episode2 ナウゲッタ・チャンス
第8話 暗闇の底で恐怖と相対す
「ウイニングランッ!! 《ブラックグリズリー》でごーる!!!」
「うわー、やられたー!!!」
暖かな日差しの中、わいわいとひびく喋り声。
無垢に溢れる声が安全を象徴する。
平和な日常だ。
日常の、はずだ。
はずなのだ。
「……や、店長」
「うん……いらっしゃいナナミ君」
そんな日常の空気の中で。
いつも通り、ぼーっとした無表情。
白い子供、烏丸ナナミは店長・戌井と相対していた。
小太りの店長は、苦々しい笑みで受け答える。
「どうしてカウンター席に座るんだい? 営業中の対戦は 『接待』になるからダメって言ってたはずだけど」
「シンパイしなくていいよ。ここで戦う気とかゼンゼンないし」
それを聴いて、ホ……と息を吐く。
読めない感情を前にした中、気がかりが消えて少しラクになった。
が。
「そうか、なら…………」
「……あの黒スーツの人らの味方するの、やめて欲しいって言いに来ただけなんだ」
「…………ッ!!」
しかしナナミは単刀直入に切り込む。
全くの遠慮容赦なしに、大人の事情に深く食い込むのだ。
「ナ、ナナミ君。な、なんでそれを……」
「アイボウが頼りになってさ。ミミトシマって言ってたけど、ありゃジゴクミミだね」
ヒラリ、印刷された写真が数枚置かれる。
ナナミを襲ったのと同じ黒スーツの集団と、店長が共に飲んでる様が映っていた。もっとも店長は、この世の終わりみたいな顔で飲んでたが。
店長が青ざめる中、ナナミは口撃をゆるめない。
「おれはこれからもこの店で遊び続けたいし、アイツらに負けるワケにもいかない。そのためには店長。あんたに協力してもらうのがイチバンなんだ」
「…………」
「ショージキ言って、アイツらがまともに約束を守るとも思えない。あんたに何かを頼んでたとして、それが終わったらあんたも始末されるかもしれないよ?」
ずいっとカウンターに身を乗りだし、上目遣いで見つめてくる。
一番星の生まれ変わりに匹敵する破壊力も、この局面に限っては静かな恐怖を増すだけだったろう。
それどころではなかったのだ。
「……ムリだ」
だが判断は、自前の恐怖に従った。
吐き出した言葉には、年季の入った諦めが乗っかっていた。
「彼らには勝てない。絶対に勝てないんだ。勝てない権力ってのは、確かに存在するんだ」
喧騒が遠ざかる感覚。
既視感。
「この世界は多かれ少なかれ、先に積み上げた者が支配してるんだ。……僕だって、そうだとは思いたくなかったけど」
ボロボロの手が物語る。
かつて賑わいの少なかったらしいこの辺を、一人で再興しはじめたという手が語っている。
「がむしゃらに上を目指せば目指すだけ、逆向きの力が襲ってくる。抗い、回り道を探し。何度も同じ道を彷徨ううちに、最初の目的を見失って、いつしか今を保つので精一杯になっていくんだ。……その為に、目の前の種もみを食べることさえ惜しまなくなるほどにね」
「……………………」
哀しみにくれる一人の男を、ただ若き者が無表情で見つめていた。
静寂。
それはナナミにとって、常に戦いの前兆であった。
気付けば客は全員帰っており、店に残っているのはナナミと店長だけだ。
すでに『彼ら』が手を貸してる。
「……おなじだね、あの日とさ」
「彼らはもう見張っている。不用意に向かって来るもんじゃないって事さ」
まるでガンマンの抜きあいのような緊張感。
ス……と太い腕を伸ばしてくる。
「僕はね。ヒーローになりたかったんだ」
ぐぐっと、ひと回り体躯が大きくなったような錯覚さえ覚えさせた。
「中高をサッカーや柔道で鍛え、膨れた五体で多くを学び、そして擦り切れ…………流れた果てで、このボロボロだったこの家を改装して店を出したんだ」
諦めで濁っていても、なお鈍く輝く目でもって見据え。
「鍛錬は続けてる。君の体重くらいなら、片手でも軽いんだよ……っ!」
ゴウ……っと破壊力を秘めた腕がナナミを掴みにかかる─────
しかし、決着はすでに着いていた。
─────バチバチバチバチィ!!!!!
「グギャベラララ……ッ!?」
まさに必殺。
背後から迫る黒い影が、激しい火花を店長の首に押し付けていたのだ。
「ぐぅ…………!」
「言ったでしょ、アイボウは頼りになるって」
「う、うぐぅ……何をする気、だ……ぐふっッ!!!」
バタリ、倒れながら問うも……その意識はすぐに落ちる。
どんなに鍛えた大人でも、決殺の兵器には敵わない。
ナナミとしては気に食わないが、今はコレに甘えるしかないようだ。
「……スマートに行こう。登和里ン時みたく長引くのはゴメンだ」
「うん……そうだね。退路の確保ヨロシク」
「オーケイ。コイツの相手は一人でやれるな?」
「うん。早いとこ、良い方に回そう」
そうして、用意してあった運搬用カートとダンボールで店長を梱包していく。
運ぶ道中も、ちょっとばかり乱暴が必要だろうが。
向かうべきは、特設の聖戦場だ。
◆
─────ピチョーーーーーーン……………
「ここ……は…………?」
どこかから響く水音。
気がつくと店長は、太い身体をパイプ椅子とテーブルにガッチリ固定されていた。
それを、暗がりから眺める目があった。
赤く輝く血色の瞳が……
「なんだ、身体が、動かな…………ッ」
「いらっしゃい。特設の聖戦場へヨウコソ」
「な……ナナミ君ッ! まさか君が……!?」
瞳は動き、唯一吊るされた電灯の下に身を乗り出す。
いつもと同じはずの白い容姿が、今は幽霊か怪異かのように見えた。
そして察する。
「これは……『奴ら』が言っていた拷問室……かっ!?」
「そ。タイヘンだったよ。サイショはシャベルぶん回して穴掘ってたけど……トチュウから発想を変えたんだ」
ポンポン、と叩く壁は、しっとりとぶ厚い手応えがあった。
正規の住宅ではないが、安全を語るには十分な感触だ。
「辺りに死ぬほど生えてる竹をホネにして、ザッソウを編み込んだ土壁にした。半地下だからシメリケは絶えないけど、半年たっても壊れてないから……湿ってたのが逆によかったのカモね」
「くそっ……子供の秘密基地の域を超えてるぞ!! こんな所でいったい僕になにをする気だ!?」
「『デスマッチ』をする」
「…………!?」
ガコン! とテーブルに取り出されたのは、銀紙とコードがはっついたベニヤ板。
ほとんど子どもの工作そのもののクオリティだが、局所的にしっかりとしたハンダ付けは猛烈に嫌な予感をさせた。
パチリパチリと手際よくコードを繋ぎながら、ナナミは無感情の声で語る。
「店長も、子供のころにやった事あるでしょ? 鉄の棒に銅線巻いて、デンジシャク作るやつ。
このサーキットはそれをおっきくしたトクベツ製でさ。コマとゴールがデンキョクになってるんだよ。スタートしてからゴールに戻るとスイッチが作動して、相手のを維持してる回路を切るんだ」
「維持……何を…………?」
「上、見てみて」
「上…………ッひぃいいいいいい!?」
驚くのも無理はない。
薄闇の中にズラリ、ギラリと並ぶ金属光沢の群れ。
輝きは数十。その束がお互いの頭上に一つづつ。
「負けた方はナイフのシャンデリアに刺された挙句、紐で繋がったツケモノ石が落ちてきてトドメを貰う。
……試したけど、12ミリのベニヤ板なら貫通するらしい。だから多分、背骨やズガイコツに当たっても貫ける」
「…………ッ!!」
割れた巨大なベニヤ板を指さすのを見て、
恐怖とともに……疑問が浮かぶ。
「…………こんなことをして、一体何になるんだ? 復讐というなら僕が寝てるうちに、その漬物石とやらを落とせばいいだろう……ッ?」
「復讐じゃないよ」あくまでナナミは無表情だ。「わからせるんだ。コレはあの日の実演だよ。おれの恐怖を可能な限りわかって貰えるように調整したつもりでいる」
理解が追いつかない。
復讐者と意思疎通をはかるのは、やはり無理なのか?
「題して『死のシャンデリアマッチ』。……やるしかないんだ。アンタはこの勝負に、乗るしかない」
「わ……わかった、やるからその釘をしまってくれ!!」
疑念をひとまず思考の隅に置き、目の前の現実に向き合う。
勝たなければ話にならない。
「シンプルに行こう。ルールは旧式、サーキットとフィールドは無しだよ」
「……わかった」
─────店長、戌井ヒコマロはなんでこんな目に遭っているのかより、ここからどうすればいいのかを考えていた。
何を考えているのか、何もわからない。
もう自分は負けているのか?
いや違う。
『彼ら』の部隊はいくらでも居る。
連れ去られた自分を、いつか見つけるハズなのだ。
むしろ、勝利条件が迷子なのはナナミの方なのだ。
アテもなく当たり散らかすだけの子供に、どうすれば勝ちに近づくのかもわかってない子供に、番上の遊戯で負けるわけが無い。
「……行くよナナミ君」
「うん。始めよう店長」
示し合わせる。
深く深く、死出の旅に挑むような心持ちで。
開始の合言葉を。
「「疾走に情熱あれ」」
《エアリアル》✝
ギア1マシン スカーレットローズ
POW3000 DEF3000
【このマシンを疲労/手札一枚を捨てる】山札の上五枚を確認し、アシスト一枚を手札に加えてもよい。残りは山札の下に置く。
《怨鬼爆発キャリーバーン》
ギア1マシン ヘルディメンション
POW 0 DEF 0
【???】????????????。
ナナミ ゴールまで残り……20
店長 ゴールまで残り………20
言葉と共に、お互いの初期マシンを公開する。
死闘が始まる。
復讐者が開くデスマッチが、幕を開けた。
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