第2話 ひだまりの中で悲劇は香る

「おいし……今までたべた中でイチバンかも」


「たーんと食えよな。今をジューニブンにみたすくらい、できるハズだからよ」


「うん……」


ひだまりの中で二人は寄り添う。


なんで助けてくれたのかを、まだナナミはよくわかってない。


一目惚れ、なんて言われてもちゃんとは信じられない。


だけど、太陽のような温かみが彼女を拒む気にさせなくしていた。


なにより、彼女は命の恩人だ。


「ったく。アタシが羨ましくなるぐらいウルッサラの髪したがって。小遣いを高級シャンプーにでも使ってんのか?」


「ううん……あたらしいの買うのもったいないからって、おかあさんのを使わせてもらってるんだ」


「はひょー。そらプロの仕上がりになるはずだぜ」


だからだろうか、不意の質問にもほとんどするする答えてしまう。


「で、だ。じゃーナニがどーなってあーなってたよ。家の中で飢え死になんて正気じゃないぞ?」


「まあ……なんだっけ。まえにレンジで卵バクハツさせてから、二度とリョーリするなって言われててさ。それでいま、ぼくに食べられるモノがどこにもないんだ」


「うっげ」


ギャグみたいな顔で忌避感を示す。……本当に、コロコロ表情が変わる子だと思う。


だから即刻持ち直すのも平常運転。


かぶりをふって、潤った髪を揺らして問い詰める。


「いやいや……確かにそれは困る事かもしれないが、にしてもだ。それで死ぬのはイカレてるだろ。

こーして動けなくなっちまう前に……肉でも芋でもニンジンでも、レンジに突っ込んで生きなきゃだろーよ? じゃがバターとか、そのくらいは知ってるだろ?」


「知ってる、けど…………」


「けど?」


「……………………、」


言い淀む。


ほとんどは話せても、やっぱり二人は出会いたて。言うのも憚られるラインはある。


「……『なにか』あったんだな?」


「……ッ」


しかしアヤヒは譲らない。


びくん、と肩を震え上がらせるナナミを見て


「『 なにか』あったんだろ?そんなこともできなくなるほどのなにかが、致命的な『なにか』サ。言ってみなよ、ラクになったり解決策が見つかるかもだぜ?」


「…………」


死ぬ気になればなんでも出来る、とはよく言ったもの。


考えて、ためらって、それでもどうせ死ぬ所だったのだしと思い直し。


「…………うん。けっこーあって、さ」


ナナミは語り出す。


決意をもって、遺言でも残すみたいに。


無表情のままに、無表情に至った道を。


「……その日は、いつも行くカードのお店で、それまでやってなかったカードゲームを教わってたんだ……」








『えっと……ここにコレを置いて……』


『 そうさ! そうやって通し番号でかさねていくんだよ! 1の上は2! 2の上は3!! 3の上には4を置くんだ!!!』


『そっか……すっごいわかりやすいね!』


賑やかな店内。


さほど大きくもないが、知恵と工夫で広く明るく使えるようにしてあった。店はいつも繁盛している。


ナナミはこの店が大好きだった。


「じゃあ……ギア3の 《グレイトフル・トレイン》の上に、ギア4の 《ブラック・グリズリー》をしょうかん!」


ゆえに威勢よく元気よく。


今のナナミとは似つかないハツラツさで宣言する。




《グレイトフル・トレイン》✝

ギア3マシン スカーレットローズ

POW10000 DEF10000

【一ターンに一度/場のギア1マシンを敷き札へ】このマシンはコストのギアとPOW、DEFを追加で得る。




《ブラック・グリズリー》✝

ギア4マシン スカーレットローズ

POW16000 DEF10000




初心者が扱うカードなんてのはこんなもの。


理解が追いつく範囲だけでゲームを回し、基本的なルールに慣らすのだ。


「そう! そしてボクの 《ホワイト・サーペント》を攻撃しても倒せるし、ギアを使って4メモリ走行してもいい! このゲームは20メモリ走れば勝つから、5回走ればキミの勝ちだ!」


「え、えっと……じゃあホワイト・サーペントに攻撃!!」


マシンを疲労させ……よくある横に寝せる方式で、命令を送り行動させる。




《ホワイト・サーペント》✝

ギア3マシン ヘルディメンション

POW5000 DEF15000



WIN グリズリーPOW16000vs15000DEFサーペント lose…




戦闘結果を受けて、サーペントが捨て札に置かれる。


「なんとか……勝てた……?」


「うん! バトルは攻撃側のPOWと、受ける側のDEFを比べるからね! 1000の差でグリズリーの勝ちさ!!」


「やった……! でもごめん、きみのサーペントが……」


「いいのいいの! カードゲームってのはそういうものだからね……ゲームを続けよう!」


「う……うんっ!! でも、もうこのターンは終わりかな……ハハ」


楽しみながらも、ナナミはなんとなく察してはいた。


彼は手加減しているのだろう……と。


相手もそれに合わせて、手加減してくれるものだ。そうしないと、新しいプレイヤーが定着しないから。


いつか、本気の彼に届くことができるだろうか……そんな、どこかあこがれめいたものさえ、この時のナナミは感じていた。


感じていたはずなのだ。


「じゃあボクのターン、カードドロー!!」




だが。


今回は。


少しだけ、目的が違ったようだ。




『じゃあね……コレをこーして……』


『うんうん!』


『コレをこーやって……コレをサーチして……』


『うん?』


何かが。


何かがおかしい。


『コレのストックが溜まるから、ソレを利用してドローを繰り返して、山札を一枚にして……』


『……え? え?』


濃度が違う。


行動の濃度が違う。


雲行きが怪しくなった。


『まって。ストックとか山札一枚って……』


『気にしない気にしない! そしたらコイツで山札を戻して……そしたらコイツ 《魔弾の撃ち手マアラ》を出すぞっと♪』


『えっ……何が何の、何……?』


どんどん不穏が積み重なる。


理解を超えた現象が起きている。


『こうして効果を使って……最後に、二体目のマアラを出したら……』


『ごめん。ちょっとそのカードみても良い?』


『いいよいいよ! 長すぎて読んでらんないテキストだしさ……』


『えっ、でも分からないと……』


そうして、不用意に顔を寄せて。


絶句する。




《魔弾の撃ち手マアラ》✝

ギア4マシン ステアリング

POW 0 DEF 0

【拘束(このマシンは疲労してマシンゾーンに出し、リペアフェイズに回復しない)】

【デミ・ゲストカード(このマシンは自身の効果でしかセンターに置けず、センターでしか走行できない)】

【1ターンに2度まで/自分のマシン一台を破壊】このマシンを回復する。コストでセンターのマシンを破壊していたら、このマシンを代わりにセンターに置く。

【常時】バトルフェイズ中、このマシンの走行距離は0になる。

【このマシンを疲労】次の中から一つを選んで使う。ただしこのマシンが場にある限り、それぞれを一度づつしか使えない。

●カードを二枚引く。

●このマシンが走行可能なら、6走行する。

●POW10000以下のマシン一台を破壊する。

●マシンを一台選ぶ。そのマシンのPOWとDEFを15000下げ、このターンの走行を禁止する。




『………………………………………………へ?』


異常すぎる。


テキストが長いなんてレベルじゃない。


間違いなく、この場に居ていいカードではない。


心なしか、店の喧騒を遠く感じてた。


『あーあーおどろかせちゃったね! なんだったら……他のも見るかい?』


逃げるように声に従う。


心なしか、声のトーンまで下がってるように感じた……が。


それどころじゃなかった。




《キルピュイア》✝

ギア2マシン ヘルディメンション【マグネ】

POW5000 DEF5000

【進路妨害(相手は走行できず、【進路妨害】を持つマシンしか攻撃できない。)】

【マグネスイッチ(このマシンが【マグネ】コアを持つカードの効果で出たなら以下の効果を得る)】

◆【退場時】カードを一枚引く。




《ハルピュイア・ツヴァイト》✝

ギア2アシスト ヘルディメンション【マグネ】

【使用コスト︰手札一枚を捨て札へ】

◆捨て札から 《キルピュイア》二台を選んでマシンゾーンに出す。マシンゾーンに空きがないなら、このターンの終わりまでゾーンを増やして置く(最大五枚分まで)。




《アンガー・チェーン》✝

コスト2アシスト ヘルディメンション

【ゴールキーパー(相手がゴールする時、先にこのアシストを手札から使ってもよい)】

◆相手を2メモリ逆走させる。

【ゴールキーパーによる使用時】このターン、相手マシンが行動した数につきさらに2メモリ逆走させる。




《禁忌の寺院マシニクル》✝

ギア3アシスト【設置】 ステアリング

【常時】お互いのドロー枚数をカウントする。このカウントが4つ以上溜まった時0にし、いずれかの捨て札から好きな数のカードを選ぶ。その持ち主は、好きな順番で選ばれたカードを山札の下に置く。




『わ……ァア……?』


従えるカードも込みで、明らかにここまでと次元が違った。


どう考えても、最新のインフレ環境にぶつけるようなメンツだ。


『なに、これ…………』


理解に苦しむ中。


相手の気配が、静かに切り替わっていく。


『そうそう、ここから先は理解せんでもいいんだけどさぁ─────』


スゥー……と、前置きが入った上で。





地獄が始まる。




『山札3枚、マシニクルのカウント2つの時点から。《魔弾の撃ち手マアラ》Aの効果で 《マアラ》Bを破壊して自身を回復。更にマアラを疲労させる事でカードを2枚ドロー。ここで4枚ドローのカウントが溜まり 《禁忌の寺院 マシニクル》の効果が起動、いずれかのプレイヤーが4枚ドローする度に捨て札のカードを好きな数選び、山札の下に戻す。戻すのは4枚、順番は 《マアラ》B、 《アンガー・チェーン》B、《ハルピュイア・ツヴァイト》A、 そして 任意の手札コストだ。ここで《アンガー・チェーン》Bを使いキミを2目盛り逆走させる。更に《キルピュイア》Aを破壊する事でマアラを回復し、キルピュイアの退場時効果で1ドロー。そしてマアラBの効果でDEF10000以下破壊を選び 《キルピュイア》Bを破壊。退場時に1ドロー。手札からマアラBを出し直して、最後に 《ハルピュイア・ツヴァイト》Bの効果で手札を一枚捨てて、捨て札の 《キルピュイア》ABを共に蘇生することで初期盤面に戻る。

ループの度に山札1枚分のズレが起きるけど、4枚×2セットのサイクルを山札5枚の中で回す事はできる。戻すカードも1枚ずつズラして、常に同じセットを引けるようにすればいい。

これで無限に 《アンガー・チェーン》を打ち続け、キミを無限回周回遅れにするんだ。だからゴールによる勝利はほぼほぼムリって事。






─────ああ、ちゃんと聞き飛ばしたかな? 以上を一言で言うと……「キミは一生かかってもボクに勝てなくなった」んだ』


『 ………………………………………はひ?』


混乱。


当惑。


小さな頭を破砕するには十分すぎる性能。


気付けば自分の駒には∞と書かれたコインが乗っていた……が、そもそも『 無限』の概念を理解するにさえナナミは幼いすぎた。


もう、店内にお客さんは誰も居ない。


知らぬ間に全て、黒ずくめのスーツ姿の集団に置き換わっている。


静かに強く、椅子を固定する手があった。


カチャリ、音がしたと思ったら足が動かなくなっていた。


もうここから逃げる事はできない。


『え……え…………?』


白い肌がなおも蒼白に落ちる中で。


相手の少年が、後頭部まで裂けそうな笑みで宣告する。


『さあ……ボクの遊びに付き合って貰うよ』





この後、ナナミは何時間とも何日とも分からぬ監禁状態に陥る事となる。


ただ一つ……『金持ち少年の経験値』となるためだけに、極限まで脳と体を絞られたのだ。

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