第十九話 「片腕勇者と片足エルフ」
「完全に野盗の戦い方ね。正攻法ゼロね。」たいしたことしてないのにこの不満顔である。
「ほっといてくれ。取り敢えずは、お疲れ様。ここまでは予定通り。あとは……。」
俺は魔王の亡骸に近づき、持ち物を物色する。
「さすが手慣れた手つきね。どんな生活してきたのか、ばれるから気をつけたほうがいいわよ。」
「うるさい。今は役立ってるだろ。」
俺は残った魔王の衣服を慣れた手つきで漁った。こっちのポケットにも、内ポケットにもない。フェニックスの血液が『もう一人分』ないか探した。だがしかし無い。
「手持ちには無いみたいだな。」
「そう…。」
魔王は『一瓶』しか持っていなかった。
城中を探したが、フェニックスの血液は見つからなかった。
この可能性はあった。言わなかったが、ずっと考えていた。
フェニックスの血液は『一人分』だけ。
手足を元に戻せるのは一人だけだ。…絶望の魔王の名は伊達ではなかったな。
「すまない。」
「?何が?」
「俺を責めないのか?」
「はぁ?私があなたの何を責めるの?」
「俺は失敗した…。魔王から薬は『一瓶』しか奪えなかった。」
「勇者ですら倒せなかった魔王を倒したのに失敗とか言ってんじゃないわよ!いい加減にしてよね!そういうのはよそでやってちょうだい!だいたい魔王がいくつ薬を持っていたかなんてわからないわ。こんな貴重なもの一瓶しか持っていなくても不思議じゃない。むしろ自然だわ。ちょっと強欲過ぎるわよ!」
「…。」
確かにそりゃあ正論だよ。でもな、俺たちはそうじゃない。絶対に手に入れなければいけなかったんだよ。
そうだろ?
だが、他に選択肢はあったか?
魔王を殺さずに捕らえる。…不可能
魔王と交渉する。…不可能
魔王の仲間になる。…まっぴらだ
魔王に素直に聞く。…即座に手持ち分も破棄される
魔王を…。どれだけ考えたことか。考えた結果、最善の作戦だと信じて決行したんだ。
薬の存在を確認し、その上で最悪でも一つは奪う流れを。勇者が戦った時と同じ流れに持ち込めば必ず使用してくると。自分の取った方法が間違っていたとは思わないが、この失敗に実際に直面して何も考えられない。
あきらめ切れずにしつこく城中あらゆる場所を探し回るが見つからない。
俺とソフィアは城の王座の間まで戻ってきた。
ソフィアは魔王から奪ったフェニックスの血液が入ったカバンを静かに床に置き、少し離れた位置に立った。
二人ともそれとなく距離をとり、歩き出す。
「このままだと、魔王が死んだことに気づいた外の魔物がなだれ込んでくるぞ。」
「そうね…。」
ソフィアが静かに返事をする。
「ダメエルフ。フェニックスの血液は俺がもらう。」
魔王を倒したのは俺だから当然と言わんばかりに言う。
「何をバカなことを言っているの?魔王から奪ったのは私よ?」
薬を手に入れたのは自分だから、自分のものと言う。
「俺の右腕がこうなったのは誰のせいだっけ?」
「それは、あなたの運がなかっただけよ。」
「俺は音楽家なんだ。腕がなきゃ話にならない。」
「エルフの寿命は長いの。1000年も片足で生きるのはごめんよ。」
お互い戦闘しやすい間合いに移動する。
「これじゃあ、埒が明かないな。」
足を止めた。
「さぁ、ケリをつけましょうか。ベルナール。」
「そうだな。終わらせよう。」
お互い、勇者じゃあるまいし、真の目的は魔王討伐ではない。自分の体を治すことだ。
治せるのが一人だけなら、殺し合うしかない。腕も足も名誉も金も生き残った者の総取りだ。
「まともな人間に戻れなくなるから、乱発はしたくないけど、しかたないか。」
「あたり前でしょ。舐めたら死ぬだけよ。私は静かに死んでくれたほうがいいけど。」
俺は覚悟を決めてソフィアを見る。目を閉じ、呪文を唱える。
「我が魂よ、魔獣に成り下がれ↓。」
『カチン』
自分の中のスイッチを押し、理性を吹き飛ばす。
ドク、ドク、ドク,ドクドクドク。呼吸を浅くし、心拍のリズムを上げる。
大きく息を吸い、目を開け魔獣のように鋭い目でソフィアを見る。
殺戮衝動に身を任せ、自分の魂をエルフを殺すだけの獰猛な魔獣に成り下がらせる!
俺はソフィアに向かって駆け出した。左腕でククリナイフを鞘から抜き放ち、獣のように疾走する!
ソフィアは天使が青い魔石を掲げるロングスタッフで華麗に魔法陣を描く。
「氷の刃よ!」
短い呪文にも関わらず魔王にも勝るとも劣らない氷刃の嵐を放つ!
俺が走って斬るしか基本できないことを熟知している。短い詠唱時間でスピード対応してくる。厄介なことこの上なし。
氷刃の嵐がこちらに向かって飛んでくるが構わず突っ込む。
致命傷となる刃のみ避け他は無視。いくつもの刃が体に突き刺さる。
突破した俺に向かって、さらなる魔法で追撃する。
ソフィアがとても見覚えのある魔法陣を描いていく。
「魔王に従え、水の魔弾よ!」
魔法陣が光輝き意味を成す。
「悪い冗談だなっ!」
ついさっき魔王が俺に対して使用した魔法だった。ソフィアは一度見ただけで魔王の魔法をトレースして再現して見せた。天賦の才が為せる技なのか、魔王が使った魔法に勝るとも劣らない威力の水の砲撃が、襲ってくる。
「才能のあるやつはこれだから、キライだよ!」
俺は、柱に隠れやり過ごそうとするが、ソフィアの魔法は、石柱を容赦なく削り取り、瞬く間に倒壊させた。次から次へと柱に隠れ逃げるが、ソフィアから遠ざかっている。
遠距離になればなるほどこちらが不利。
しばらくして、水の砲撃が止んだ。すぐさま、ソフィアに向かって駆け出す!
距離を取ったことで、ソフィアが大魔法を使う時間を稼がれた。ロングスタッフの魔石が青く光り輝き、自分の背丈より大きくそして精緻な魔法陣を描く。
「水の精霊よ!清浄なる水竜の牙をもって我が敵を洗い流せ!水の竜よ!ここに顕在せよ!」
魔法を極めた者のみが扱える極致の魔法。魔法が意思持ったように巨大な水の竜が俺に襲いかかる。俺は急ブレーキから方向転換して水竜から逃げる。
柱を壊し、地面をえぐりながらも、凄いスピードで追いかけて来る。まったくドラゴンやら竜は大嫌いだ!
全力で逃げ回るが逃げ切れず、追いつかれて竜の口から呑まれた!
水の竜の腹の中だ。当然息ができない!竜は空を旋回し空中を漂う。手足で掴まるところもなく、水の中で必至にもがくが抜け出せない。
空中に舞う水の竜に飲まれながら、ソフィアの方を見ると、もがく俺を見て勝利を確信した笑みを浮かべていた。
ふざけやがって!胸中で叫びながら即座に腰から火薬瓶を出し魔力を込めた。こっそりシャロアから頂戴した不良品だ。
手から離した瞬間、自分ごと水の竜を爆発で吹っ飛ばし、水の竜から勢いよく真っ逆さまに地面に落ちた。
まったく今日は火の中、水の中、厄日にもほどがあるぞ!
「げふぉッげふぉッ」
生き絶え絶えになりながらもすぐに立ち上がり、ソフィアに向かって走り出す。
ソフィアも剣を構え全力で、生き絶え絶えの状態の俺にトドメを指そうと、こちらに向かってくる。
俺は、毒の瓶を右手で持ち、投げつけようとした瞬間、ソフィアが魔力を込めた自分の左手をグッと握る。
その瞬間、水の魔法で出来た俺の右腕が爆発する!
ソフィアの魔法で出来た右腕だ。当然ソフィアの意のままに爆発させられる。完璧なタイミングで態勢を崩された。
「ちっ!」
舌打ちし、それでもかまわず、そのまま突貫する!俺にできることは走って斬り伏せることだけだ。
単純な剣術では圧倒的に不利。勝ち目はゼロ。それでもかまわず突っ込む!
ソフィアに向かって左手に握ったククリナイフを下から振り上げるが、
「終わりよ!」
体制を崩された俺のククリナイフより、ソフィアの剣の方が早い!
ソフィアが剣を振りかぶり一瞬早く俺の首を切り落とす直前、刃が止まった。
ズサッ!
重い音がした。
ソフィアの心臓にククリナイフが突き刺さっていた。
「そんな。。。絶対に先に切られるはずはないのに!」
目を見開き何が起きたか理解できないまま、ソフィアが血を吐いていた。
事実としてククリナイフは心臓に突き刺さっている。
心臓に刺さったククリナイフは刃だけで、柄が無かった。
「これは見せてなかったな。このククリナイフは飛び出しナイフなんだよ。昔の相棒の特注品さ。」
左手にはククリナイフの柄だけを握っていた。
こいつは、柄の中の強力なバネで刃が飛ばせる仕組みになっている。
「最後まで、こんなふざけた、やりかたなのね。あなたらしいわ…。」
ソフィアは力なく崩れ落ち、もう左足の水の魔法を維持することもできないのか解けて、仰向けに倒れた。
清々しい顔で。
そんな解放された顔をするなよ。取り残されるこっちの身も考えてくれ。
俺は倒れたエルフの傍まで行く。
「さよなら、片足エルフさん。」
俺は別れを告げ、エルフの心臓に突き刺さったククリナイフを引き抜いた。
今回の旅の決着が着いた。
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