてるなら、奴は身動きが取れないハズだ! サンドバックにしてやれッ!!」


言葉とともに、まだ立ち上がれる者や、他を探してた者もリビングに立つ。


「へぇ……よーく見る、ね。じゃあ見ててよ、おれのコト」


しかし。


その注視が仇となる。





ーーーーービカカカカッッッッッッッッ!!!!!!





「…………ッ!??」


白に埋められる。


全くの不意に、本来以上の照明がついた。


「「「ぐわっ…………!!?」」」


サングラス越しでも耐えられない光量。


言うまでもなく、その隙を鈍器が狙い撃つ。


ズガグシャバキンと。


グワーッ、ギャーと追加の被害者が出る中、しかし登和里だけがブレずに向かって行った。


「このっ……何度も同じ攻撃を喰らうか! その箱奪い取ってやるッ!!」


そうして、今度こそ箱が来ると思っていた所へ。


「えい」


ナナミが箱では無い、なにかをバラ撒いた。


速度は無いが数の多いソレを見て…………




《出世魚》✝

ギア1マシン ラバーズサイバー

POW 0 DEF 0

【退場時】自分の場にギア2マシン/ラバーズサイバー/POW5000/DEF5000の 《稼ぎ頭魚》トークンを出す。それは以下の効果を持つ。

◆【退場時】自分の場にギア3マシン/ラバーズサイバー/POW10000/DEF10000の 《群長魚》トークンを出す。それは以下の効果を持つ。

◇【退場時】自分の場にギア4マシン/ラバーズサイバー/POW16000/DEF10000の 《世界遊魚クラーケイン》トークンを出す。それは【二回行動】と「【攻撃時】相手の露出したマシン全てを手札に戻してもよい」を得る。




「…………へっ?」


固まる。


処理しきれない情報を前に、一時なにもできなくなる。


「見ちゃうよね。カードゲームは情報の塊だもん」


注視し、間抜け面で固まった所へ。


両手持ちで。


「…………あ」




────ズゴスゥッ!!!!!!




「んぶーーーーーーーーッ!!!!!」


今日イチに重く、顔面に一撃。


登和里の体がよろけ、ぐしゃりと背中からベランダに転げ落ちる。


そこは柔らかい草の地面だったけれど、無理な負荷のかかった登和里の背骨がグギィと悲鳴を上げた。


大人だからこそ耐えきれない。


脆い。


「うぎ!? う、うぎごひぃいいいいいいいい!!!!」


「……あるカードゲームで、フクザツ過ぎてネタにされたクリーチャー……それが元ネタらしい」


あるいは無駄話でもするように。


あるいは考えさせないように、明日使えないムダ知識を、傷んだ脳に擦り込んでいく。


「だま、れ…………」


「こんなややこしいカードは実装できないってんで、使用不可カードとして眠ってたんだけど……コレで少しは成仏できるってトコロかな。まーだったらマアラ刷るなってハナシだけど、そっちもこないだ禁止札ブタバコ送りになったから、少しはココロが晴れたカモ」


「黙れと……言っている…………私の頭にゴミのような知識を流し込むんじゃあない……!!」


────痛い。


こんな痛いのは、社長のケツに押しつぶされた時以来だ。


鼻が曲がるぞっ物理的に────!!


登和里ケントのココロを埋め尽くすのは、今そんな感想だった。


彼が成人してより二度目の危機。


彼にとっての「絶対遵守」に並ぶほどの恐怖が。


今、目の前に居る。


暗く、深い底から声がした。


カション、と軽い音を立て、想定と逆に軽く、烏丸ナナミは死屍累々のリビングに降り立つ。


そして……脛にもう一発。


「ぐ、ぐぎゃあああああああ!!!!」


「…………今、とってもイヤでしょ?」


「痛ッ……何、だと……?」


「おれもイヤだよ。コッチとしてもさ。こんなボーリョクザタはこれっきりにしたいんだ。……だからさ」


かがんで、顔を寄せて騙るも、それを止める手はどこからも伸びない。


もう、邪魔できるほどの気力が誰にも残ってないのだ。


邪魔のない独壇場で、くいくい……と、強者のように手をこまねくのだ。


「一生分。二度と来たく無くなるまで来なよ」


「ヒィ…………ッ!?」


「それともアイツを、坊ちゃんとやらを連れて来る? おれはアイツを盤上に引っ張り出すまで……あるいはアイツの盤上に行くまで、行動を続けるよ」


「…………ッ!!」


それは迂闊か意図的か。


守るべきものを引き合いに出された登和里が再び持ち直す。


「このッ……このまま勝ち切れると思うなよクソガキが……一時撤退ッ!! ヤツに人質の一人さえも与えるな!!!」


「「「…………!! 了解っ!!」」」


上に立つナナミを押し退けるように。


あるいは何とか体を引きずるように、身を起こし引いていく大人達。


撤退する者に深追いはしなかった……唯一、ついでみたいに背後を襲った誰かはかわしてもう一撃与えた。


どうせなにも問題ない。


人質なんて連れてる方が困るのだ。


そうして空となり、ベランダ行きのガラスが割れた以外は持ち直した我が家で、一呼吸挟む。


「……………………ふぅ」


空の一服。


嵐の後のような惨状に、しかしまだ得たものは無い。


事なきを得たとさえ、まだ言えない。


ちらり、折れ曲がったカードを見て心を痛める。


「……こんな使い方してゴメンね。でも助かった……キミ達のコトは無駄にしない」


まだ終わってない。


この程度で奴らが諦めるワケがない。


だから手を打つ。


戦いの場所を次に移して。


「……っと。こっちだぜナナミ! 準備万端だ!!」


「うん、今……行くよ。さっきの照明、ナイスタイミングだった」


「へへへ……こんくらい朝メシ前よ」


襲撃をものともせぬ軽い会話。


二人はこの時の為にずっと備えて居た。


故に、更なる戦場も用意してあった。


こんなものでは終わらない。


第二ラウンドはすぐに始まる。






二人は復讐や逆襲を主目的とはしていない。


あくまで「育つ」ための、「分からせる」為の本当の戦いが始まる。

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