聖戦のティアードーカードゲーム逆襲譚ー
@notogawamey
episode1 ティアードに焦がれて
第1話 段重ねのイチバン下で
「────ウイニングラン。 《無限鉄拳ティアードロップ》でぼくの勝ちだよ」
「うわー、まけたー!!!」
中性的な幼姿がレクチャーする。
どこかの昼間、カードショップでの出来事。
それは、近所の子ども達からも人気の優しき者だった。
「ほら、いったとおりだろ! めっちゃつよいしたのしいんだ!!」
「うんっ……おにーちゃん、であってる? すっごくつよいね!!」
「えへへ……ありがと」
賛美へ向けて、幼い身で目一杯の優しさを返す。
しかし、その顔に感情が乗ることはない。
「……? なんでおにーちゃん、笑ったりしないの?」
「……さぁて、ね。……さあ、まだやれるけどだれかやる?」
誤魔化すように促す。
表情はかわらないながら。
少しだけ差した影を隠すように、気力だけは示し振る舞う。
期待に応えるあり方だ。
「……あー、じゃあつぎおれやるー!」「ずっりーおれだもん!」「ぼくもぼくもー!!」
「よしよし……じゅんばん、ね」
そうして、いつものように次の勝負を準備する。
やさしくゲームを教える中、ふと問われる。
「……ねえねえ、あしたもいる? もっとすっごいのためしたいんだ!」
「明日……か。これたらくるつもりだよ」
「ほんと? やったー!!!」
喜ぶ後輩たちだが……無表情の幼姿はそれを素直に見れなかった。
優しい嘘になると、そう思っていたからだ。
(明日……ね)
そんなのがあるとも思えない。
もうすぐ、腹の虫を抑えられなくなってくる。
このお店に、迷惑をかけるわけにはいかない。
(……もうすぐ、げんかい、かな)
そうして、幼い体は帰り支度を考える。
まるで、今際に身を隠す猫のように。
─────さいごに泣いたのは、もうどれだけ前だろうか。
…………ぐぎゅるるるるるる…………
「…………あ、しぬやつだこれ」
夕刻の赤の中で、無表情のまま朽ちていく。
なんとか帰りついた先。
春先の室内。
自宅のリビング。
安全が保証されたハズの場所で……幼い体は静かに息絶えようとしていた。
(れいぞうこも、ごはんがまもからっぽだし。『りょうり』はにどとするなっていわれてたし……なぁ)
言い付けを守ったゆえの、律儀な結末。
数年前、海で溺れかけてた事を思いだしながら。
半年ほど前のあの日、飢えと高熱に苦しんだ日を思い浮かべながら。
幼い体は仰向けに朽ちつつあった。
まだ二次性徴も来てないような、か弱く幼いその身に迫る『餓死』の危機。
法治国家で起こってはならないほどの悲劇が、今起きようとしていた。
(だれも……こない、か…………)
脱色した白髪は生気なく垂れ下がり、色素の薄い目も虚ろ。
もう、小さな五体を動かす栄養も残ってない。
それでも、最期の日まで後輩たちの相手をすることを選んだのだ。
わずかに動く右手が触れたのは……大事にしていた一枚のカード。
《無限鉄拳ティアードロップ》✝
ギア4マシン スカーレットローズ【ロード】
POW15000 DEF10000
【場札5枚を疲労】このターン、このマシンは「【このマシンのバトルでの勝利時】このマシンを回復してもよい。」を得る。
【このマシンによる相手マシンの破壊時】このマシンで2走行する。
(あー……ぼくも「かいふく」してくれたらいいのに)
『それ』は何も答えてくれない。
この場では何もしてくれない、たった1枚のカード。
ココロの支えになってた切り札も、現実を変えるチカラは今は無い。
それでも、そこまで突きつけられても。
「……………………………………………あぅ」
幼くも整った容姿は、しかし崩れぬ鉄面被。
仮面が剥がれることも、涙腺のダムが崩れることも決してない。
せいぜいが唾液を漏らし、体液を無駄にするくらいだ。
『オマエは壊れた。ボクが壊したんだ! 今後どうなるか見させてもらうよ……最後まで、ね』
「…………ッ」
かの日。
自分を壊した少年の顔が浮かぶも……この手はそこまで届くわけもない。
─────ああ……こんな時でも。
壊されたあの日から、今日までずっと。
こんな時でさえ、泣けないんだと。
(ああ、もしも「つぎ」があったら)
ありもしない空想を浮かべて。
(せめて、こんななんにもならない終わりはヤダ、かな……)
失望の中で落ちていく意識。
そうして幼いニンゲンは、魂が抜けるような感覚に身を委ね……
「よ♪︎」
「え…………?」
寸前。
きらり、救いの乙女が舞い降りた。
「だ……れ…………?」
「アタシはアヤヒ。太陽がいっぱいって意味らしい」
「…………え???」
同年代の少女か。
黒髪ロングという少女らしい髪型に反し、服装は青いパーカーにハーフパンツとなかなかにパンクだ。むき出しの脚が眩しい。
しかし、もっとも輝くのはその笑顔だ。
つり目ガチの目、信用を自ら減らすような振る舞いをもってしてもなお、その太陽のような笑顔はそれだけで無条件の信頼を寄せてもいいとさえ思えるほどだった。
「あの……えっと…………?」
全く状況についてけてない中、動かない首でとりあえず一つ訊いてみる。
「なんで、話しかけてきてくれたの」
「さぁーってな。一目惚れ、って言ったら信じるか? …………とりあえず、パイでも食いな?」
差し出しつつ、にししと笑う彼女は、本当に太陽そのものが降りてきてくれたようだった。
どこか冗談めかすも暖かく。
ずいっと、不用心にも鍵知らずのリビングから堂々と入ってくる。
「食った後でいい。お前の名前を聞かせてておくれよ、呼び名に困るだろ?」
「……ぼ、くは……」
絞り出す。
「ナナ……ミ…………烏丸、ナナミ……それが名前……」
「そっか。じゃあナナミ、メシにしよーぜ」
「う……ん…………ごめん。カラダ動かないや」
「マジ? ……しゃーないなー?」
すると、アヤヒは上から覗き込むようにパイの先っぽを口元へ寄せ……。
「ほれ、あーん」
「う……ん…………っ」
ぱくり……と。
そうして食べた一口目が、生涯最上に刻まれたのは言うまでもなかった。
もしも涙腺が枯れてなかったら、身が枯れるほどの涙を流していただろうと、ナナミは思っていた。
優しき者は……烏丸ナナミは、かろうじて命を繋いだ。
青い春のニオイが、物語の始まりを告げたのだ。
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