第6話 石の海へ愛をこめて

小さな急襲。


全体重をかけたであろう、オレンジ色のシールドバッシュが襲う。


だが予感はしていた。


さっきの家よりはだいぶヌルい。


「ベニヤの盾、か……だが!」


ネイルガンの銃身で身を払い、距離をとると盾へカシュンと一発。


すかさず、登和里の長い脚が唸る。


体格を生かす。


有言実行、冷静に釘が当たった地点を狙い蹴る。


一撃。


「くっ…………ッ」


しなるような蹴りがミシリと合板材に負荷をかけ。


木目にそって、バキンと真っ二つにしてしまう。


盾の奥に潜んでいた影が……ターゲットの烏丸ナナミが、いとも簡単に吹き飛んでいく。


「ッ…………」


「やはりだ! 強度が足りないなァーーーーネタ切れか? 俺たちに楯突くなら、特殊部隊の透ける盾でも持ってくる事だな!!!」


言葉遊びでおっちょくる。


後ろ跳びで逃れようとするが、もはや逃げは許されない。


長い腕で掴まれる。


嘲りが迸る。


「…………ッ」


「ッハァ……手間を取られた……なぁ。ガキ二人……つるめば大人に勝てると思ったか!? 甘いんだよだよ馬鹿タレがーーーーーーっ!!!」


ゴウッと頭突きがナナミを襲う。


頭蓋骨に一撃。


二撃……


三撃ッッッッッッッ!!!!


「が…………ふ……」


「フンッ!!!」


子供とはいえ重さが堪えたか、雑に倉庫の壁に向けて投げ飛ばされる。


ゴウンと音を立て、それでもナナミは立ち上がりどこかへと歩こうとするが……それを邪魔するものがあった。


鮮血。


頭蓋からとろり、赤が少年の視界を塞ぐ。


一方の登和里も、高い背で息をしながら難敵を見据えていた。


「やっとだ……もう勝負アリだ。手こずらせやがって……」


「……まだ、終わってな…………」


────ガシュン!! カチッカチッ……


「ぐ…………ッ!!!」


「チ…………弾切れだ。肩なんか撃たず頭狙うんだった」


片腕を上がらなくした、だけでは物足りない。


もはや役立たずの鉄クズと化したネイルガンを投げ捨て、懐を探りながらナナミに迫る。


まだいくらでも獲物はある、警棒かナイフで悩む所だが……という所で。


またぽろりと、不純物。


「……あん? 次から次へと……」


ナナミがポケットからなにか落とした。


それは先刻と同じカードゲームの一枚だったが……今度は随分シンプルなテキストだ。




《流星王》✝

ギア6マシン スカーレットローズ【ドラゴン】

POW20000000 DEF 0




「…………ほうほうコレは……へぇ?」


それは能力のない、いわゆるバニラカードと呼ばれるものだった。


興味深そうに。


ある意味懐かしい顔に、登和里の注意が逸れる。


「ひぃふぅみぃ……なるほどパワー二千万か。ククク……確かこのゲームの平均フィニッシュ打点は1万五千そこらだったか……それを思えば、破格のパワーなのだろうな。お守りにでも持ってきたのかな? ん?」


「…………」


「だが、だ。スゥーーーー……」


なにか思いついたように宙を仰ぐと。




─────ビリビリビリィイイイイイイイ!!!!




「…………、」


派手に破いて見せる。


先刻、彼を怖がっていた過去を上書きし、乗り越えるように。


「まったくもって無駄無駄無駄ァ!! 見ろ! ただの素手で二千万パワーとやらが破けたぞ!! それとも防御力はゼロだからと言い訳でもするのかな!?」


「…………」


「いいやどっちみち! こんな紙切れごとき握った所で現実を変えるなんて事はできんのだ!! 結局コイツは、見た目通りのガキンチョだったという訳だ……そう思うだろう、なぁ笑えよお前達!!!」


「ハ……ハハ…………?」


「笑えッ!! 俺たちをコケにしたコイツを、逆に笑い飛ばしてやるんだ!!!」


「ハハハ……ハ、ハハハハハハ…………」


「ククッ……ハァッハッハハハハハハハハハハハハハ!!!」


「「「ハァーッハッハッハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」」」


────完全に持ち直した、と登和里は思った。


ガキ二人に良いように叩かれた、サイアクの事態は乗り越えた、完全に勝てたのだと。


笑い声が蔓延る中。


しかしナナミの心は折れない。


「……が……てる…………」


「ん?」


「……半分、間違ってるよ……」


「……なんだと?」


怪訝に思うケントの前で、ナナミは揺らがない。


揺らぐ権利を、持ってなかった。


「この紙切れでも……変えられる物がある……『内心』だよ」


「内心……だと?」


「だから、あの日が成立したんでしょ。あんたらのオボッチャマが得意だったから……だから、人を壊す体験にカードゲームを使えたんだ、よ……」


「くっ……!?」


言葉のブーメランが突き刺さる。


刺さった傷跡を、更に抉る。


「そして今。おれの内心も変える事ができた。できたハズなんだ。あんたらの事を知れたから……自分でナニをしてるのかわかってないおバカさんだって、理解出来たんだから、さ…………」


「…………ほざけ」


矛盾の図星を突かれ怒ったか。


蹴り飛ばしが深く入る。


「ぐっ!!!!」


「結果は何も変わらんだろう! その過程がなんの役に立つってんだよ!!! そうさな……お前はこのナイフでも食らって、他の誰にも知られず果てればいい……!!」


「……やってみなよ」


言われずもがな。


万感の思いを込め、逆手持ちで突き刺さんと。


「やっとだ……コレで終わりだ!! 死ねぇええええええええ!!!!!」






ゴウ……ンッ






「え?」


居ない。


さっきまで居たハズのナナミがどこにも居ない。


それに妙だ。


「なんだ、ガキの居た場所だけ壁の模様が違う……?」


いやそもそも、これは模様なのか。


部下達にも動揺が走る。


ありえない事が起こりだしている。


「……いや、まさか……」


ジャリッとした違和感。


それを無視した時点で……いや。


そこまで来た時点で負けていた。


ぐらり、景色が揺れていく。


「ひ……け」


「は? 何を……」


「退け! この倉庫から脱出しろ……ッ!?」


遅かった。


光がない。


ガチャリ、施錠される音。


「出口が!?」


「閉めたのはまさか……アヤヒ!? アイツもいないぞ!」


「砂なんだだお前ら! さっきから感じた違和感……不自然に砂が散らばってた……溢れてたんだ!!」


後悔が迸る。


戻らない過去への後悔が溢れる。


「奴が隠れた場所がスイッチなんだ……ソレを押すことで、他の全部が倒れてくる……ざっと見でも100……いや200個は下らないっ……これから降ってくるのは」


傾きつつある正面の壁。


元からあった壁ではなかった。


コレは彼らが積み並べた…………






「総量3.6トンオーバー……砂入り一斗缶の雨あられだ……!!!!!」





「「「ッッッッ!?!?!?????!??」」」


恐慌が走る。


一撃一撃が人を潰す重さが百も二百も。


巨大すぎる故に愚鈍に、しかし万力のような力であろう壁が迫る。


端から端まで届く崩壊だ、逃げ場は無い。


ナナミの居る位置だけが安全なのだろうが……大人には狭すぎる。


もう彼を説得するしかない。


「キサマァアアアアアア!!! ここに居るんだろう、相方に扉を開けさせろォ!!!」


『…………、』


「聴いてるのかっ!!すっとぼけてるんじゃあないぞ!! これだけの数のニンゲンを殺す気かァアアアアア!!!」


「しゃーないんじゃない?」


「なん、だと……ッ!?」


青ざめる。


信じられない回答が来る。


「だって、ここはおれの家じゃないし。後始末をしなきゃ困るのはそっちだしさ……キョーキ持った身内のシュウダンとか、流石に隠さなきゃでしょ?」


「……? お前は一体何を言っている……?」


「『できれば』アンタ達にも死んで欲しくない……欲しくなかったけど」


「ッ!!!」


ここに来て他人事だった。


一体どんな精神構造をしていればこんな回答ができるのか。


「けど、おれにはコレしか選べなかったし。あとはまあ……」


心底どうでもいいと思うかのように。






「先に手を出したあんたらが悪いんだ。






ブチリ、なにかがキレる音がして。


「グガアアアアアア!!! キィィィサァァァマァァァァァァァァァ!!!!! 絶対に許さんぞ!!! この破れかけの、ゴミカス共がァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


断末の叫びを上げながら、登和里ケント以下十数名の部下は一斗缶の壁に押しつぶされていく。





────ズガガガガガガガガガガガガガアガッッガッガガガガガガガガガドガギャズガバキソベヂャドガクシャアアアアアアア!!!





────やはり我々は、バケモノを造ってしまった、と。


目覚めさせてしまったのだ……と。


けたたましい金属音の中、彼らは己を裁く悪魔の眼差しを見届ける。


それはまるで、活け造りの烏賊が焼け死んでいくのを見るような哀れみに見えた…………


少なくとも、彼らには。











「…………ったく。どこの誰が、コロすなんて望むかっての」


呟きつつ、一斗缶二つ分サイズの隠し扉を蹴り開ける……ベニヤ板を吊るしてガワを整えただけの粗悪品だが、咄嗟に開け方を知るのは無理だったろう。


泡を吹いて倒れる黒スーツ達……その上に降り注いだのは、一つの例外なく空っぽの一斗缶だ。廃棄され、法的に誰のものでもなくなった一斗缶をかき集めていたのだ。


古来よりコントで使われてきた「安全な投下物」を、ナナミたちも利用しただけなのだ。


もっとも、これは匙加減の問題。


海辺の砂を詰めながら一斗缶を詰んでいたなら、それだけで黒スーツ達の大半は致命傷を受けていたろう。それはナナミも理解していた。


そんなのは嫌だった。


それだけの話だ。


「……う、ご、俺は、強いんだ、ぞ……」


と、まだかろうじて意識を保つ声があった。


「俺は特殊チーム 《灰皿》のリーダーで……第四家系のエリートで……とても強いんだ……こんなところで終わるはずがない……。

まだやれる……紙切れごときを信じる、やつに、俺はま、け……」


そこでプツリ、彼の意識は今度こそ途絶えた。精神力だけは、本当に大したものなんだと思う。


「…………アンタ達を、最初に倒せてよかったんだと思う」


それでもナナミは勝っていた。


120%の望みを通した、完全なる勝利だ。


「コレでおれたちは『大勢の大人にも力で勝てた』と自覚して動ける。盤上に持ち込む交渉も、少しはしやすくなるだろう。アンタ達に貰った自信は、ゼッタイにムダにしないよ……」


と、言い回しに引っかかり、付け加える。


「……まあもっとも。アンタが語った『絶対論』を守る気はさらさらないけどさ……じゃあね、登和里ケント。トーメン合わない事を祈るよ」


彼だけは、また向かって来るかもしれない。


その時は、また力と策を持って立ち向かおう……とナナミはココロに決めるのだ。






ガラリガラリ、鉄扉が開く。


差し込む陽射しは、あの日と同じく赤く強く、勝利を照らし燃えていた。

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